終結
「ヒール」
ハウラスが自分自身に回復を使い、僕の攻撃に必死に耐えていた。隙を探しているのかな? 最初はそう思ったのだけれど様子を見るに、耐えるだけで手一杯って感じだった。少しは強くなったかなと思っていただけに、昔と変わらず自分にはとことん甘いやつだと少し残念に思う。
そしてついに最初に倒れる者が現れた。予想していた通りフェザリオは、こんなところに来られる程の力を持っていなかったようで、ドラゴンに踏み付けられて動かなくなった。
まあソロでドラゴンと戦える回復職は早々いないのだろうけれど、ここはそういうランクの戦いの場である。
「フェザリオ! 誰か何とか出来ないの!」
倒れた仲間に気が付いたブレンダが、そう声を上げるものの本人もおそらくはどうにも出来ない事をよくわかっているのだろう。代わりにというか、仲間を守ろうとハウラスがフェザリオの元へ行こうとするが、さすがにそれを認める訳にはいかなかった。
「バグ先生、どいてください!」
「君達はここに、覚悟して来たのではないのかね。それともまだ学生気分が抜けていないのかな? 助けてといえば助けてもらえる、何か欲しいとかやってもらいたいとでも言えば、何でも叶えてもらえるとか考えているのかな? もしそうだったのなら、来るべき場所を間違えたのだと言っておくよ。ここは最も死に近い場所だ。死にたくないのならば全力を尽くせ」
結局なんやかんやと教師のような事を言ってしまった。こちらも真面目に相手をして行こうかなと考え、周りが気にならなくなるくらいに攻め立てて行く事にした。
一方フェザリオは一向に起き上がる様子を見せなかった。僕にはなんとなく気絶しただけじゃないのかなとそう思えるのだが、他の者から見れば踏み潰されて死んだようにも見えるのだろうね。
フェザリオの相手をしていたホワイトドラゴンは少し迷う様子で次の相手をどれにしようか見回し、シリウスの方へと向かって移動を始めるのがちらりと見えた。
「どうしたハウラス、お前がだらしないから最初の犠牲者が出たようだぞ」
そう挑発してやると、全員が倒れたまま起き上がる事がないフェザリオを目撃して、悔しそうな表情を浮かべると何とかしないとっと焦りを覚えたようだった。その焦りを突かれたのか、ランドルがドラゴンに踏み潰されて動かなくなる。
悪循環が始まったようだな。敵を前に、気持ちを切り替える事が出来なかったのがそもそもの敗因なのだろう。焦って欲しくて挑発した訳じゃないのだけれどな・・・・・・
「勇者がこの程度とは、惨めなものだな。これで人類も終わる事になるのだからな」
そう言った瞬間、ハウラス以外に生き残っているブレンダとシリウスが悔しそうにする中で、ハウラスの様子が変化したのがわかった。
すっと研ぎ澄まされたような顔で、僕の言葉に惑わされないような雰囲気を持って対峙して来た。
やっと人類を代表してここに来ている事を理解したのかもしれないな。今この瞬間にも、魔王軍を抑える為に何人もの犠牲が出ている現状を理解出来たのかもしれない。その心情はわからないものの、先程までのどこかクレクレ君だった頃の、何とかしてもらえるどうにかなるかって感じがなくなったように思える。
そして僕は、確信を持って終わりが来た事を感じ取った。黒騎士が言っていた僕達魔王軍の役目。人類に全ての元凶として倒される事で、この負の連鎖を断ち切る為の配役。
いいだろう悪役らしく派手に戦って敗れて行こうとこれまで以上に攻撃を激しくしていった。
僕は元々前衛タイプではなく、魔法使いタイプの魔神である。今まで本気で相手をするまでもない相手であった為に手加減して日本刀で戦って来たけれど、ここからは魔法を交えて攻撃させてもらう事にした。炎の槍が爆撃機から発射されるミサイルの如く誘導されてハウラスに向って行く中、今まで甘えていた感じのハウラスが冷静さを取り戻してそれに一つずつ対処していく。
さすが聖剣といったらいいかな? こちらの魔法の威力をもってしても今のところ破壊される様子もなく、炎の槍を切り裂いていく。まあいつまで持つものかわからないだろうから、そちらは戦闘が終わる時のお楽しみといったところか・・・・・・
誘導弾では聖剣に対処されてしまうので、続いてアースボムにより座標攻撃を仕掛けていった。
