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魔剣技師バッカス~神剣を目指す転生者は、喰って呑んで造って過ごす~【書籍発売中&コミカライズ】  作者: 北乃ゆうひ
【2】

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155/168

単純なモノって、案外難しい 4


 ピランキ岩野(がんや)と呼ばれる荒野と、サッテンポーラ砂流帯(さりゅうたい)と呼ばれる砂漠地帯の境界上とも言える場所。


 その境目に覆い被さるように、やや縦長になだらかな岩山のような丘がある。

 この丘自体は、一応ピランキ岩野の一部という扱いだが、何でも屋たちは場所を明確にする為にバーイ岩陵(がんりょう)と呼んでいたりもする。


 バーイ岩陵の麓――砂漠側には大きな穴が空いていて、中が洞窟となっている。

 自然に出来たものなのか、大昔の誰かが開けた穴なのかは不明だが、その洞窟の中をコタサワー川が流れていた。


 また北側にも川幅ギリギリの穴が空いている為、コタサワー川はこの穴の中を通っていると言えるだろう。


 そして、砂漠側の穴からは、川岸からこの洞窟の中へと入っていける。

 この洞窟こそが、バーイ水晶窟(すいしょうくつ)と呼ばれる場所だ。


「悪いな、付き合わせて」

「気にしないで。この洞窟にも花畑の時みたいな変なのがいるかもなんでしょ?」


 そんなやりとりをしながら、バッカスとルナサはバーイ水晶窟へと踏み込んでいく。


「……あれ?」

「どうしたルナサ?」


 だが、一歩洞窟へと踏み込んだ直後、ルナサが訝しげに眉を顰めて外へと視線を向けた。


「気のせいかな? 何かいたような……」

「そうなのか? 俺は特になんの気配も感じてねぇが……」

「うーん……」


 しばらく外を見てると、恐らくは空を飛ぶ鳥だろう影が入り口から見える砂地の上を横切っていく。


「俺は感じなかったが、気になるなら見に戻るか?

