21:学院編:僕だってイキリたい時がある。
お待たせしました
入学式から一月ほど過ぎた頃……アイヴァン・ロッフェローが恐れていた主人公様御一行との合同訓練が実現に至る。
しかも、カイル・グリーンから『俺の後見人が一度、君と会いたいと言っている。予定はまだ決まっていないが、頭に入れておいてくれ』と言い出した。
つまりはゲームきっての悪女と会談決定。
勘弁してくんろ、泣きが入っているアイヴァンの心境を無視し、時は流れて合同訓練当日である。
★
で、合同訓練である。
アイヴァンとカイル・グリーンの指導するグループはセレン・グレイウッズ以外、モブである。十把一絡げ。有象無象だ。
一方、主人公様御一行はネームド揃い。
主人公オーリス・オレッツェを筆頭に、親友様、メインヒロイン一号二号。主人公御仲間様とサブヒロイン。辛うじて序盤用にモブも混じっているが、過剰戦力に対する愛嬌みたいなもんだろう。薄ら恐ろしい。
「では、基礎訓練後は手合わせということで」
「了承した」
指導役代表である最上級生達が簡単なやり取りで合同内容を確認し合う中、デカパイ・エルズベスがアイヴァンに歩み寄る。
「どうだ。久し振りにひと試合」
にやりと不敵に微笑みかけてくるエルズベスに、アイヴァンは内心で思う。やめろ、俺に近づくな。俺が死ぬ。
いつもの被害妄想を抱きつつ、アイヴァンは応じた。
「今日は新入りの訓練が主体だろ。俺達が楽しんでどうする」
「見取り稽古というものもあろうさ。私と貴殿の勝負なら学ぶことも多かろうよ」
「何とも言えんな。ともかく合同訓練だ」
アイヴァンはエルズベスの要望をはぐらかし、丸太のような腕を組んで準備を始めた“ガキ共”を睥睨する。
いっそ事故に見せかけて主人公様をぶっ殺しちまうか。いや、しかし、前回このデカパイを殺そうとしたら痛い目を見たしな……
「ロッフェロー。ちょっと良いか? アイトナも」
カイル・グリーンがやってきて、アイヴァンとエルズベスへ用向きを伝える。
「俺は向こうの指導班長と一緒に後衛組を教えるから、君ら二人で前衛組を教えてやってくれ」
「指導内容はどのように?」
エルズベスの問いに、
「集団戦闘を前提にした立ち回りを頼む。夏には校外で演習が行われるそうだからな。今のうちに個ではなく集団で動けるよう基礎を学ばせたい」
カイル・グリーンがてきぱきと説明し、
「了解です」「分かりました」
アイヴァンとエルズベスが了承する。
というわけで、合同訓練開始。
★
せっかくの合同訓練と言うことなので、アイヴァンの指導グループ前衛組はエルズベスが指導し、主人公様御一行の前衛組をアイヴァンが看ていた。
身長190センチ半ばに達し、体重が100キロに届こうとしている筋肉ゴリラは、主人公様達の前衛組に陣形を組ませた。
盾役が少年戦士。メインアタッカーが主人公様。左右の遊撃にメインヒロイン2号と親友様。
実戦なら彼らに加え、後衛にメインヒロイン1号とサブヒロインのロリ魔導士、モブ2人がつく。
「集団戦闘の要諦は如何に互いの死角を補うか、互いを支え合うかだ。そして、実戦で一対一、あるいは一対多の状況は特殊なケースだけだ。基本的には多対多となる。
また、互いに正面からぶつかることも稀だ。大概は待ち伏せ、側背からの奇襲、あるいは予期せぬ突発遭遇戦になる。そうした場合、戦い方が固定されていると対応が遅れる。その遅れが危機を招く」
滔々と語ったアイヴァンに、
「それ、センセーからもエル先輩からも聞いてるっス」
少年戦士――ロブ・バーガンディが生意気な口を叩く。
悪戯小僧っぽい顔立ち。刈り上げた短髪。逞しい長身。ステレオタイプなスポーツマン型イケメンだ。
このネームド小僧は序盤から終盤まで最前衛を務められる強力な盾役だ。ただ盾役の常として機動性に乏しい。その辺りをどう捉えるかがプレイヤーに委ねられる。
「ふん。ごちゃごちゃ説明するより体を動かす方が早いか」
アイヴァンは訓練用甲冑の兜を被り、盾と訓練剣を手にした。
事故に見せかけて殺しちまおうかな、と不埒なことを考えつつ、四人の後輩達へ告げる。
「まずはお前らが仕掛けてこい」
兜のバイザーを下げ、アイヴァンは四人へ向けて『かかってこい』と手振りした。
四人は顔を見合わせ、首肯。構えを取る。
「いくぜーっ!!」
少年戦士ロブが威勢よく突撃してきて、訓練剣を振るう。
アイヴァンが少年戦士の剣を盾で受け止めると、
「いきますっ!」
訓練用長柄を手にしたメインヒロイン2号ことヒルデ・フォン・ガイアーが右側面へ回り込み、
「仕掛けるっ!」
左側面へ親友様が展開。