これでもタクティカルな戦闘もののゲームも得意にしていたので、相手の次の行動を読んで攻撃するのはわりと簡単だったりする。ハウラスは野性の勘なのか爆発前に飛びのいて回避しようと行動しているのだけれど、飛びのいた先の時間差爆発に吹き飛ばされて地面を転がる羽目になった。
ハウラスは気が付いていないのかもしれないのだけれど攻撃が途切れて最初の一撃目、彼は必ず左に踏み出してから攻撃を仕掛けて来る癖がある。それがわかっているのならば、カウンターを叩き込んで吹き飛ばしてまた合間を空けてやれば、ずっとこっちの思惑通り動き続けるゲームのNPCモンスターみたいなハメ状態へと持ち込める。
普通は対人戦をするのならば、どう動くのかわからないからこそ勝敗がわからなくて面白いのだけれど、こうなってしまうと作業として攻撃しているだけだった。
「ハウラス! 相手の土俵で戦っていてはいつまでたっても勝てないわ! ましてや相手はバグなのよ、普通にやっては勝てる可能性自体ないわよ!」
苦戦しているハウラスに気が付いたブレンダがそんな事を言っていた。正解だな。今のハウラスは僕の用意した土俵の上で、予定通りの行動を繰り返しているだけである。どれだけもがいたところで同じ行動を取る限り逃げる手立てはなかった。そこから逃れる為の方法は、僕の予測を上回る事だけ。
さてさて、体力が尽きる前にこちらの攻撃から逃れる事が出来るものだろうかね~。逃れる事が出来るだけでは、この先に進む事も出来やしないのだけれど・・・・・・
ハウラスはブレンダに言われて自分の得意分野の接近戦に持ち込みたいらしいけれど、相手の意図が理解出来ればより動きが予測付きやすくなる。こうなると、ブレンダの助言はハウラスの足を引っ張っているだけだった。それに気が付いたブレンダは、悔しそうな表情をする。
ハウラスもしばらくして攻撃が通用しないばかりか、反撃を受け続けている状況に気が付いてこれでは駄目だと判断したらしく、フェイントを駆使して何とか流れを変えようと、攻撃に変化を加えて来た。
それではとハウラスの望む形ではないものの、変化を与える為にこちらの攻撃パターンを変化させていく。ビームを撃ちつつ接近戦を挑んで行ったのだ。
僕は魔法系とはいっても、別に接近戦が苦手な訳ではない。
ゲームをしていた時もそうだったのだが、どちらかといえば遠距離を好んでいただけで、ゲームによっては戦士の方が扱いやすかったりもしたから普通に接近戦も出来る。いうなればオールラウンダーだ。それは戦闘だけでなく生産もそうだったし、錬金や調合みたいなちまちました作業みたいなものだってやって来た。だからハウラスが接近戦なら勝機があるとか考えていたのであれば、それは僕のことを舐め過ぎているか自惚れ過ぎているのだと思う。
そう考えている間に、ビームによって逃げ道を塞ぎつつ斬撃を加えていってみれば、ハウラスはドンドン傷だらけになっていった。
僕の攻撃パターンが変わって直ぐは、多少の怪我なら平気だとビームがかするように避けたりもしていたようだが、かすっただけでも絶大なダメージを受けるビームの威力に、ハウラスは顔色を変えてビームだけは絶対に当たらないように動いていた。だが、何の為にビームを撃っているのかというところにもっと注目すべきだったのだ。
二刀流から繰り出される斬撃の全てを受け流したりかわしたりは、余程の熟練者でなければ不可能な事だ。ハウラスは残念ながらランクは高くても武芸の熟練者ではなく、普通に身体能力が高い戦士でしかなかった。剣に命を賭ける剣士でないのなら、この攻撃は相当の痛手になるだろう。
体中に切り傷を作ってやっとその事に気が付いたハウラスが、後方に下がって距離を取る。
「ハウラスどうした。かかって来ないのか? お前の好きな接近戦でも中距離でも、遠距離でも好きな間合いでかかって来いよ。お前に合わせて戦ってやるぞ」
「バグ、貴方オールラウンダーなの・・・・・・」
「お、ブレンダはその言葉知っていたのか」
「何だ、そのオールラウンダーってのは!」
ハウラスは知らなかったようで、ブレンダにそう聞いていた。戦闘中に余裕があるというかなんと言うか、まあいいのだけれどね・・・・・・こっちが知り合いだからって事もあるのかもしれないな~
「さっきバグが言っていた、どの距離ででも戦える人の事よ! 大体そういう人は、剣も槍も、弓や魔法だって使えるわ」
