スライムの実力
私は小さい頃からはなれに閉じ込められていたので、お母様以外の人間とはメイドくらいとしか顔を合わせる事がなかった。
学校に入ってからは普通に友達などもできて楽しい生活が送れると思っていたものの、待っていたのは落ちこぼれと陰口を言われる日々で、そこに友達などという暖かなものは存在していなかった。そんな私に主従関係とはいえ、一緒に居てくれる存在ができたのはとても嬉しい出来事だった。
まあその存在が人間でないところが本来ならば空しいと感じさせそうなものなんだけれど、なぜだがそんな気持ちは湧いて来なかった。
結局人の姿をしていても、どれだけ近くにいたとしてもこちらと向かい合ってくれない存在ならいてもいなくても一緒という事なのかもしれない。そう考えれば、例えどれだけ人とかけ離れた姿形であっても、こちらを向いてくれるのならばモンスターであっても構わないのかもしれない。まあ襲って来なければだと思うけれどね。
そんな事を考えながら、遭遇するモンスターにスライムを投げ付けて倒してもらい、ダンジョンの中を歩いて行く。
床の上に降ろして倒してもらおうとすると、スライムの移動速度が遅過ぎてもどかしい思いをするので、モンスターへと投げ付ける方法を取っていた。初めはその乱暴ともいえるやり方にいい気分はしなかったのだけれど、圧倒的に効率が良くなる事は確かだったし、スライムも器用にモンスターの攻撃を回避して取り付いてくれるので段々それが当たり前みたいになっていった。
それにしても、罠を避けながらの移動は時間がかかるとはいえ、一向に最奥にも出口にも行き当たる気配がない・・・
「どうやったら、ここから抜け出せるのよ!」
どれくらいそこで彷徨っていたのか、思わず叫んじゃったわ。
おそらくは実習時間はもう過ぎていると思われる。せっかく普通にダンジョン攻略が出来るようになったのにと、愚痴りたくもなるよね。
結局今回もうまくできなかったと思うと悲しくなって来るけれど、だけど今回は収穫がまったくない訳ではない。
召喚したスライムのおかげではあるものの、モンスターを倒せるようになったのならば、今回は駄目でも次回はちゃんとした評価がもらえるはず。そう思い直して再び気持ちを切り替えて歩き出すことにしする。やっと冒険者としてまともに冒険できるかもしれないのだから、こんなところで立ち止まっている場合じゃないよね!
その後ダンジョンの中を移動し、部屋の中でリザードマンに遭遇すると、スライムを投げて倒してもらって先へと進み、奥か出口を探していると、別れ道のところでスライムが触手を伸ばした。初めは何か敵が来たのか、虫でも取っているのかなって思ったのだけれど、どうもそんな感じではなかったので、どうしたのかと思ったら壁を溶かして印を付けることまでやってのけたので、触手の方へ向かえという事だと理解出来る。
それに従い移動しながら私の中での違和感が、確信へと変わった。普通のスライムは知能など殆ど皆無であり、ほぼ本能だけで動いているような生物であったはず。しかしこの子は明確な知能を持ち合わせているだけでなく、人間並みに頭が良い可能性があるどころか、ひょっとしたら私などよりもっと高い知能も持っているかもしれない。
そう思うと嬉しさが込み上げて来る。今まで誰も私をまともに見てくれる者は居なかった。だから余計にこのスライムが希望のように見える。それが例え主従関係からだとしても、人外であったとしても私にとってはまさしく今まで欲しいと思っていた友達のような存在だった。
この子は今私と一緒にダンジョンを進んで行ってくれている。特に命令をした訳でもないのにどちらに進むのかを指示して、敵が現れればそれを排除してくれて、一緒に行動するという事がこれほどまでに楽しいと思えた事は初めてだった。ただ、やはりというか会話がしたいと思ったものの、相手がスライムではどうしようもない。
そんな事を考えていると、ダンジョンの最奥に辿り着いていた。
おそらくもう時間はとっくに過ぎていて、ダンジョン実習の評価点はもらえないのだとしても、せっかく到着したのだから石版を回収してバックパックへとしまうことにする。そして次はこの子と一緒に完全な形で、ダンジョンを攻略して一緒に喜びを味わいたいと思った。
その後の帰り道は、この子の指示に任せて進む事でわりとあっさりとダンジョンから抜け出すことができた。途中モンスターが出て来たものの、その全てを排除し罠も教えてくれたので、移動スピードが格段に早くなったみたい。
「やっと出られた~」
今まで友達とお喋りした事もなかった反動なのか、会話が成り立たないとわかっているものの、思わずそう呟いてしまう。一緒にいてくれる、それだけで私には十分過ぎた。
疲れてはいたものの気分の方は今までが全て嘘の様にとても軽く感じた。そしてこの子がモンスターを倒してくれるたびに、ドンドン自分が成長して行っているという確信も持てていた。
今まで苦労して来た事が全てこの為だったのだとさえ思えるような開放感を味わう。それにしてもスライムは最弱だと今まで言われて来たけれど、恐ろしくなる程に強いと思える。それともこの子が特別なだけなのかな?