親友様ことライル・ラ・フローイントは巻き毛の大人しそうな顔立ちの美少年だが、得物を手にアイヴァンへ挑む顔は実に勇壮。かっこいい。
少年戦士ロブが盾役となってアイヴァンに圧をかけ、両側面から長柄のヒロイン2号ヒルデと親友様ライルがアイヴァンを牽制攻撃し、意識を散らす。
「おっらああああああああああっ!!」
そこへ、メインアタッカーたる主人公様オーリスが強烈な一撃。
がんっ。
オーリスの剣がアイヴァンの頭を捉えた。
原作通りのパッとしないモブ崩れだったなら昏倒してもおかしくない一撃だ。が、筋肉ゴリラと化した今のアイヴァンにはどうってことの無い一撃だった。
もっとも……
このクソガキャア。手加減せーやボケがっ! 訓練事故に見せかけてぶち殺すぞ。
アイヴァンは軽く切れていたが。
「盾役で押さえ、左右の遊撃で削り、メインアタッカーで締める。か。攻守どちらにも応用できる。入学から一月でよくまあ仕込まれたもんだ」
首をごきりと鳴らし、アイヴァンは四人へ言った。
「では、今度は俺も動く。先に言ったコツを味あわせてやろう」
四人に再び隊形を組ませてから対峙し、アイヴァンは告げた。
「いくぞ、ガキ共」
瞬間、発せられる圧倒的な威圧感。少年少女達が体験したことの無い強烈無比な殺気。命懸けのダンジョン潜りを重ねる現役の冒険者が放つ戦意、人の生死に慣れた本物の荒事師が発する闘志。
四人がまるで階層ボス級のモンスターと遭遇したような錯覚に囚われた瞬間。
二メートル近い大男が一投足で間合いを詰め、少年戦士ロブの眼前に迫った。
「ンなっ!?」
動きの鈍そうな筋肉ゴリラ、アイヴァンをどこか甘く見ていたロブは度肝を抜かれ、それでもネームドらしい別格の素養――素晴らしい反射神経と膂力を示し、アイヴァンの攻撃に備えて盾をかざす。
が、アイヴァンはその反応を見透かしていたように訓練剣ではなく、慣性と全体重を乗せた盾撃を放ち、ロブを“撥ねた”。
基礎ステータスが如何に高かろうとゲーム本編開始間もない状態では、一年分ダンジョン潜りで鍛えたアイヴァンのステータス値に及ぶべくもない。加えて、体重差30キロ以上の質量とゴリラ並みの筋力が叩きつけられれば――
「うぼぉああっ!?」
少年戦士ロブがボールのように宙を舞い、その先には親友様ライルが居た。
「えええっ!?」
親友様ライルもネームド。それも主人公の親友という別格のメインキャラ。基礎ステータスもモブとは比べ物にならない。
しかしながら、ロブ同様に最初期値ステータスとステータスに反映されない経験や練度の乏しさは無視できなかった。
仲間が撥ね飛ばされてくるという予期せぬ事態に、親友様ライルは対応できずロブと衝突して大きく転倒する。
「うわぁああっ!?」
「かっるいなあっ! しっかり飯食ってんのか、小僧共ッ!!」
アイヴァンが嘲り笑う。
「ライルッ!? このっ!!」
親友が仲間と衝突して倒れる様と筋肉ゴリラの煽りに、主人公オーリスは反射的にカッとなり、感情のままに切りかかる。
ステータス最初期値でロクな実戦経験もないガキにしては、破格の瞬発力と剣戟の鋭さ。
昨年のアイヴァンだったなら、エルズベスと試合をした時のように反応しきれなかったかもしれない。
が、
今のアイヴァンには見えている。ダンジョン潜りを重ねて多対多の乱戦に慣れ、クランでの役回りとして一対多を請け負うことが多い。攻撃直後の間隙を突かれることなど、日常茶飯事だ。
アイヴァンはメインヒロイン2号の動向を視界の端に収めつつ、斬り込んでくる主人公様を邀撃する。事故に見せかけて殺しちまおうかな、と幾度目かになる殺意を覚えながら、盾で主人公様の攻撃をあっさりと受け流す。
「なっ!?」
攻撃をあっさりと防がれ、吃驚を挙げる主人公様を無視し、アイヴァンは運足してヒロイン2号ヒルデへ向けて飛び掛かった。
「! やあああっ!!」
訓練用長柄を構えたヒルデが、雷光のような突きで迎撃。
刺突そのものの速さはアイヴァンでも反応しきれないほどだった。が、体裁きと運足が素直過ぎた。刺突は反応できなくても、予備動作で予測できる。
アイヴァンは訓練剣の鎬で刺突をいなしながら素早く間合いを詰め、剣ではなく前蹴りを放つ。
「ほーれ、どーんっ!!」
「えっ!?」
剣戟を予想していたヒルデは虚を衝かれ、長柄をかざして蹴りを受け止めるも、その強力な衝撃を殺すことも受け止めることも出来ず、防御姿勢のまま蹴り飛ばされていく。
「きゃああああああああああああああああっ!?」
「ヒルデッ!? くそっ!」
主人公オーリスは悔しげに吠えるが、切りかからない。先ほど容易く防がれたことが脳裏にあるから、動けないのだ。