「化け物かよ・・・・・・」
必死に回避に徹していたシリウスも話は聞いていたらしく、そう悪態を付いていた。
というか人間でない時点で化け物っていえば化け物なのかな? まあゲームと違ってリアルではそれなりの技術がなければ意味がないのだが、幸い僕は化け物の体なので足りない技術は身体能力で補えてしまう。こんなところもモンスターでよかったと思えるところだろうね。
チート能力がない人間だったのなら、おそらく生産者辺りになっていたと思うよ。戦闘なんて出来るはずがないって思うね。
まあそれよりも彼らだな。どうやら会話で少しなりとも体力を回復する作戦だったようで、もう呼吸も整えて傷も癒していたようだ。
「そろそろ再開でいいのかな?」
「ああ」
こちらがまるで気にしていないように話しかけると、悔しそうに返事を返して来た。こっちは優しく話しに乗ってあげたのにね・・・・・・
結局ハウラスは接近戦以外の攻撃方法はなく、距離を取っても一方的に攻撃されるだけなので、無謀だったとしても聖剣による攻撃を続けるしかなかったようだ。
ブレンダ達も二人が倒れた今、レイシアの魔法攻撃が無くてもドラゴン二体に挟まれてしまってはどうにもできず、ただ耐える事しか出来ない。
この結果自体は最初から予測出来ていたので特に思うところは無いのだけれど、こうもあっさりと運命を覆せてしまっていいのだろうかと考えてしまう。まだ戦いは続いているので油断をすれば負けるって可能性もあるのだけれど、ヤーズエルト達もそれで敗れたとかなのかな?
ウクルフェスが先に倒されてその後三十分程して、ヤーズエルトがやられた状況だったので油断してやられたって感じではなかったと思うのだけれども・・・・・・考えても答えは出そうにないな~
となると、いよいよもって止めを刺しに行くしかないかな?
「ハウラス、そろそろこちらも本気で行くぞ。まだ何か隠しているのなら全力を出しておけ。魔王様と戦うまで温存などと考えているのなら、今使っておかなければここで終わると思えよ」
そう言うと一気に畳み掛けに行く事にした。
持っていた日本刀が内側からビームに解かされ、以前使ったビームの日本刀へと変わる。それをギリギリ聖剣で受け流したハウラスが驚いたように距離を開けるが、それを許さずに背後に転移して二刀の斬撃を叩き込んで行った。
背中にかすっただけで何とか攻撃から逃れたものの、そのダメージは相当なもので声にならない悲鳴を上げながらハウラスは前転して何とか距離を取ろうとする。
それをアースボムによって吹き飛ばす事で、前転を塞ぎ止めて一歩踏み込んでの居合い斬りを叩き込む。
何とか体に当たる前に聖剣を滑り込ませて居合い斬りを防いだものの、直撃が防がれただけで聖剣の刃から外れ防御できなかった肉体にビームの余波が刻まれた。
があああ
ハウラスが獣のような叫び声をあげて痛みに耐える。
「ハイヒール」
こちらの攻撃に耐えながら無我夢中で回復を使っていた。癒しの力を使って体力を回復させるのはいいが、勝算が無ければ苦痛が長引くだけだろう。僕としてもいたぶりたい訳ではないので、もう少し攻撃を激しくして行くかな・・・・・・
再び転移して背後から居合い斬りを叩き込もうとしたのだが、今度はこちらの居合いよりも素早い攻撃がハウラスから放たれた為、寸前で回避行動に移った。攻撃の腕が霞んで見えて、防御しきれないから後ろに下がるしかなかった。そこにすっと懐へと入り込むかのように大きな一歩を踏み出して、再び居合い斬りが襲い掛かって来るのがわかった。
独自に開発したのか僕の居合い斬りを真似したのか、僕以上の鋭さで迫る刃を目で追いながら脳内で走馬灯が見えた。
それは前世の日本での記憶・・・・・・必死になって大学に入ることを目指して勉強ばかりしていた日本での生活。だけれどもそこまで頭がよくなかったのでそれなりの所にしかいけなくて、滑り込むように別の大学へ。そして特に希望も無くただ入れるところへと考えて適当な会社に就職していた。
今までの勉強ざんまいから開放された後は、ネットゲームにはまり込んで気が付くと交通事故で死んでいた前世。
スライムに転生してからは、人間だった頃より一年一年が凝縮するかのように楽しかったのが、今の僕なら理解出来た。ああ、何で最弱のモンスターなんかにと思いつつも、モンスターの方が人間でいた時よりも何倍も楽しかったと思える。
