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一人目の王妃様は王女様しかお生みになれなかったので離縁されました。大国の王家の出身でいらっしゃったのに、最後は従う者も財産もなく、修道院で病を得て寂しく亡くなられたそうです。
二人目の王妃様は不貞の咎で首を刎ねられました。けれど誰もが知っています。あのお方の本当の罪は、男の子を流産したこと。お世継ぎの王子を死なせたことが何よりも国王陛下の逆鱗に触れたのです。
「母たちは、ちゃんと父の子を生んだのですよ。妻としての役目を果たしたのです」
「なのに、それが男でなかったということが全てを奪われるほどの罪だと言われたのです」
女王様と王女様は、変わらず優雅に微笑んでいらっしゃいました。でもわずかに引きつった口元や、瞳の暗い光、震える声が、深い深い憎しみを教えてくれます。そしてそれらは私にも思い出させてくれます。十年前のあの日々を。お腹の子の成長に怯え、陛下のお怒りやあの侍女の微笑みを恐れ、生きながらじわじわと殺されるようだったあの日々の、恐怖や息苦しさや鬱屈を。
たまらず私は酒杯を置くと、両手で顔を覆いました。
「私も、陛下が怖かった……。男の子を生まなければきっと殺されるのだと思っていました。私を怯えさせる陛下も――子供も。憎かった……!」
そうして指の間から漏らしたのは、誰にも聞かせたことのない心の底からの声でした。醜く浅ましいだけでなく畏れ多く、妻としても母としても、人として感じてはならない思いでした。
罰を恐れて、軽蔑されるのを恐れて、今まで外に漏らしたことのない思いです。王の生死や国の行く末、世継ぎという大事を前に、女ひとりの身の上など考えてはならないのです。そのような弱さ愚かさは、許されるものではなかったのです。でも、この方たちなら。私と同じ境遇で、残酷な死を賜った母君様をお持ちの方たちなら――
「分かりますわ、お義母様」
「私たちもお父様が憎かったのです」
「他の方々も本当は助けて差し上げたかった」
「お義母様こそ、と思っていましたの」
ああ、やはりおふたりとも私を慰めてくださる。私の気持ちを分かってくださる。
思わず手を伸ばすと、おふたりはしっかりと私を抱きしめてくださいました。お酒の重い香りと、女王様たちのまとう甘く柔らかい香りが混ざり合って、私たち三人もひと塊となって抱き合って。そうすると、長年私を苦しめていた恐怖と後ろめたさも溶けていくようでした。
「ああ、でもあの子……可哀想な子。何もしていなかったのに」
殺したばかりの我が子のことを口にするのさえ、甘い慰めを求めてのことでした。
「でも、大きくなったらお姉様を脅かしていたかも。そうなっていたらお義母様も一層お辛かったでしょう?」
「父の妄執は断ち切るべきです。男の世継ぎにこだわったばかりに悲しいことが起きましたから」
だから、仕方なかったのです。
女王様も王女様も、私が望んだ通りのことを仰ってくださいました。
そう、姉と弟が争うなんて悲しいことです。母君様たちを失い、女であるばかりに世継ぎになれぬとされたおふたりのお気持ちを思えば、あの子が王位を継ぐのも歪な形のように思えます。私の前の、五人の王妃様たちだって納得などなさらないでしょう。私が十年前に怯えていた通りです。
ああ、それに。陛下を殺めたのは女王様たちでもあったのです。あの子がそれを知ったなら、怒りと憎しみは姉君たちまで襲っていたに違いありません。いいえ、それだけではありません。そもそも母と姉が父を殺したなどと、心が壊れてしまうような悲しみでしょう。ならば、それを知らないようにしてあげたのは、慈悲ですらないのでしょうか。
「いいえ、やっぱり、駄目だわ。あの女が知っている……」
