27:学院編:僕は恨まれても気にしない。
知人に『つまんねーSF書いてないでヴィーナとロッフェローをちゃきちゃき更新しろ』と罵られました。
前回までのあらすじ。
筋肉は全てを解決する。
アイヴァン・ロッフェロー。
王都学院の2回生であり、王家直参男爵家推定相続人であり、冒険者クラン『幼獣団』の頭目であり、身長190センチ後半。体重100キロ前後。名プロレスラーのブロック・レスナーみたいな17歳である。
つまり、ゴリラだ。
素手で人間を殴り殺せる羆みてェなこの大男は、決闘騒ぎの翌日もいつものように高級娼館の朝までコースを過ごし、石鹸と高級娼婦の香水を漂わせながら学院へ登校した。一言に言って、最悪である。
実際、学院としても指折りの問題児と見做しており、成績表は注意書きだらけだ。
そんな問題児のアイヴァンは、この日の朝、とても機嫌がよかった。
鬱陶しいモラデイオン公爵家のブラット・パックをぶちのめしたから?
違う。
クソ忌々しい転生主人公様の赤っ恥を見物できたからだ。
社畜の腐れ負け犬野郎がいい気味だぜ。所詮、負け犬はどこへ行こうが負け犬なんだよ。大人しく惨めに家畜やってろド低能がっ!!
見たか、腐れバカ神め。蛆もたからねェゲロクソの塊野郎め。テメェに吠え面掻かせてやる。
腹の中で口汚く、主人公様をこき下ろし、自身を転生させた神へ悪罵を紡ぎながら、アイヴァンはいつもより軽い足取りで通りを歩き、学院へ向かう。
道中。行商人らしい若い母親と幼い少女達が商売の準備を始めていた。お世辞にも身綺麗とは言えぬ服。荒れた手肌。生活に苦労していることが容易に見て取れる。それでも、親子は笑顔で商売の支度を進めている。
瞬間。前世の妻と我が子の思い出が生じ、脳が焼かれた。
転生して20年弱。記憶にある妻と我が子の容貌は少しずつ、だが、確実に鮮明さを失いつつある。その事実がアイヴァンの既に壊れた心をさらに歪める。
アイヴァンの機嫌は急転直下で激変し、自身を転生させた神と自身の転生原因となった主人公様に対する憎悪と怨恨と害意が燃え盛った。
――何もかもめっちゃくっちゃにぶっ潰してぶっ壊してやる。
今や標準仕様と化した凶相を歪め、アイヴァンは学院を目指して進む。
血に飢えた羆みたいな足取りになっていた。
○
そして、学院の昼休み。大配食堂の一角。
「小言ばっかり並べやがって。たまにはスケスケ下着で俺へ御褒美を提案しろや」
クランの副長アーシェから先日の決闘のことでちくちくちくちくお叱りを受け、アイヴァンが悪態を吐けば。
「バカじゃないの?」
一歳年上のクールビューティなアーシェ・クルバッハは即座に罵倒を返した。
「バカじゃないの?」
しかも二回。
「俺にどうしろってんだよ」
舌打ちし、アイヴァンが問う。
「例の郊外演習でしばらくあんたが居ないでしょう。非常に不愉快な事実で不承不承認めるけれど、あんたが居ないとウチの団は稼ぎが減る。当然、団員達が困る」
「未だ自転車操業だもんなぁ……」
アーシェの説明を聞き、アイヴァンは分厚い手でがっしりした顎を撫でる。
狂人アイヴァンが率いるクラン『幼獣団』は結成から一年以上が起ち、それなりに稼げる集団となったが、団員達は元々が社会のド底辺出身の少年少女だ。自分達が食えるようになっても、家族を食わせるためには命を張り続けなければならなかった。
実際、自分の装備や装具に掛ける必要経費以外の収入は家に入れたり、故郷に仕送りしたりする者がほとんどだ。
加えて、今まで金に余裕があったことが無いので、金の使い方が分かっておらず蕩尽したり、却って借金を増やしたりする奴も少なからずいた。
つまり、アイヴァンの団員達は今日も今日とて貧乏だった。
「自転車?」
聞き慣れない単語にアーシェが小首を傾げるも、アイヴァンは無視して頷いた。
「仕方ねえ。郊外演習前にガッツリ稼ぐか」