「お前、結構役に立つわね」
ダンジョンから出られた開放感から、上機嫌でそう話しかけると早速森を抜ける為に歩き出す。それにしてもこの森も結構深くて厄介なのよねって思っていると、肩に乗せていたスライムが触手を伸ばしてあっちって感じで指示を出して来たので、そっちに進んで行く。もうこの段階になって来ると、相手がスライムだからとかそんな事はどうでもよくなっていて、この子に任せていれば問題ないって思えるようになっていた。
「はぁ~ やっと森を出られたわ・・・ ここって迷いの森だったのかしら?」
少し迷いそうだったけれど、この子が誘導してくれたおかげで迷わされずに済んだみたいで、前回に比べ森を抜けるのが圧倒的に早くて少しビックリしたぐらいだった。しかし森の中を移動している間に辺りはすっかり暗くなっていて、今日はここで野宿するのがいいかと判断する。町はまだ遠く、今から移動したとしても門の前で野営になると予想できたしね。
今回も見張りにバットを召喚しようかと思っていたのだけれど、ふとこの子と一緒に成長できていたという予感があったので、違う子を召喚してみたいと考える。
どんな子を召喚していいのかがよくわからなかったのだけれど、森を抜ける時に出会ったウルフの事をふと思い出し、呼んでみようかと考えた。駄目元なので、試すだけ試してみてもいいかもしれない。
「召喚、ウルフ! 見張りをしなさい」
召喚する途中ある種、予感のようなものが感じられ必ず成功するとはっきりと感じられた。その期待通り目の前に呼び出されたウルフは、森で見かけたウルフなのかどうかはわからないものの私をしっかりと主として認識していると感じられた。
ワフ
まるで私の指示を了承したと言いたいかのように鳴いて見せるウルフに感動する。このスライムのおかげで成長する事ができたのだと、はっきりと実感した。
やっと、冒険者としての一歩を踏み出せた気がする。今までの苦労から開放された為か、単純に疲れていた為なのか、それとも始めて呼び出したウルフの召喚で精神を使い過ぎた為なのか、急激に眠気が襲って来る。
「お前は、敵が近付いて来たら、迎撃を」
完全に眠ってしまう前に、ウルフだけだと心配だなってふと考え、スライムに後を任せることにした。この子が居るなら何があっても安心だと思いながら泥のように眠る。野宿で眠るというのに、その眠りは不思議と今まで生きて来た中で一番安らかなものに感じられた。
「うーん、おはようー」
野宿だったので体があちこち痛かったけれど、気持ち的にはスッキリとした目覚めになった。見張りをがんばってくれたウルフに、ありがとうという気持ちを込めながら送り返す事にする。
「送還、ウルフ!」
さて、後は学校へ帰るだけなので、しっかりご飯を食べようと保存食の干し肉を取り出して齧っていると、スライムが食べたそうにしていた。
「うん? あなたも欲しいの? 仕方ないわね、一つだけだよ?」
別に断る理由もないので、干し肉を取り出して渡すと、触手で受け取って体内へと取り込んだ。それを見てやはり普通のスライムではないと考える。普通のスライムだとしたら、金属だろうが土だろうがご飯と考えて何でも食べるはずなのに、この子はちゃんと人間の食料になった物をご飯と認識しているのだと思えた。