オーリスの背後で親友ライルが目を回したロブを押しのけ、立ち上がろうとしている。
「なんだオイッ! ビビってんのかオイッ!? なーら、こっちから行くぞオイッ!」
アイヴァンが先の先を取り、主人公様へ向けて盾を構えながら突撃。
身長2メートル弱の巨漢が一息に急迫してくる威圧感に気圧され、主人公オーリスは咄嗟にサイドステップで間合いを外す。
も、アイヴァンはオーリスを無視し、立ち上がりかけていた親友ライルへ砲撃のような刺突を浴びせ、ノックダウン。
「ぐわあああっ!」
「なっ!?」と目を剥くオーリス。
「なーに驚いてんだよ、俺ぁてっきり仲間を生贄に差し出したのかと思ったぜっ!」
アイヴァンは煽りながら隙を見せた主人公様へ襲い掛かる。
がきん、と金属が激突する音色が響く。
素早く復帰したメインヒロイン2号ヒルデが身を割り込ませ、長柄でアイヴァンの一刀を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。
しかし、アイヴァンが右腕一本にも拘らず、ヒルデは瞬く間に差し込まれていく。速度タイプの定めか、パワー勝負になると分が悪い。
「前衛を気取るンなら、もっと力だせや、おうっ!!」
「ぅううっ!!」
煽りに憤慨しつつも、ヒルデの口からは悔しげな呻き声しか漏れない。
「うぉおおおっ!」
そこへ、回り込んだ主人公様がアイヴァンの横っ面へ切りかかる。
「ま、そう来るわな」
アイヴァンはパッと盾を捨てて左手でヒルデの襟首を掴み、
「えっ!?」
そのままヒルデをぶん回し、突っ込んできたオーリスへ投げつけた。
「きゃああっ!?」「うわあああっ!?」
ヒロイン2号と主人公様がもつれ合うように倒れ、
「仕舞いだ」
アイヴァンは訓練剣を振るい、倒れていた2人へ容赦なくトドメを加えた。
★
弱っ! よっわっ! 弱すぎなんだけどマジッ! 誰こいつらを主人公様御一行とか言った奴ッ! こいつらを主人公とか決めた奴出て来いよっ!! こんな雑魚共ぶっ殺してやるよ俺がっ!!
心の中で格ゲーマーみたいな煽りを思い浮かべていたアイヴァンの耳に、
「マジかよ、こんなところで負けイベなんて無かったはずなんだけどなあ」
聞き捨てならない独り言が届く。
兜のバイザーを上げる手を止め、アイヴァンは兜の中から見据えた。
不満げな顔で汗を拭う主人公様オーリス・オレッツェを。
★
アイヴァン・ロッフェローという男は自身を転生させた神を心底憎悪し、怨恨している。
件の神のことを考えると発狂しそうなほどの暴力衝動に駆られ、目につくもの全てを破壊しつくしたくなる。この世界はクソ溜めで、この二度目の人生は苦役に等しい。故にこの世界を愛す気も無ければ、二度目の生と向き合う気もない。
同時に、アイヴァンはずっと考えていた。
この世界に転生したのは自分だけなのだろうか。
他にも居るのではないか。
居るはずだ。とアイヴァンはある種の確信を抱いていた。
なぜなら、アイヴァンはしっかり覚えている。自分があのクソ神に出会い、転生させられる経緯を。自分が命を落とした時の経緯を寸分違わず憶えている。
あの時、トラックは自分を轢き殺す前に、“もう一人”撥ねていた。
ボケらっとしたマヌケ面の社畜野郎を。
あのクソ間抜けはどうなったのだ、自分と同じように転生しているのではないか、転生しているならばこの世界のどこかにいるはずだ、とアイヴァンはずっと考えていた。
あのクソバカ野郎がアホ面晒して車道に飛び出さなければ、自分が轢き殺されることは無かった。子供達を悲しませることもなかった。自分がこんな下らない事態に付き合わされることもなかった。
あのゲロ以下の負け犬社畜野郎、絶対に見つけ出してぶち殺してやる。
アイヴァン・ロッフェローにとって、あの転生の要因たる社畜男もまた、絶対的憎悪と殺意の対象だったのだ。
★
その時、アイヴァンの殺意は極限を超えていた。
不思議なもので極限を越えた殺意は、殺意として外に放出されない。ただ自身の体を動かす純粋無垢なエネルギーと化す。
雄叫びを上げることもなく、競争を作ることもなく、眉目を吊り上げることもなく、アイヴァンはただ機械のように主人公様オーリス・オレッツェを殺そうと踏み出
「ロッフェロー」
肩を掴まれた。
アイヴァンの心情を知らぬカイル・グリーンが言った。
「客だぞ」
純化した殺意で情動が失われていたアイヴァンは、機械的に訓練場の出入り口へ顔を向けた。
顔から血の気を引かせた幼獣団斥候班長の女子が、アイヴァンへ駆け寄ってきて、告げる。
「ろ、ロッフェローっ!! 副長達がぁっ!!」