「まぁ、落としどころはそんなところね」とアーシェも頷く。「しっかり稼がせろ」
「そこは『団長、私達のためにありがとう!』てキスするところだろ。ちっとくらい愛嬌売れや」
「頭のビョーキなんじゃないの?」アーシェはさっきより酷い罵倒を即座に返し「で、具体的なプランは?」
「効率よく稼ぎたい」
アイヴァンは食べ終えて空になった皿を脇に押し退け、アニメチックな(つまり中近世世界観にあり得ない)デザインの制服のポケットから手帳を取り出し、判明しているダンジョン内地図を卓上に置く。
「回復剤と食い物と矢玉をたらふく用意して、中層のセーフエリアまで行く。そこを足場に稼ぐだけ稼ぐ。死傷は一割五分まで見込む」
「一割五分? 損害が大きくない?」
アーシェが端正な(ただしこの世界では“普通”とされる)顔をしかめるも、アイヴァンは冷厳に言い放つ。
「損耗した分は俺が郊外演習で不在中に補充して訓練しろ。代わりはいくらでも見つかるだろ」
事実だった。
なにせこの国は破綻寸前の失敗国家だ。王都の貧困街には日々の飯に事欠く少年少女はいくらでも居る。この街のドブ底で生まれた者。食い扶持を求めて田舎からやってきた者。口減らしに実家を追い出された者。身売り先から逃げ出してまともな職に付けない者。
代わりはいくらでも居る。
「先日は戦友を侮辱された、と怒ったくせに、その口で代わりはいくらでも居ると宣うわけ?」
アーシェが軽蔑のこもった眼差しを向けてくるも、アイヴァンは眉一つ動かさない。それどころか、狂気に満ちた目でアーシェを睨み返す。
「なぁにヌルいこと抜かしてんだ。今まで何人がくたばって、手足を失くした奴らを何人捨てたと思ってる。うちは仲良しクラブじゃねェ。小銭のために手前の命を懸けるクソバカ共の集団だ。そして、お前は俺と一緒にあいつらを地獄送りにする共犯者だ。テメェの立場を間違えてんじゃねえ」
そう。『幼獣団』はアーシェがアイヴァンに提案して始まったのだ。貧窮して行き場も後もない少年少女冒険者を搔き集め、兵隊として利用する――それはアーシェの発案であり、彼らはアーシェによって死地へ連れていかれ、命を落としたり、手足を失くしたりしてより過酷な貧窮に身をやつした。
アーシェは幼獣団の副長として裁かれる側の人間なのだ。
返答に窮するアーシェを見据え、アイヴァンは太い指で食堂のテーブルをトン、と突く。
「俺のやり方に文句があるなら解決策を出せ。解決策を出せないなら黙ってろ。黙ってられねェなら、俺の団から出てけ」
「……」アーシェは不快感と悔しさで口を固く引き結ぶ。
「まあ、お前が俺に“おねだり”するなら、話は別だがな。服を脱いで腰を振っておしゃぶりして、俺のまたぐらの間からお願いするってんなら、何とかしてやっても良いぞ」
筋肉ゴリラが下衆顔で言えば、
「死ね」
アーシェは即座に吐き捨て、席を立った。
美貌を怒らせながら去っていくアーシェの後ろ腰と尻をねっとり眺めながら、アイヴァンは鼻を鳴らす。
――小娘があの調子じゃあ、他の貴族のガキ共も似たようなもんか。修羅場をそれなりに経験したはずだが、まだまだ足りねぇな。全然足りねぇ。
邪悪さがまったく足りねぇ。
戦闘集団の指揮官とは部下に『殺せ、死ね』と命じる存在である。冒険者クランの副長や班長でも変わらない。その峻厳的現実に人間的美質が入り込む隙間など無い。
部下は効率よく死なせてナンボ。その事実を理解させる必要があるな。
アイヴァンが双眸に冷酷さを湛えながら、腰を上げた矢先。
「おい、ゴリラ野郎」
ツインテール美少女でチビで巨乳、といろいろ盛られている、ネームドキャラのエリーザ・デ・グラツィーニの御登場。
ゲーム本編ではシナリオ次第で主人公の仲間にも敵にもなる少女だ。
アイヴァンはエリーザを睨むように見下ろす。