ある意味なんでも食べてくれた方が食費など助かるのだけれど、ますますモンスターと思えなくてこの関係は主従関係と言うよりはパートナーが一番近いんじゃないかなって考えてしまう。主と使い魔でなく、対等な関係こそが私達には相応しいような気がした。
食事が終わり、町へと歩き出しながらそんな事を考えているとお昼頃に学校へと辿り着く。学校に着いて直ぐケイト先生に報告すると、やっぱり良い評価はもらえずちょっと残念だと思うものの、以前程残念とか悔しい気持ちにはならなかった事が少し不思議に感じられた。なんていうのか、焦りみたいなものが無くなったような気がする。この子が来てくれた事で心に余裕ができたのかもしれないね。
その証拠に、女子寮へと帰る道すがらすれ違う生徒達に陰口を言われても、今までのように惨めな気持ちになったりしなかった。今の私はこれからの冒険が楽しいものになるという予感のようなものを感じて、とてもウキウキした気持ちだった。
部屋に帰り着くと、冒険の疲れと野宿したとはいえやっぱりどこか緊張していたのか、しっかりと寝られなかったからなのかぐっすりと眠ってしまった。
そのまま翌日まで寝てしまったらしく、朝起きるとスライムが触手をゆらゆらと揺らしているのがわかる。それを見詰めながらやっぱりこれから一緒に冒険するパートナーなら、名前が欲しいなって思い何が良いかなって考えてみた。
「バグにしよう。お前の名前は、今日からバグね」
名前を付けてあげると、触手を目一杯揺らして喜びを表現してくれる。なんだか可愛らしいと思えてしまった。モンスター相手に可愛いって自分でも変かもしれないと考えるけれど、今まで冷たかった生徒達と比べるとやっぱりモンスターであっても別に構わないかなって思えてしまう。
さて、お腹も空いて来た事だし、着替えて食堂で美味しいものを食べよう。次のダンジョン実習までにまた一杯勉強して、ちゃんとした評価をもらおうと、今の私にできることをがんばる決意をした。
食堂に行くと、いつものようにパンとおかずをトレイに乗せて行く。そうするとバグが触手を伸ばすので、食べたい料理を選ぶのを不思議に思いながらも取って行き、テーブルまで運んで行く。今の行動だとまるで人間の料理の味を知っているかのようだった。バグの知識は一体、どこから来ているのだろうか・・・
席に着くと、これから食事だとわかっているかのように肩から降りたので、バグの前にこの子の選んで来た料理を取り分けた皿を置いてあげる。
するとそこはスライムなんだなー って思える微笑ましい動きで皿に覆い被さってご飯を食べ始めた。結構こういうのを見ているのも面白いかもしれないわね。
「レイシアさん、何でそんなスライムなんかにご飯なんてあげているの? もったいないからさっさと送還しなさいよ」
突然呼ばれてそちらを向くと、ブレンダが立っていた。
彼女は私と同じ魔法科の同級生なんだけれど、今まで関わった事が殆どない生徒だった。
私と違って彼女は教室では派手で目立つ生徒で、家柄だけでなく魔法の実力に整った容姿でみんなのまとめ役のような存在だった。
今まで業務連絡のようなやり取りしかしてこなかったのに、なぜ突然話しかけて来たのだろう? そんなにバグの事が気に入らないって事なのかな?
