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異世界文通  作者: 在り処
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クイルさんとの文通

 



 手紙を読み、私はとても頭を悩ませていた。

 そんな悩ましい手紙を書いてきたのは文通相手の1人、クイルさんだ。


 クイルさんは東の国の出身で、すでに2人の子供がいる女性だ。

 私の文通仲間の中で一番の古株であり、この人に文通のイロハを教わったといっても過言ではない。


 私の設定は20代半ばで、クイルさんは30歳と言っていたので年上になる。

 もっとも実年齢はクイルさんの20倍近い。

 彼女の手紙の内容は子供のことが大半で、嬉しかったこと、ちょっと悲しかったことを引き付ける文章で綴られている。

 たまに旦那さんへの愚痴も書かれているが、その愛情は文章からでも十分に読み取れた。

 ()()()は今までと何ら変わらない手紙。

 問題なのは()()()の方だ。

 そこに書かれていた言葉。


『好きです。大好きです。貴方に会いたいです』


 もちろん会ってはいけないというルールはないが、そもそも文通とは姿の見えない相手と楽しむもの。

 自分を偽って書いている人もいるし、会うことでおかしな事件に巻き込まれた人もいるらしい。

 基本的には上流階級の人間が文通をしていることもあり、直接的な出会いを求めている人間は少ないだろう。

 なので基本的に文通相手と会うということはあまりない。

 私も文通を始めて2年ほどたつが、文通相手と会ったことはない。


 ……アルストさんや、ヨシアさん、アガタさんとは会ったとはいえないと思う。


 1通目はブリガル語、2通目は帝国語と書き分けているあたり、万に一つ旦那さんに見られても大丈夫なように仕組んだのだろう。

 何せ2通目はいかに私が好みであるかを永遠と書き綴られている。

 マルコスという名は出ていないが、好意が私に向けられているのは読み間違いない。

 恐ろしいことに、会ったこともないクイルさんの想像は、私が人間国に出向く変装の姿にそっくりだし。


「どうしたものか」


 文通の暗黙の了解として、困ったら返事を出さないといったものがある。

 教えてくれたのもクイルさんだ。


 返事を書かない事は簡単だ。

 だが、クイルさんとの文通が無くなれば、私の心にぽっかりと穴を開けてしまうだろう。

 正直ここまで熱烈な手紙でなければ、会っていただろう。

 そのくらいクイルさんに感謝している。心の師、文通の師と言っていい。


 私が悩んでいると、ノックもなしに扉が豪快に開けられる。

 獣王は慌てて机の手紙類を片付ける私にジト目を向けつつ、自分の定位置と言わんばかりにソファに腰を下ろす。


「ど、どうした? 何か用か?」

「部下が訪ねてきたのに、何か用かはないですなぁ」


 ふらりとやって来た獣王。

 何をするわけでもなくソファ横の机に置かれた酒をかっくらっている。

 あぁ、それ地獄の獄炎500年もの!!

 そんな一気飲みする酒ではないぞ!!


 ふと、思いつく。

 代わりに獣王に行ってもらっては?

 こいつも人間に変装は出来るし、嘘をつくのは心苦しいが、同性であればクイルさんも諦めるだろう。


 そこまで考えて、私は大きく首を振った。

 100%あり得ない。

 こいつに文通の事を話せば「はぁぁぁん? 文通とは良い御身分ですなぁ」とコブラツイストをかけてくるのは必至。

 下手すれば、ついでといって東の国に侵攻を開始しそうだ。

 でも身代わりは無理でも相談くらいなら。


「なぁ、もし。もしもだぞ、尊敬している人に好意を抱かれ、それを穏便に断るなら、お前ならどうする?」


 うわっ。めっちゃドン引きしてる。


「わ、私ではないぞ! ちょ、ちょっと部下から相談を受けただけだ!」

「ほーん。部下ですか。そうですなぁ、アタシが例えば魔王様から好意を抱かれたら、記憶が亡くなるまで殴りますなぁ」


 記憶が亡くなる!?

 お亡くなりになる!? 穏便って何?

 聞く相手を間違えたようだ。

 今度はこっちがドン引きしていると、獣王はよっと立ち上がると呆れた表情を見せた。


「その部下の状況は知りませんが、正直に話すのが一番でしょうなぁ。それで関係がおかしくなるならそれまでの関係だったってことでしょうなぁ」

「そ、そうか」

「魔王様ぁ? 何がとはいいませんが、ほどほどで頼みますねぇ」


 手をひらひらとさせ部屋を出ていく獣王。

 恐ろしい程の嗅覚で、何かを嗅ぎとったのだろう。

 獣王への言い訳はともかく、私のとるべき行動は決まった。


 私は再び手紙を取り出すと、正直な気持ちを文章に認めるのだった。



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