「誰がゴリラだコラ。そのデカパイ毟り取るぞ、チビ」
エリーザは年上であり、実家のグラツィーニ家は侯爵家。ロッフェロー家は男爵家。家格がずっと上だ。真っ当に考えて罵詈雑言を浴びせて良い相手ではないが……
ただ、トランジスタ・グラマーのエリーザはアイヴァンの物言いを気にした様子もない。自身の身体特徴についてあれこれ言われることに慣れているし、アイヴァンの無礼者振りは今や学園中に知れ渡っている。
「ゴリラ。貴様に聞きたいことがある」
なおもゴリラ呼びを続けるエリーザ。デコに血管を浮かべ始めるアイヴァン。
「あ? 何が聞きたいのか知らねえが、自分をゴリラ呼びする女に答えると思ってんのか?」
「情報の対価は出そう」エリーザは言った。「正しい情報ならば100ほど出してもいい」
「何が聞きたいのかね? 言ってごらん」
あっさりと苛立ちを収めるアイヴァン。クランの運営には金が掛かる。
「貴様はダンジョンでSランク装備を得たと聞いている。その件を詳しく聞きたい」
「その件か」
アイヴァンは面倒臭そうに顔をしかめた。
女王ナメクジの特異個体とガチンコで殺し合った際、御宝部屋を発見しただけなのだが、冒険者ギルドを始め、いろんな連中からSランク装備の入手経緯を散々尋ねられた。金を払うから売ってくれと言ってくる奴はまだマシ、アホ貴族が献上しろと抜かして来たこともあった(モラデイオン公爵家の騒動後はぴたりと止んだ)。
「詳しくも何も、ダンジョン内で偶然、隠されたオタカラ部屋を見つけただけだ。俺が何か特別なことをしたわけじゃねェ。情報なんて大層なもんは出せねェな」
アイヴァンは太い首を揉みながら続ける。
「ただまぁ、古株の冒険者連中が言うにゃあ深いところほど、高ランク装備の発見率は上がるって話だ。深部にまで潜りゃあ、オタカラ部屋じゃなくともSランク装備が得られるかもな。そこまで潜るのも骨だが」
「そうか……」
エリーザはしばし考えこみ、ふ、と息を吐く。
「あまり役に立たなかったが、情報は情報だ。対価を払おう」
スカート(もちろん、丈は短い。ゲーム仕様だ)のポケットから財布を取りだそうとしたエリーザに、アイヴァンはふんと鼻を鳴らした。
「要らねェよ。銭を受け取るほどのネタじゃねェ」
「そうか。では払わん」
あっさりと引き、エリーザは踵を返す。
「手間をかけたな、ゴリラ。さらばだ」
「しまいにゃ犯すぞ、チビ」
悪態を吐き、アイヴァンも食堂から出ていった。
○
放課後、クラン『幼獣団』の拠点へ向かったところ、不愛想な猫が当然のようにいて茶をしばいていた。
ショートの金髪と麗しい翠眼の美少女。アイヴァンが指導担当する新入生グループの問題児セレン・グレイウッズだった。
セレンはこの世界『黒鉄と白薔薇のワーグネル』における超強敵の魔女アルテナ・ブラックストーンの身内だ。非常に厄介な立ち位置の相手だから、アイヴァンとしてはあまり関わりたくない――のだけれども。
セレンは嫌そうなアイヴァンへ声を掛けた。
「ロッフェロー。頼み事がある」
「口の利き方ぁ。口の利き方がなってねェぞ」
「……面倒臭い奴」とセレンが無機質な顔でぼそり。
「聞こえてるぞメスガキ」
イラっとしながらアイヴァンは能面顔のセレンへ問う。
「それでなんだ?」
「中層部の深くまで潜ると聞いた。同行したい」
ダンジョン研究者を称するセレンは、郊外演習前のダンジョン潜りに同道したいらしい。
「魔導遣いが一人でも増えれば楽になるわ」
アーシェが脇から横車を押してきた。なるほど。これが死傷1割5分に対するアーシェの『解決策』らしい。
「……“保護者”の許可はあるんだろうな?」
ダンジョン内で“何か”があって超危険人物アルテナの怒りと恨みを買いたくない。なんたって、あの魔女は主人公御一行とは別ベクトルにチョーヤベェ人物なのだから。