ブレンダは空いていた正面に腰を下ろすと持って来た料理に口を付ける。
「別にいいじゃない、私の勝手でしょう」
なんとなくバグが馬鹿にされるのは面白くなくて言い返す。その後軽く言い合いのようなやり取りをしているとバグは食事を終わらせたようで、皿の中でプルプルしていた。それを見て、やっぱりバグは特別だという思いを強める。この子は皿を食べずに皿に盛られた料理だけを綺麗に食べていた。
つまりバグの中では皿はご飯ではないと認識しているのだと考えられる。ブレンダの相手をしながら自分も食事を続けてたまにバグの様子を見ていると、急に皿の中で平らになった。何かあったのかなって思って注目していると、ブレンダも興味を持ったのかバグの事を見ているのがわかった。
触手を伸ばしてブレンダの皿に乗せられていた飾りの葉っぱを持って行くと自分の上に乗せてそのまま反応しなくなる。
葉っぱが食べたかったとかじゃないのね・・・ まだバグの事はわからない事だらけだわ。
その後バグには特に変化がなくてなんとなく会話も終わり食事を続けていると、通りかかった男子生徒がバグを見てスープと勘違いして襲われたのを見て、始めて怖いと思った。隙を見せた男子生徒はバグに喉を圧迫されていたから・・・
スライムは最弱のモンスターなのに、知能を持つとここまで恐ろしい存在になるのかと思えた。
おそらく私のよく知っているスライムは知能がないタイプなんだと思う。それに対してバグは知能を得たスライムなのだろう。これは召喚したからなのだろうか? それともどこかにそういう知能の高いスライムが、実在しているのだろうか・・・
それでも召喚主として繋がっている私には、バグが危険な存在ではないと感じられた。
さっきの擬態した悪戯も暇つぶしのお茶目なんだと思う。この子は妙に人間っぽさがあるスライムだと思った。
食事が終わり、ブレンダを部屋に案内してバグが優れた存在である証拠を見せてみたのだけれど、やはり信じてはもらえないようだった。まあ私もいきなりスライムがミノタウロスを倒すと言われても信じたりはしないし、証拠として討伐部位を見せられても変わらず疑ったと思う。それでも、信じてもらえないという事は悲しいと感じた。
でも今の私にはバグがいるから、誰も信じてくれなくてもいいかとも思えたのだけれど、ブレンダはそこで終わりにしないで次の機会にはダンジョンへ付いて来ると言っていた。
なぜ彼女は嘘だと決め付けて離れていかないのだろう? 本当かどうかを確かめて、彼女は何がしたいのだろうか? 今まで関わり合いにならなかった間柄なので、彼女が何を思い考えているのかわからなかった。
その後はバグを連れて一緒の魔法の講義を受けたりもした。本来ならば送還しなければいけないのだけれど、また来てくれるのか確信が持てなくて送還する事がためらわれたからである。
バグが私と友達になってくれればまた召喚に答えてくれるのだろうか? 完全なランダムだったとしたら、もう二度と出会うことはできないかもしれない。授業を受けながら言い訳ばかり考えていた。
唯一の味方、主従関係を結んでいるから絶対に私のことを裏切らないパートナー。でも何も命令など出さなくてもバグは肩の上に留まり続けてくれた。やはりこの子は手放したくないと考えてしまう気持ちを止めることは出来そうになかった。
午後の授業では魔法の実技をおこなうので、着替えて訓練場へと向う。苦手な授業なので足取りが重いのだけれど、いつも以上に重くさせている存在が今は肩の上にいた。なぜかバグには駄目なところを見て欲しくないと思えた。どうしてだろうか・・・ 見捨てられると考えたのかもしれない。
余計な事を考え、集中し切れなかったせいで余計に失敗してしまったのが恥ずかしい。
でも召喚魔法だけはそんな状態でも普通に成功するのね。これだけは胸を張って誇ることができる。しかしそんな私を、周りの生徒は疎ましそうに見ているのがわかった。
大丈夫、私にはバグがいるのだから。そう考えてバグの方を見てみると・・・
「なっ、ちょっと・・・ バグが何で魔法使っているのよ」
バグの触手の先に炎が出ていて、思わず声を上げてしまっていた。
しまったと思いもしたが、既に周りの生徒達にも見られていて、ケイト先生がこちらに向かって来るのも見えた。誤魔化しようがないと大人しく先生が来るのを待つ。
「皆さん、少し下がっていて下さい」
厄介な事になりそうで焦る中、バグを取り上げられたり引き離される事だけは避けなければと心の中で考えていた。結論から言えば、そんなに気にするまでもなかったけれどね。
特別室に軟禁状態にされたりはしたものの、調べに来た調査団も所詮はただのスライムと馬鹿にしていて、結局は何の変哲もないスライムだと判断して帰って行ったので、こちらの方が飽きれてしまったくらいだった。
