ようこそ魔王軍へ
第十二章 ようこそ魔王軍へ
「やあ、お邪魔させてもらっているよ」
新しくできたブレンダの店で、僕達との連絡を付ける為に用意された部屋にその男はいた。レイシアは後ろで誰かなって感じに小首をかしげているのだけれど、僕には只者ではないことがわかってしまう。おそらくは黒騎士。あの鎧の中身なのだろう・・・・・・
「それで今回の用件は何だ?」
そう言うと予想していて、前もって用意していたのだろう依頼書を差し出して来る。受け取って早速中身を確認させてもらったら、やっぱり日本語で書かれていたので、こいつは黒騎士で確定ってことだな。覗き込んでいたレイシアが、わからないって感じで、とりあえずお茶の準備をし始める。
仕方ないので、僕も相手を人間として扱う事にし、相手の正面側のソファーへと座る。お茶の準備をしたレイシアが、当然のように横に座った。
さて、今回はどんな話を持って来たのやらと考え、内容を確認してみる。
今回の黒騎士からの依頼は、魔王軍に勧誘したい人物が見付かったので、そのスカウトの手伝いとあった。その人物は今、国と反乱軍との板ばさみになっていて、早急な支援が必要だという話みたいだ。
スカウト自体は黒騎士が担当するようで、僕にして欲しいこと自体は彼を守る護衛らしい。ふむ、それほど難しい話ではないな。
そして報酬が今回は書かれていた。ということは、今回の依頼には放置しても僕にデメリットはないということかな? その代わりに、依頼を断った場合に僕の生死に関わる情報が得られなくなるとある。
自動復活がある僕を殺すなど、不可能だろう?
僕がそう思っていると・・・・・・
「穴があるのだよ」
正面に座った黒騎士が、用意されたお茶を飲みながらポツリとそうこぼした。レイシアは意味がわからずに不思議そうな顔を黒騎士に向けていた。
「詳しい話が聞きたい」
そう言った時には、周りの時間が止まっていて、僕達二人だけが動いていた。
「僕には自動復活がある。例え死んだとしても復活することができるので、この情報には価値が無いと思うのだが?」
「通常ならばそうだね。ただし今回の事態には、そのまま復活すると彼女が死ぬ可能性が出て来る。聞く価値の無い情報かな?」
「先に報酬を要求することはできるか?」
「構わないよ。依頼を受けると言った時点で報酬を支払うことにしようか」
僕だけでなく、レイシアの生死まで関係する情報、少し興味があるな。
「じゃあわかった、この依頼を引き受けよう」
「じゃあ先払いの報酬を渡すよ。まずこれから先、とある男が魔道具を発掘することになる。君はどうやらこれにやられて呪いを受けたような状況になるようだね。操作されることを恐れた君は自分で自分を殺すことになるのだけれど、そこでスキルが発動する。自動復活してしまうんだ。操り手の男自体は彼女が倒した後だけれど君の支配は解除されていなくて、操り手を無くして暴走してしまうという結末だね。まあ、いつもの如く絶対ではないので、何か一つ変われば状況も変わるかもしれない。これでいいかな?」
「ああ、何かしらの対策を用意したらいいのだな?」
「ヒントとしては、防ごうとするよりはその後の対策の方を優先させるべきかもしれないな」
つまり、魔道具を防ぐことは難しいから、やられた後の対策をするべきだということだな。これに対しては何重にも対策を考えておいた方がいいな。
「了解した。ちなみにそこまで分かっているのなら、その発掘される魔道具を先に処分してもらうことは、できないのか?」
「できることかどうかの話に答えると、可能だよ。ただし、僕には行動に制限があってそこまでの協力が禁止されている。これを破ると、かなりまずいことになるのでヒントだけにとどめたい」
「その面倒ごとの内容は教えてはもらえないのかな?」
「君達で対処できないとだけ言っておくよ」
「そうか・・・・・・とりあえずわかった」
「では依頼の方になるのだけれど、フレスベルド国の第二近衛騎士隊長、ヤーズエルト君を助けてもらいたい。地図はあるかな?」
その言葉に多目的シートを広げて、なるべく広くの地図を描き出す。細部などは司書パペットが気を利かして描いてくれた。パペットは会話できないので多目的シートとリンクさせてみたのだけれど、今回はそれがいい意味で活用できたようだな。
