ミハエルさんー後日談ー
「それでは人間国並びに魔の国の同盟における調印式を行います」
厳粛な空気の中、私は一歩前に進んだ。
思い起こせばここまで来るまでに随分と時間がかかった。
北の国と東の国から侵攻を受けてから6年。
ようやく魔の国と人間たちは同盟を結ぶ。
その間どれだけの数の手紙をやり取りしただろうか?
ヨシアさん、アガタさんには戦争の愚かさを説き、ミハエルさんには魔の国に敵意がないことを周辺国に伝えてもらった。
クイルさんには元気を貰う言葉をたくさん頂いたし、アルストさんには……んっ? なんだ?
あぁ、部下と妻の愚痴をよく聞いてもらった。
まぁその度に怪しげな薬が同封されていたが。
実のところ魔の国が人間の国に侵攻したことなど、私が生まれる前の大昔の話だ。
国から出て行ったはぐれ魔物達のせいで悪い印象を払拭出来なかっただけで、それを抑え込むことに成功すると、人間達の魔の国への悪感情も少しづつ和らいでいった。
「では、こちらにご署名を」
私と人間代表である男の前に一枚づつ紙が用意される。
私が署名を行うと、私の署名した紙が人間代表の男の元に、人間代表の男が署名した紙が私の元に置かれる。
相変わらず右下がりの文字に私が笑みをこぼすと、同じように見慣れた丸文字を見た人間代表の男も笑っていた。
「これを持ちまして、人間国と魔の国の同盟は結ばれました!」
大きな拍手が沸き起こる。
これはこの大陸に住む者にとって大きな一歩となるだろう。
調印式を終えると、一人の中年の男が手招きしている。
多数の人間国のお偉方に囲まれていた私は妻にその場を任せ、その男の所まで足を運んだ。
「改めて、お初にお目にかかります。ミハエルさん。いや、ミハエールタン=バーリ王と呼ぶべきですかね?」
「やめてくれ、マルコス。それなら俺は魔王閣下と呼ぶぞ」
「それは勘弁してください」
笑いながら握手を交わすと、近くにあった椅子に腰を掛ける。
「長かったな」
「えぇ、長かったです。ミハエルさんや、他の文通仲間のお陰ですよ」
「はははっ、まさかこの歴史的一歩の始まりが、文通からだとは誰も信じないだろうな」
「そう考えると月間文通は平和賞を受賞してもいいくらいですね」
「違いない」
月間文通がなければこの同盟がなかったなんて、信じる者はいないだろう。
おかしな話だが、ここに至るまでの協議や根回しは文通によって行われていた。
まじめな話よりも脱線した話の方が多かった手紙のやり取りは、私とミハエルさんとの秘密だ。
それにしても不思議なものだ。
顔も知らなかった相手と平和を作り上げ、こうして肩を並べているのだ。
「あれが自慢の奥方か? くそ、手紙で聞いてた話と違う。美人なのに愛嬌もあるいい女じゃないか」
「それは人間に化けているからですよ。ミハエルさんが本当の姿を見たら、きっと腰が抜けますよ?」
「本当かぁ?」
愛想よくお偉方に接している妻だが、少しは私にも愛想よくして欲しい。
私も妻も、ついてきた竜王も人の姿になっているが、人間の美的感覚では美形に当たるらしく、受けはいいようだ。
あれは西の砦を守ってた、紅の破壊神ですよと教えてあげたい。
「なんなら私の本当の姿でも見ます?」
「はははっ、やめておく。俺はバレたが、文通は相手を想像する楽しみも醍醐味の一つだ。そうだな、俺が年をとり、筆も取れない状態になったら本当の姿で遊びに来てくれ」
「ショック死しないでくださいよ?」
「それはそれで本望だ」
しばらくたわいもない話をして、私はミハエルさんと別れた。
どうせ帰ったらすぐに手紙を書くんだ。
言いたいことは手紙に書けばいい。
「ルキア、そろそろ帰ろうか?」
「ほーん。今日はこっちで美味しいご飯を奢ってくれる約束ではなかったですかねぇ?」
「あぁ、うん。そうだった。ご飯食べてから帰ろうか」
まったくといった感じで腕を組んでくる獣王。
私としては早く帰って手紙を書きたいところだが、普段三つ子の子守で疲れている獣王に付き合うのも私の務めだ。
しかし本当に長かった。
これでようやく私の夢が一歩前進した。
魔の国に郵便ギルドを。
明るい未来を思い描き、私はほくそ笑むのだった。
お読み頂きありがとうございました。
これにて完結です。
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