偉い学者さんもいたのだろうに、バグの知性に気が付きもしないなんて・・・ さすが最弱と見下されたモンスターというよりは、人間という存在の薄っぺらさが見えた気がした。
でも、私もそんな人間の一人なんだと思うと、なぜか悲しくなった・・・
調査団が問題なしと判断した事で、元通りの生活を送ることができるようになって、ここぞとばかりにバグをどこにでも連れて行くようになった。
誰もバグのことを危険な存在、特別な存在とは見ていないので、咎められることもない。誰かと一緒に生活することなんてお母様以外なかったので、毎日がとても楽しいと思えた。これで会話ができたり手を繋いだりできたのなら、どれほど素晴らしいのかと考えると、それだけがちょっと残念に思える。
そんな生活をしていると、次のダンジョン実習の日がやって来た。
「バグ、またダンジョンの探索が始まるわ。今度はブレンダも一緒に来ると思うけど、よろしくね」
返事が無い事はわかっているけれど、何かにつけてバグに語りかける癖が付いてしまった。親しい人や、友達がいない代償行為なのかもしれないけれど、気にしないようにする。
今はダンジョンでちゃんとした結果を出したかった。結果が出せたら、夢見ていた冒険者になれるのだから。
そういえば昔ほど冒険者に拘っていない気もしたのだけれど、やっぱり冒険者になるという進路だけは変わらない。新たな夢はバグと一緒に冒険をする事。その為にまずはこの実習でしっかりと結果を出そうと気合を入れる。
実習日が発表になってその二日後の当日、私達はダンジョン前に集まっていた。
「レイシアさん、今日はバグの腕前、しかと見せてもらうわね」
「ええ、多分大丈夫」
ブレンダ・・・ 冗談じゃなくて本気で付いて来るつもりだったのね。いっそ忘れているか、気まぐれでそう言っていただけだと思っていたんだけれど、案外生真面目な人なのかもしれないな。まあ、邪魔をしないのなら別に問題はない。私は自分のやるべきことをするだけだわ。といってもほとんどはバグに任せるだけになりそうだけれどね・・・
召喚術師ってこれでいいのかな? また疑問が増えた気がする。
「では、レイシアさん、私達も行きましょうか」
「ええ」
ブレンダの挑戦的な言葉で私達はダンジョンへと入って行く。今回はバグが初めからどっちに行けばいいのか指示してくれたので、それに従って移動して行った。ブレンダは私達の後を付いて来る。たぶん手出しはしないってことなんだろうね。
ガコン
途中バグが触手を上げて止まれと指示して来たので止まると、石を投げて罠を発動させた。このダンジョンにある罠は、新米用の物なのでほぼ落とし穴だけみたいね。しかもバグに罠があると教えられているうちに、私も罠の存在に気が付くことができるようになってきた。というのも、この罠が素人にも避けることができるような雑なものだったからなのだけれど、言われて見てみればそこまでたいした事でもなく、穴の形の切れ込みが丸見えになっていた。
ダンジョン内が薄暗くてモンスターも徘徊している為に、床だけを気にしていられないから見落としてしまうだけのようだった。
わかってしまえば単純なものでも、新米の私達には難しかったのでしょうね。
罠を通過して進むと前方に部屋が見えて来て、バグはその部屋に向うようにと指示を出して来た。
部屋の中にはリザードマンが一体、私達を待ち構えているのが見える。なので以前と同じで肩に乗っていたバグをそっと手に取り、部屋に入る手前でリザードマンの方へと投げ付けた。
「ちょっ、貴方いくらなんでもそんな!」
剣を振り下ろすリザードマンを見て、ブレンダが驚いた声を出す。私とバグにとってはその動作はリザードマンの破滅への動作に見えていた。実際にリザードマンはなす術もなく目の前で倒れて動かなくなる。
バグを拾い上げて肩に乗せると、討伐部位の回収をする。やっぱりバグは、モンスターをご飯にはしないのねって考えていると、ブレンダが感想を言って来た。
「確かリザードマンってそれなりに強いはずなのに、あっさりと倒したわね。さすがにこれは予想外だったわ」
やっとバグの事を理解したのかって、ちょっと誇らしい気持ちになったのを不思議に思った。
その後もバグの活躍で、面白い程快適にダンジョンを進んで行くと、少し他の部屋よりも大きな部屋が見えて来た。そしてそこには運命の出会いの引き金になったミノタウロスが待ち受けている事に気が付く。
バグの指示はそこへ向かえというものだった。ちょっと前でしかないその思い出をなつかしく感じた為に、バグの出した指示に反応するのが少し後れてしまったけれど、バグを信じて疑問を抱くことなく指示に従う。