「目的地はここ、おそらく戦場に行けば真っ赤な鎧で目立っているから、直ぐわかると思うよ」
「わかった」
そう言うと時間が動き出した。
「レイシア、今回はフレスベルド国の近衛騎士隊長、ヤーズエルトって人を護衛する仕事らしい。依頼を受けることにしたのだけれど、いいかな?」
「うん。一緒に行くよ!」
「それじゃあ、もう争いは始まっているから、早速行ってくれるかな?」
「わかった」「ええ」
僕達はそう返事を返すと、黒騎士も連れて現地上空へと転移し、目標地点を確認してみる。
確かに地上では既に戦いが始まっていて、兵隊と国民が衝突しているのがわかった。護衛対象は赤い鎧で目立つって話だったけれど、どこ辺りにいるのかな~。そう考えながら見回してみると、兵士と国民の激突地点の中央辺りに一人囲まれている赤い鎧を確認することができた。
早速転移でそこへと乗り込んで行くことにしよう。
ちなみに魔王軍関係のお仕事なので、姿を隠す為に黒い服を着込んで来たから、かなり怪しい感じになっているかもしれない。
「邪魔させてもらうよ」
そういいつつ突如として現れた僕達に、周りは警戒して動きを止めた。これは都合がよさそうだ。
「シールド」
警戒しているうちに結界を張らせてもらい、ヤーズエルトを守らせてもらう。まあ、結界の中に僕達みんないるので、レイシアもこれで怪我をすることもないだろう。今のうちにスカウトとやらをしちゃって欲しいものだ。
「何だ貴様らは!」
せっかく守ってやっているのに、そう言われてしまったよ。まあ敵か味方かもわからない状況ならば、仕方ないのかな?
「ここではじっくりと話もできそうにないし、さっさと片付けようか」
そう言って、周りの連中を大人しくさせようとしていると・・・・・・
「どこの誰かは知らんが、彼らを傷付けるというのなら、この俺が相手になるぞ!」
「うん? 襲われていたのではないのか?」
「確かに今は意見が分かれて衝突してしまっているが、それでも守るべき大切な者達だ。俺の目の届く範囲で彼らが傷付くのは見過ごせん!」
熱い男だな~。とりあえず自国の民なので、どちらの軍勢にも傷付いて欲しくないっていうことだろう。
「では傷付けないようにこの場を収めれば問題は無いかな?」
「ああ」
ダメージを与えない方法でとりあえず無力化するのならば、眠らせるのが一番かな?
「スリープ」
この戦場を覆い尽くす程の霧が発生して、範囲内の生き物を全て眠りへと誘った。
「一時的な眠りだが、これで問題ないか?」
「ああ、それなら問題ないが、お前達は一体何者なんだ?」
ここで魔王軍だっとか言ったら交渉どころではないのだろうな~。まあ交渉はこっちの仕事ではないのだろうし、黒騎士に任せておこう~
護衛っていっても、敵対者は全員眠らせてしまったので、こっちの仕事は既に終わってしまったようだけれどね。
「それでは僕達がヤーズエルト君の前に来た理由から説明しよう。君を魔王軍へとスカウトする為にここに来ました」
「魔王軍だと! 人類の敵だというのならここで倒す!」
「まあ、やりたいのならやってもいいのだけれど、その時にはここにいる者達は寝たまま別の世界に旅立つことになるかもしれないね~」
「くっ!」
「話を聞く態勢はできたね? まず初めに、君が思うような悪即斬って存在だったのなら、この戦場で生きている人間なんか、誰一人として残ってはいないってことは理解できているかな?」
「確かに、魔族に襲われて生きていられる者など、勇者くらいなものだろう。だがお前達は魔王軍だと言ったではないか!」
「ああ、確かに魔王軍に所属はしているが彼女は人間で、そして魔王様も元々は人間だ。理解しやすいように例えるなら、魔王軍という名前の国ができただけに過ぎないのだよ。まあ力は圧倒的に強い存在だろうけどね」
「ではその魔王軍が何故俺なんかをスカウトしようとする」
「今の魔王様には、頼りになる部下がいない。ある程度実力のある優秀な者をスカウトするのは当然だろう? そしてその対象である君は今、とても困った立場にあるはずだ。例え魔王軍の手を借りてでも何とかできるのならば、何とかしたいと思っているのではないかな?」
「確かに困ってはいるが、それが何故魔王軍の手を借りるなどという話になる。どんなことになろうとも、人類の敵に手を借りるはずは無い!」