私には、もはや女王様たちが全ての答えを知り、全ての問題を解いてくれるように思えていました。あの侍女ことでさえ、何か私が思いもよらないやり方でどうにかしてくれるのではないかと。
「大丈夫ですわ、あの女は何も知りません」
怯える私をなだめる妹姫様のお言葉も、髪や頬を撫でる女王様の指先も、小さな子供に対するもののようでした。まるで立場が逆転してしまったような――でも、酔って頭がぼんやりとした私には、不思議とそれが心地よく感じられました。
「父と娘の別れに、侍女など邪魔でしょう? 十年前、扉の外にいたのは私たちだけです」
「でも、王子を手懐けようとしていたわ……」
「ええ、息子のいる未亡人だと申し上げたことがなかったでしょうか。父親のいない子供には大層同情していたようです」
確かにそれも女王様が教えてくださったことでした。十年前の私は、それを聞いて男の子を生んだことのある女が私の後に王妃に収まるのではないかと恐れたのでした。あの女をいよいよ恐れ始めたきっかけも、この方が与えてくださった……? いえ、よく分からないのですが。
「王家への忠誠も篤い者です。王子を死なせたと知ったら、むしろ望んで罰を受けるでしょう」
「死なせた……」
「昨日まで元気だった子供が突然死んだのです。伴の者たちが何か見落としたか報告を怠ったに違いありません」
私の子。死んでしまった。あんなに元気だったのに。不意に悲しみがこみ上げて溢れた涙は、王女様の口づけが拭ってくれました。
「訓練の時に頭でも打っていたのではないでしょうか。とてもやんちゃな子でしたから。……可哀想に」
「かわいそう」
ぼんやりと繰り返すと、女王様も王女様も優しい言葉を掛けてくださいます。私が言葉にせずに強請る通りに。
「あの侍女がついていくでしょうから、お義母様が悲しまれることはありませんわ」
「弟をちゃんと見てくれるでしょう」
あの女の姿も、もうぼやけてどこか遠くに見えるようです。最近になって見るようになった老いた姿よりも、十年前の艶やかな出で立ちの方が鮮やかに思い起こせます。陛下にもよく侍っていたあの女――あの女は、そもそも陛下に取り入ろうとしていたのでしょうか。
私の中で――鍵が鍵穴に嵌るような――かちりと何かが噛み合う音が聞こえた気がしました。
あの頃の陛下は、ご自身の玉座を保とうとするばかりに、周囲の全てを敵のように思し召していらっしゃいました。男児を待ち望んで、ご期待を裏切った王妃様たちに死を賜りさえしました。
どれほど美しい女、殿方に取り入る汚らわしい手管に長けた女でも、陛下が溺れるということはなかったでしょう。陛下にとって女の価値とは、男の子を生めるかどうかという一点にしかなかったのです。
とりあえず懐妊するまでは手管でどうにかなるかもしれません。でも、その後――子供が男か女という、二つに一つの分の悪い賭けに、命を賭けようという女はいるのでしょうか。王妃であった私でさえもあんなに怯えて過ごしたというのに。自身の子もいたというあの女に、そこまでの覚悟があったのでしょうか。
そのような覚悟などなかったとしたら、ただ本当に陛下のご機嫌を和らげようとしていただけだというなら。それは、私のために……?
「ねえ、お義母様」
結びかけた像は、やはりはっきりとした形になることはありませんでした。今度は女王様が、新しくお酒を注いでくださったから。酔いがもたらす熱も、もう心地よいものになっていて、喉を灼く味わいさえも楽しくて、するりとまた飲み干してしまえたから。
涙で潤んだ視界に映るおふたりは、どこか真剣な面持ちをなさっているように見えました。死んだ弟を眺める時でさえ微笑んでいらっしゃった方々が、何かひどく緊張しているようだったのです。
「以前、仰ってくださったことを覚えていらっしゃいますか?」
「私たちと、ずっと一緒にいたいと言ってくださったのを……」