こちらに気が付き走って来るミノタウロスを目にして、ブレンダが嫌々って感じで震えているのがわかる。それでも、私はバグを信じると決めたのでいつも通りにバグのことをミノタウロスの前へと投げていた。
「ちょっといくらなんでも正面からなんて、無謀過ぎるわよ!」
後ろでブレンダが思わず叫んでいたけれど、バグが振り回された斧をかわして武器の上に取り付いたのを確認すると、大丈夫うまく行ったと確信した気持ちになっていた。
ミノタウロスはスライムがその攻撃で死んだとでも思ったのか、そのままこちらへと走って来るのだけれど、それを避ける気にもならなかった。だって既にバグは腕を登り頭部へと迫っているのだから。
違和感でも感じたのか、ミノタウロスが目の前で立ち止まり自分の肩を見ると、バグに襲い掛かられ四・五分くらいもがき苦しんだ後動かなくなる。さすがに他のモンスターより体力があるのね。そんな事を考えながら討伐部位の回収をしつつブレンダとバグについて少し会話をした。
私も実際にミノタウロスを倒すところを見るのは初めてだったけれど、さすがに目の前で見せられても信じられない。そんな事をブレンダと話し合っていると、授業の最中にバグが魔法を使った事を指摘された。そういえば私も授業以来、バグが魔法を使っているところを見たことがないわね。
先に進むとリザードマンを発見したので、試しに魔法を使ってもらうことにする。たぶん話の流れを聞いていただろうから理解はしているだろうけれど、念の為に命令することにした。
「バグ、魔法を使ってリザードマンに攻撃!」
その結果は信じられない現象として現れた。リザードマンの周りに霧のようなものが現れ、リザードマンを巻き込むように霧に触れた物全てが凍り付いて行く。その見たこともない不思議な現象を前に、まるで別世界に放り込まれたような気分にさせられた。そして冷気に晒された訳ではないだろうに、体から体温が抜けて行くような感覚がしてふらつく。
今のは魔法を使った時に体の外へと力が出て行く現象に似ているかもしれない。
私の状態を聞いたブレンダが言うには、元々スライムには魔法を使うだけの精神力がないから、主人の精神力を借りて魔法を発動させていたのではないかという仮説だった。
魔法が使えない体なのに、魔法を扱う技術は習得しているというますますもって不思議な存在。一体この子は何者なのだろうか・・・ そしてどうして私の召喚に答えてくれたのだろうか・・・
考えてもわからないので先に進む事にしたのだけれど・・・
「凍っていて、討伐部位が回収できないよ!」
「叩き割れないかしら?」
「やってみる」
本来の使い方とは違うのだけれど、ねじくれた杖で叩いてみるものの、割れる気配が見られなかった。下手をすれば杖の方が壊れそうだわ。所詮は初心者用の杖だから余計頼りなく思える。
「駄目そうね。ちょっと勿体無いけれど、リザードマンの一体くらい仕方ないわ。それよりも先に進んだ方がいいかもしれないわね」
「そうね。せっかく時間内に帰れそうなのに、こんなところで時間を使いたくないわ」
討伐部位を諦め、先に進む事にした。
その後そこまで時間もかからずに最奥の部屋へと到達することができ、石版をバックパックへとしまっていると、一杯ある石版の数がふと気になった。
「ひょっとして、一番乗り?」
そう、石版は一パーティーに一つ存在しているので、参加数を知っていればここに辿り付いたパーティーがどれくらいいるのかがわかる。それでいくと、石版の数が一つも減っていないように思えた。
「ええ、おそらくミノタウロスの部屋を通過できれば、最短距離で進む事ができますわ。前回私達のパーティーも、マッピングしながら進んでいたのだけれど、ミノタウロスがいる部屋を避けると、かなり遠回りのコースになるのがわかりましたから」
ブレンダの説明で納得できた。つまり最短コースで進めたので、一番乗りできたという事なのね。バグに感謝だわ!
せっかく一番にここまで来られたので、早速ダンジョンから出る為に移動して行くと、今までの苦労は何だったのだと言いたい程、いとも簡単に出口まで辿り着けた。
その後も森でバグがどっちに進むのか教えてくれるので、それに従って歩いて行く。
そうしたら何を思ったのか、それとも何かが気に障ったのかバグが触手でブレンダをペチペチと叩き出す。
「ちょっと急になんなのよこの子」
まあ当然のようにブレンダが文句を言って来たので、不快にでもさせたんじゃないのかと言い返した。
学校への帰り道、危険も無くなって気分が高揚していたのかお互い軽口を叩きながら移動していると、なぜか私までペチペチされた。
えー 何で主の私にまで攻撃できるの? それともこれってじゃれているのかしら?