「どんなことになってもか、じゃあこの国が滅んだとしても、この話はなかったことにしてもいいという話なんだね?」
「国が滅ぶだと? そんなことは俺がさせん!」
「この国はこのまま争いを続け、やがて国民の中から怪物が次々と現れ始める。そこからは凄く早いよ。殺される者と怪物になる者が入れ混じったこの国が滅ぶには、一週間も必要ないだろうね」
「人々を怪物に変えているのは、お前達だろうが!」
「確かに怪物そのものへと変わる力は魔王様の力ではあるんだけれど、あれは心の悪しき者にしか効かない呪いだ。つまりそれ程までに汚れた者でなければ怪物には変わらないって言えば、何が起きているのか理解できるかな? 恨み憎しみ欲望にまみれた人間など、元から怪物のようなものなんだよ。これは魔王がいるからそうなるのではなく、人間がそれだけ醜くなった証でもある。何でもかんでも魔王様のせいにして己の悪行を無かったことにしようなんて、人間はどこまで腐って行くのかね~」
「だからと言って、人間を怪物にしていい理由にはならん!」
「あれは、これ以上人の世を汚さない為に間引いているのだよ。人の皮を被った化け物は抵抗があって殺せない。ならが正真正銘の化け物になってしまえば、殺す事に躊躇することもないとは思わないかな?」
「その理屈ならば、何故その怪物共はあれほどに強い! 簡単に殺せるのならばこんなに苦労を強いられることもないだろうに・・・・・・」
「魔に属する者が弱いままならば、人間はどこまでも調子に乗ってつけあがるのではないかな。魔族は強く醜悪でなければならない。魔王は邪悪で、人類共通の敵にならなければならない。そう認識されてこそ、人々は手を取り合って、力を合わせて魔王と戦おうとする。弱い敵相手に協力したり、一致団結などしやしないさ」
「つまりお前達は、人類の敵を演じているという訳なんだな。そして、俺にもそれをしろと・・・・・・」
「そう、我々魔王軍はいずれやって来る勇者の手によって滅ぶことが定められている。その日が来るまでは、僕達に負けは許されない。人類の平和を守っているのは君達だけではないのだよ」
「そうか・・・・・・。ならば条件を出させてもらってもいいだろうか?」
「何かな?」
「サラ・アグト・フレスベルド様の無実を証明して欲しい」
「特技四天将殿、君達にこの依頼をお願いしたいのだけれど、受けてくれるかな?」
そこでこっちに話を振って来るのか・・・・・・こっちはこっちでいろいろ準備とかあるのだがな・・・・・・
「その依頼の報酬は?」
「では、いざと言う時にヒントを与えるというのではどうかな? 直接手伝えればそっちの方がいいのだろうけれど、それではつけ込まれそうだから、せめてヒントを出すくらいならやれると思うよ」
依頼を受けるとしたら、レイシアも一緒だから彼女にも確認をしようと思うと、軽く頷いて来た。僕に任せるって事だろうね。
「わかった、引き受けよう。詳しい内容を伺いたいところだけれど、この戦場はどうしたものかな?」
「私達が引き上げた後は、そのまま戦争になりそうね」
僕達がそう言っていると、ヤーズエルトが返答して来た。
「できればこの不毛な争いは止めたいところなのだが難しいだろうな」
「結界でも張って、お互いの家にでも閉じ込めておくか?」
多少は強引でもそれぞれの町や村、兵士は王城とか砦にでも閉じ込めておけば、争いを一時的にでも止められる気はするな。そう思って発言してみた。
「今はそれしかないか」
自分で言っておいてなんだけれど、そうなると今寝ている人達をそれぞれの家に連れて行かないといけない。それはそれで面倒だった。とすると一度起して自分の足で帰ってもらう魔法とかがいいかな?
確か目覚めさせたり、正気に戻す魔法は、これだった気がするな。
「サニティ。でもって家に帰れ、ノスタルジア」
二つの魔法効果により、起き上がった人々が自分の帰るべき場所へと帰って行った。根本的には解決されていないので、しばらくしたらまた争い出すのかもしれないけれどね。あ、そういえばこの魔法効果だと、故郷に帰っちゃうから、兵士は城に帰らないかもしれないな。まあいいか。
「さて、しばらく時間を稼ぐ為にもこの国の町や村、城や砦等の位置を地図などで教えて欲しいのだができそうか?」
「わかった、付いて来てくれ」
そう言って歩き出すのだけれど、ひょっとして一杯歩くのかな?