「バグ!」
レイシアの叫び声を聞いて始めて自分の状態が理解出来た。本来のステータス差でいけば、ハウラスの斬撃ではせいぜい皮膚に切れ込みが入るくらいのダメージしかないはずのそれは、深々と僕を切り裂いていた。
油断したつもりなど少しも無かったのだけれどな~。これが運命というものの力なのかな。
両断された僕を目撃したレイシアが、こちらに向かって走って来るのが見えた。その姿を見てふと思い至った事がある。そうだ、スライムに生まれ変わってからは、ずっとレイシアが隣にいた事実に気が付く。レイシアが僕の側から離れた事は、あまり記憶にはなかった。だから楽しい日々が続いたのかもしれないな。そう思っていると、レイシアが僕を何度も呼びながら抱きしめて来た。
スキルに完全完治と自動復活があるはずなのに全然機能しないじゃないかと思いつつも、これも運命ってやつなのかと既に僕の中でこの結果を受け止める準備が出来ていた。そんな僕に、レイシアがキスをして来たのを唇に触れる感触で悟って、今までのレイシアの行動が理解出来たような気がした。
ああ、なんて事もない恋愛感情。
初めはただの召喚主と下僕の関係だったのにいつの間にそんな感情に育っていたのだろうか・・・・・・そう気が付いてしまえば、レイシアがいつも側にいた、いや側にいようとしていた理由もわかった気がする。
さすがの魔神も下半身を失ったダメージは相当なものなのか、徐々に生命力が失われようとしているのが理解出来た。あまり時間は無さそうだ。
そんな中、僕を抱きかかえるレイシアを見上げると、淡い青みがかった髪色に、青に近い深紫の瞳の綺麗な顔が見て取れた。ああ、そんな事も気に留めない程周りの事を見ていなかったのだなと思いつつ、そっとレイシアの頬に触れてみる。
僕にとってのレイシアとは、暇が潰せれば良いだけの人間でしかなかった。はっきり言ってしまえば暇潰しになりさえすれば、レイシアでなくてもよかったのだと思う。どちらかといえば人間を嫌っていたので、レイシアもその人間の中に含めて考えていた。
実際進化させる為に何度も合成されたしね・・・・・・
元々人間を信用していなかったから裏切られたと思わずに済んだが、今想い出してみればそんな事もあったなって程度にしか感じない出来事だった。レイシアを人間という括りに含まずに、個として見上げてみる。
涙の溢れるレイシアの瞳には僕自身が映り込んでいて、いつもこんな風に見ていたのだなと思うとやっと心から愛しさが湧き上がったような気がした。レイシアは僕に触られるままになっていて、なんとなくだがやっと気が付いたのかと言いたげな気持ちが伝わって来たように思えた。
当たっているのかどうかわからないのだが、レイシアの想いが感じ取れるような気がする。今までこの想いを知ろうともしなくてせき止めていたのだろうか・・・・・・もしそうならこんなお別れの瞬間まで待たせてしまった事が申し訳ないなと思った。
薄れ始める意識の中、レイシアの気持ちに答えるように今の僕に出せる力でレイシアを抱きしめ、お返しのキスをすると共に残った生命力を使い、この状況の中で生きて帰れるようにレイシアの加護を強くする。レイシアは再び僕を受け入れてくれて抵抗する事無く唇を重ね合わせた。体に流れ込んで来る力に気が付いたようでビックリしてはいたものの、それでも抵抗しないでそれも受け入れてくれた。
おそらくはブレンダがレイシアに止めを刺す事は無いと思ってはいても、魔王軍に所属していたのだから絶対はないだろう。僕がいなくなった後、何が起こるかわからないのでできる事をしておきたいと考えたのだ。
尽きようとしている生命力すら受け渡してしまったので、急速に遠ざかる意識の中ただレイシアの幸福を願い、もし次も生まれ変わる事が出来るのならば、またモンスターに転生するぞと思ったところで完全な闇に包まれた。
その後、幽霊にすらならなかった僕には、レイシアや魔王がどうなったのか知る術はない。ただ息苦しくて何か硬いものに閉じ込められていたので、力の限りそれを壊そうと力を込めていると、その硬い物は徐々に砕け明るい外の世界が見えて来たのが理解できただけだった・・・・・・