「問題ない。むしろよろしく頼むと言っていた」
セレンは無表情のままグッとサムズアップ。キャラがブレてんだよ。
「アルテナ様に頼まれちゃあ仕方ねえな……」
上役に逆らえぬ宮仕えの辛さよ。まあ、宮仕えしてないけれど。
で。
ダンジョン中層で稼ぐべく『幼獣団』の団員達は入念な準備を始める。物資の調達。装備の整備と修理。戦術と役割の確認。そして、訓練。
アイヴァンは口に出さなかったし、アーシェも士気と統率上の理由から『死傷一割五分見込み』を誰にも話していなかったけれど、これまでの経験から目端の利く者達は何となく『かなりの損耗を見込んでいる』と察していた。
そして、その過酷な事実に誰も不満を抱かない。不安はある。恐れてもいるし、怯えてもいる。もしかしたら死ぬかもしれない。もしかしたら手足を失くして不具者になるかもしれない。
だけど、稼げる。
貧乏という凄まじき煉獄を知る団員達は、鉄貨一枚でも多く稼げる機会を見逃さない。たとえ自分が死んだり、手足を失くしたりしてでも稼ぎたい。
死んだり手足を失くしたら、もう家族を養えないだろ。無理は止せ。と諸兄諸姉は思うかもしれない。
しかし、元から家族は食えていないのだ。自分が死んだり手足を失くしたりしても、元に戻るだけだ。
団員達は従順だが、盲従はしてない。
ボスは俺達を粗末に扱ったりしないけれど、大事に扱う気もない、と知っている。
俺達はヘータイだ。死んでも代わりは要る。使えなくなれば捨てられる。仕方ないことだと受け入れている。
だが、自分達の犠牲に見合った稼ぎを寄こさないなら。
あの大きく頼もしい背中に刃を突き立てることも厭わない。
○
ダンジョン潜りする前日。
「ロッフェロー。少し良いか?」
サブヒロインの一人、巨乳女騎士見習いエルズベスがやってくる。
やめろ。近づくな。俺が死ぬ。
条件反射的に内心で毒づきつつ、そんな心境をおくびにも出さずにアイヴァンは応じる。
「どうした。なんぞ用事か」
また面倒事か、と言いたげなアイヴァンにエルズベスは眉目秀麗な顔に微苦笑を浮かべ、
「そう警戒するな。厄介事ではない」
アイヴァンが大きな肩を小さく竦めて先を促す。
「指導グループの件だ。ウチの新入生達は先の決闘以来、実に士気旺盛、向上意欲に満ちていてな。それは良いんだが、ちと血が昇り過ぎている。発散させたいんだ」
「娼館でも紹介しろと? まあ、安心して遊べる店は知ってるが……」
「そんなわけあるか!」
ズビシッとエルズベスがツッコミの肩パンチを入れた。滅茶苦茶痛かった。
このデカパイ、前より強くなってやがる……っ!
内心で戦慄するアイヴァンを余所に、エルズベスは気を取り直して話を進める。
「郊外演習前に、貴公の班ともう一度合同訓練を出来ないだろうか?」
「その辺はグリーン先輩に話を通してくれ、としか言えねェよ。ウチの班の責任者はあの人だ」
「無論、あちらにも話を持っていっている。その上でだな。貴公の方からも押して欲しい」
エルズベスがちょっぴり上目遣いで“お願い”してきた。本人は意図して媚を売ったわけではないだろうが。
アーシェもこれくらい可愛げがありゃあな。とアイヴァンはしょうもないことを思う。
普通なら横車を押す代価に飯の一つも奢らせるところだが、主人公様関係者と関わり合う気も馴れ合う気もないアイヴァンは頷く。
「あくまでグリーン先輩の意向次第だが、話はしておく」
「ありがとう。感謝する」
小さく礼をしてニコニコしながら去っていくエルズベスの魅力的な尻をじっくり眺めながら、アイヴァンは思う。
話はするが、説得するとは一言も言ってねェぜ。
知人につまらないと言われたけれど、読者の皆さんのおかげで日間1位を取れました。
ジャンルはSF:パニック『ノヴォ・アスターテ:女神の箱庭。あるいは閉ざされた星』
よろしければ、ご笑読ください。