「ちなみに、移動先は遠いか?」
「歩いて六時間くらいかな」
それは面倒だし時間もかかり過ぎるな。そう思って多目的シートに、この国の大体の地図を描き出して、どこに向いたいのかを教えてもらうことにしよう。
「今から向かうところは、大体どこら辺りだ?」
「うーん。大体ここの周辺だろう」
位置を確認した僕は、ここにいる全員を転移でその周辺へと移動させることにした。
「ここからなら移動するのにも、直ぐかな?」
「お前、大魔法使いか何かか?」
「似たようなものだ。それよりもここからなら直ぐに移動できると思うのだが、地図とかの用意は直ぐにできそうか?」
「ああ、そうか、そうだったな。直ぐ着く、こっちだ」
ヤーズエルトに付いてぞろぞろと移動して行った。
場所は森の奥深い場所にある洞窟へと入って行く。隠れ家としては食料の確保などが大変そうではあるが、これならそうそう発見されることも無さそうなところだな。
洞窟の中は意外と広くて、自然の洞窟部分は入り口だけ。中には人の手が加わっているのがわかった。そして入って直ぐの所に兵士が二人立って、入り口を警戒しているのがわかった。
「ヤーズエルト様、後ろの者達は誰ですか?」
見張りをしていた兵士がそう尋ねて来る。二人とも警戒していて、腰に下げている剣の柄に手を添えているのがわかった。これだけ警戒しているって事はもしかして奥にはお姫様でもいるのかな? そう思いつつも調査のスキルを発動して、この周辺や地形情報などを収集する。
そしてやっぱり奥には、フレスベルドの第二王女様がいることが確認できた。
「この者達は、一時的な協力者になるかもしれない者だ」
「なんだか、曖昧ですね。ここに連れて来て大丈夫なのですか?」
「そうだな、まだ完全には信用できんから、警戒は怠るな」
「わかりました」
その兵士は納得できないといった顔をしながらもそう答えた。そしてヤーズエルトは、小さな部屋の一つに僕達を案内すると、そこで待っているよう言ってどこかに行ってしまった。代わりに兵士が二人が、部屋の入り口に見張りとして残っていた。
ずいぶんと警戒されているようだな。まあ、普通に魔王軍と名乗っているのだから警戒するのは当たり前で、ここまで連れて来るっていう事自体が、よほど追い詰められているのか案外信用されているって事なのかもしれないな。
しばらくして戻って来たヤーズエルトが部屋の中にあるテーブルの上に、地図を広げた。そしてそこに印を付けていき、どこが城だとか砦だとかを書き込んでいった。
「これでいいか?」
「町は載っているが、村があまり載っていないな。どうしてだ?」
「こちらとしても、全てを把握しておきたいところなのだが、主要地点以外までは手が回らないのだ。俺達が把握で来ているのはこれくらいのものだ」
案外この国もザル管理だな。これでは民衆を抑えることなどできない。仕方ないので司書パペットと忍者、鳥パペットを呼び寄せることにする。
「この国の町や村など、人の集まっているところを至急把握してくれ。情報が揃い次第この地図に書き込んで欲しい」
そう指示を出すと、忍者パペットと鳥パペットが早速行動開始してくれた。
「今のは何だ? モンスターか?」
「どちらかといえば、ウッドゴーレムって感じの者だ。魔法生物だよ」
「そうか・・・・・・。優秀な手駒があるということだな」
「あまりあいつらを物のようには扱って欲しくないな。こいつらは、一生懸命役に立とうとがんばってくれている。人間のように裏切ったり、不満をぶつけて来たりしないしな。手駒というよりは、普通に仲間か配下だよ」
「そうか」
一時間も待たされることなく、情報を集めてくれたパペット達を拠点へと送った後、早速町や村に結界を張る為に跳んだ。今回は結界を張りに行くだけなので、僕一人で行動させてもらう。一人の方が何かと動きやすいしね。
作業が終了して帰って来ると、僕達は早速詳しい話を聞くことにする。
「では、詳しく話してもらおうか」
「ああ、事の起こりは領土内にある平原にダンジョンの入り口が開いたことが、そもそもの始まりだった」
ヤーズエルトが地図の一点を示しながらそう語りだした。位置としては平原の真ん中、それ自体は周囲に民家などが無くて被害などが出ない安心できる場所だと思える。
「我々がこのダンジョンのことを知ったのは、周辺の町や村がモンスターの襲撃を受け、討伐と調査を開始してからだった。襲って来たモンスターは、このダンジョンから湧き出していてそれが今も続いている。当初は未発掘のダンジョンとして冒険者が挑んでいたが、中にいるモンスターの数は半端なく多くやがて上級冒険者しか立ち向かえない難易度のダンジョンとして認識された。冒険者の怪我人が段々と増えて行く中、国民の間で王家の中にダンジョンの封印を解いた者がいるという噂が広がりだしたのだ。そして噂の真偽を確かめる前に、王女の部屋から妖しげな魔法道具が発見され、それがダンジョンの封印を解く鍵であったという話が、国民の間に広がることとなった。
俺は何者かの罠にはめられたのだと思い、サラ姫を護衛しながら城を出て、ここに隠れて真犯人を捕まえることで今回の騒動を収めようと考えている」
ふむ、つまりはダンジョンから溢れるモンスターの脅威に国民の怒りが爆発、王家は封印を解いた姫を処分して国民を抑えようと襲い掛かって来ているって事か。
「そのダンジョンの封印を解いたっていう魔道具は、今どこにあって誰が鍵だって言ったのだ?」
「今は魔術師ギルドに保管されているはずだ。鑑定したのも魔術師ギルドだったはずだ」
「ギルドの誰?」
「ギルド長のグラレスという男だ」
「じゃあまずはダンジョンの処理と、その魔道具辺りから調べて行くのがよさそうだな」
「俺はまだ、お前達を完全には信用していない。誰か一人はここに残ってもらえるか? できれは彼女にお願いしたいところだな」
「おいおい、こんなところに女一人残せる訳がないじゃないか。そっちが信用しないのなら、こっちだって信用できないって事だからな。帰って来たらどんな目に合わされているかわかったものじゃない」
「我々がそんな事をするような野蛮な者に見えるとでも言うのか!」
「そっちがそう見ているのだから、当然そう見える。信用して欲しいって言うのなら、一方的に押し付けるのではなく、信用されるだけのものを見せてから言ってくれ。後、誰か一人って話なら黒騎士、お前が残ればいいだろう?」
「黒騎士か、なかなかいいね。どっちにしても僕は手伝う訳にはいかなからね、喜んで人質になっておくよ」
突然の人質指名にも動じることなく、黒騎士は素直にそう言って来た。まあ、こいつが人質になったところで、全然意味がないのだけれどね。待っている間にでもスカウトしていればいいさ。
「これで構わないか?」
「ああ、どれくらいかかるかわからないが、定期的に状況は知らせてくれ」
「そうだな、進展があってもなくても、連絡を入れるようにしよう」
そう言うと早速レイシアを連れて、ダンジョンへと転移した。魔術師ギルドより先にこちらへと来た理由は、まずはモンスターの流出を途切れさせる必要があると判断したからである。
国民の不安や怒りを、一時的にでも抑える必要があるので、まずは危険を遠ざけるのがいいと考えた。
「シールド。バリア」
念の為にダンジョンの入り口に二つの結界を展開させる。シールドは普通の人間の出入りを禁止させる為のもので、バリアは合成魔法によってモンスターの出入りを塞ぐ為に張ってみた。勝手ながら冒険者が中に入るのは、しばらくの間禁止させてもらおう。下手に動き回られて、これ以上面倒なことが起きないようにしておきたい。
「お次は魔術師ギルドに保管されている魔道具を調べるかな」
「魔道具はどんな物か、わかるの?」
「そういえば、何も聞いて来なかったな。王女様に関する情報とかも欠落しているし、ここは国民がどう考えているのかとかの情報も、探ってみようか」
「じゃあ、冒険者ギルドの酒場で情報集めがいいかもしれないね」
「そうだな~・・・・・・そういえばそろそろ昼食の時間だし、ついでに食べに行くか」
「うん!」
という訳で、そこそこの大きさがある町の冒険者ギルドへと転移して、情報集めをすることにした。
これくらい大きな町のギルドは、大体酒場と食堂が内部に造ってあるので、そのカウンター席に着くと奥に厨房が見えた。隣にはバーテンダーがいたりする。このギルドは食べる所と、飲むところが別れて存在していた。まあ外は別れているけれど、中は繋がっているようだな。結局おつまみの類は、食堂の人が作るのだろう。
さてちょっと豪勢なご飯と、エールを注文した後で、バーテンダーに声をかけてみる。
「少しいいかな? 他所から来たのだけれど、ここに突如として出現したダンジョンの話が聞きたいんだが、噂とかないかな?」
「おー、見かけない顔だと思ったが、他所から来たのかい。なら知らないのも仕方ないが、あのダンジョンはやめておいた方がいいよ。ベテランなら勝てない相手でもないんだが、モンスターの数がとにかく多くて生還率がかなり悪いって話だ」
「そこの部分は聞いたことがある。何でも、この国の王女様が封印してあったダンジョンを開放してしまったとか聞いたけれどね」
「ああ、封印を解く為の魔道具を、偶然手に入れたらしくてね。使ってしまったそうだよ」
「どこかの商人が、売り付けたのかな?」
「いや、冒険者がたまたまどこかの遺跡で発見した魔道具を、王族が買い取ったって話だったかな? そこからどういうルートで第二王女の手に渡ったかはわからないが、鍵を開放してしまったって話だよ」
「王女様は、そういう魔道具とかに元々興味があったのか?」
「うーん、そういう話は聞いたことがなかったな。あまり目立たない王女様だったけれど、どちらかといえば吟遊詩人とかの歌に興味があるとかで、たびたび城に招いては歌を聴いていたそうだ。まあ、だからまるっきり興味がないかっていえばそうでもないかもしれないな」
「ダンジョンで何か新しい発見みたいなものって、なかったのか? 鍵をして封印するくらいだ、中には何かあるんじゃないのか?」
「ああ、みんなそう思ってダンジョンに潜っておったよ。ただベテラン冒険者以外は、あまりの敵の多さに直ぐ引き返すことになったな。一度共闘依頼で潜っておったが、到達階層が地下二階だったそうだ。まだどれくらいの深さがあるのかどうかも、丸っきりの不明な状態さ」
「じゃあ、ダンジョンについての情報は殆どないのだな」
「そうなるな」
それなりに大きい町とはいえ、結構な情報を持っているようで助かったな。まあ肝心な情報は全然無いのだけれど、情報の確認くらいにはなった。
「魔道具とダンジョンの関連性とかは、何かわからないか?」
「関連性か・・・・・・そういえば、魔術師ギルドでそう発表があっただけで、それ以外には情報が無いな」
「じゃあ、魔道具自体、どんな物だったかっていうのは?」
「それも、何も情報が無いな?」
「あの場所にはダンジョンが封印されていますよって感じの、伝承とか残っていないのかな? 遺跡に鍵があったのなら、その痕跡くらいは普通あるだろ?」
「確かに、そういう痕跡くらいはあってもおかしくはないな。だがそういう類の伝承は何もないぞ。何かおかしいな」
「その鍵が発見された遺跡に関する情報ってのはあるのか? 遺跡の場所とかも知っていたら教えて欲しいのだが」
「いや、それが遺跡からの出土だっていう噂があるだけで、具体的な情報は何もない。普通なら真っ先に調査されてもおかしくはない話だな」
「それだと、何で魔術師ギルドがダンジョンの鍵だと断定できたのが、殆どわからないな」
「確かに断定できた理由が、あやふやになっているな」
「なあ、冒険者ギルドの方から一度魔道具の確認ってのは、できないものなのかな? 一応僕は魔道具には詳しいと自負しているので、実際に見て確認してみたら、また何か違う情報が見付かる可能性があるんじゃないかって、考えているのだがどうだろう?」
「ふむその前に、身分の確認をさせてもらってもいいか?」
「ああ、構わないよ」
そう言うと、そういえばレイシアとブレンダくらいにしか、冒険者登録書を見せたことがないな~と考えつつ取り出して、バーテンダーに提示した。僕に続いて、レイシアも渡す。おそらく僕の名前よりレイシアの方が有名だろうから、これは助かるね。
そして案の定レイシアの冒険者カードを見て、レイシアの顔を確認したりしていた。
「少し上と話をしてみる、ここで待っていてくれるかい?」
「ああ、ゆっくり食事しているよ」
「ここの飯は美味いからな、味わって行ってくれ」
そう言って、若いバーテンダーと交代して奥へと去って行った。