 この手のコトに馴れてきてるお前のカンなら信用できるしな」


 バッカスにそう言われ、ルナサは少し思案してから首を横に振った。


「たぶん鳥の影を勘違いしただけだと思うわ。

 今、こうして注視しててもあんまり気になるところはないし」

「おう。お前さんがそれでいいなら構わねぇよ。行こうぜ」


 その言葉にルナサはうなずいて、バッカスと共に洞窟の奥へと歩き出す。


 洞窟の中は明るくキラキラと煌めいていた。

 中に流れるコタサワー川のせせらぎが反響しているのか、常にシャラシャラという涼やかに穏やかに氷が擦れるような音が聞こえている。


「……洞窟なのに明るいのね」

灯晶石(とうしょうせき)っていってな? この洞窟、灯りを放つ水晶がそこかしこに生えてるしな」

「持って帰れないの?」

「折ったり、引っこ抜いたりして壁や床から引き離すと、すぐに消えるんだとよ」

「なるほど」

「ただ、その原理の一部を解明して魔導具化したのが、今では当たり前に使われてる魔導灯の始まりらしいぞ」

「へー。そう説明されると納得の灯りね」


 バーイ水晶窟はその名の通り、あちこちに水晶が生えている洞窟だ。岩肌よりも水晶の方が目立つほどに。


 灯晶石だけでなく、それ以外の水晶も多い。

 (ほの)かにオレンジ色を帯びた白い灯りが灯晶石から放たれると、その灯りが洞窟中の他の水晶が乱反射させながら煌めいている。


「灯晶石の灯りを、灯りを持たない水晶が反射してキラキラしてるの綺麗ね」

「ずっと見てると目がチカチカしてきてつらくね?」

「アンタってさぁ……」


 素直な感想を口にしたバッカスに、ルナサが半眼を向ける。


「なんだよ?」

「別に」


 ぷいっとそっぽを向くルナサに首を傾げつつ、バッカスは透き通るような乳白色の水晶を見つけて近づいていく。


「バッカス? どうしたの?」

「いや。ナンツーコ錐石(すいせき)を見つけたからな」

「ナンツーコ錐石?」


 これだ――と、バッカスが細長い三角錐のような形状の水晶を示す。


 岩肌から吹き出るように複数本の小さな三角錐と、それらより二倍から三倍は長い水晶が一本飛び出すような構成がされている。


 それはまるで、そういう形の剣か槍を思わせる。


「不思議とこういう細長い三角錐の一つが大きくせり出してくる石だよ」

「これがどうかしたの?」

「この洞窟で戦闘が発生した場合、一番に気をつけるべきはコレだからな。お前に説明しておこうと思ったのさ」

「どういうコト?」


 知らなければ当然だろう。

 首を傾げるルナサに、バッカスは洞窟のあちこちを示す。


「まぁナンツーコ錐石に限らずなんだが……この洞窟に生えている水晶の先端はだいたい尖ってる。そして堅い。これがどういうコトか分かるか?」


 問われ、ルナサは少し考えてから思いついたことを口にした。


「先端で身体を擦ればケガをしたり、衣服が破けたりする?」

「まぁ半分正解だな」


 コンコンとナンツーコ錐石を叩いてから、バッカスは真面目な顔をルナサに向ける。


「例えば、強風の魔術を喰らって吹っ飛んだ先に、こいつが生えてたら?」

「……串刺しになる?」

「正解」


 バッカスが首肯すれば、ルナサは顔を青くしながら答えた。

 ここで顔を青くするのは正しく理解している証拠だ。そういう点で、ルナサは信用に値する駆け出しと言えるだろう。


「特にこのナンツーコ錐石は、この洞窟の中で最も硬いのに柔軟性があり、細長く、先端が鋭い石なんだよ」

「他の水晶ならぶつかって砕けるような衝撃でも、これに関しては壊れず突き刺さるかもしれないのね」

「ああ」

「わかった。他のも含めて気をつける」

「そうしてくれ」


 ルナサであれば、この警告だけで充分だろう。


「それにしても、そんな性質を持っているなら、武器の素材とかになってるの?」

「そう思うだろ? ならないんだよなぁ……」

「どうして?」

「特定の方向からの衝撃に弱いんだ。どういう方向からの衝撃に弱いかは個体ごとに違うんだが」

「どう弱いの?」

「最も弱い角度で、最い場所に衝撃が流れた時、粉々になる」

「そりゃあ武器には使えないわね」

「そもそも加工の段階で粉々になるコトも多いんだよな」


 この性質のせいで、一枚の石を切り出す形で剣や槍を作るのが難しい。

 切り出している間にだいたい粉々になってしまうのだ。


 バッカスの感覚でいうのであれば、前世の車のフロントガラスのような割れ方をするのである。


「でもそれを克服できたらかなり高性能なモノにならない?」

「その発想は当然あったんだが……もう一つ、熱に弱いって問題がある。

 火に当てると内側に断層のような線が入ってだな、ゆで卵の殻の……特に向きやすいヤツのように、ペリペリと層を剥がせるようになるんだよ。そして一度、熱による線が発生すると、元に戻せない」


 こちらの性質のせいで、溶かして形を整えるというのも無理なのだ。

 弱点を無視すれば武器にしたら強そうな水晶であるにも関わらず、そもそも加工できないという問題が立ちはだかる。


「武器としても包丁なんかにしても使いづらいか」

「上手く加工できても、加工後に変な衝撃受けて砕け散ったりもありえるだろうしな」

「それ以外の方法も、素人のあたしが思いつくようなのは大体やってるわよね」

「そりゃあな」


 ナンツーコ錐石に関してはここまで――とばかりに、バッカスは軽く手を振ると歩き出す。

 そのあとを追いかけるように、足を進めながらルナサは訊ねる。


「他にも色んな水晶があるのよね? そのわりにはここって素材採取場所としてはあまり話題になってない気がするけど」

「ここの水晶は基本的に学術的価値は高いんだが、商業的価値は低いんだよ」

「もうちょっと分かりやすく」


 言われて、バッカスは言葉を選び直しながら口にした。


「研究者や学者にとって価値のある水晶も、それを売り物に加工する職人や商人にとっての価値は低い」

「それって、ここで採取できる水晶には、大なり小なり灯晶石やナンツーコ錐石のような……加工に向かない弱点的なモノがあるってコト?」

「そういうこった」

「理解したわ。そりゃああんまりここへ来る依頼がないワケだ」


 こんな綺麗なのに勿体ない――と、ルナサが嘆息した時、バッカスが足を止める。


「まぁもう一つ理由もあるんだがな?」

「もう一つ?」


 ルナサが訝しげに聞き返すと、バッカスは洞窟の奥の方を示す。

 十字路のようになってる場所に色とりどりの水晶が見えるのだが――


「あそこの、青い水晶の影に魔獣がいる」


 バッカスが示す場所にルナサは視線を向ける。

 すると、影から魔獣が顔を出して周囲を見渡した。

 まだこちらには気づいていないようだ。


「……本当ね。ボア系?」

「ああ。水晶担ぎ(ラトシルク・ギニィ)の牙長猪(リアク・クスツボア)ってヤツだな」


 パッとした見た目は、石色の肌をしたボアだ。

 特徴的なのはその背中で――その名前の通り、首から尻尾の付け根にかけて、たてがみのように水晶が生えている。元々大きいサイズのボアなのだろうが、その背中の水晶まで含めた全高はバッカスの身長と同じくらいありそうだ。


 さらには、その長い牙も水晶製の刃を思わせる姿と形状をしている。

 あれも鋭く丈夫そうで、かなり危険に見えた。


「基本的にはボア系と同じ対処でいいが、見ての通りたてがみと牙は堅く鋭い。

 さらに言うと、この近隣――というか領内に住むボア系の中では上位に入るほど強いのがアイツだ」

「ボア系なのに手強いっていう感覚が分かりづらいんだけど」

「その辺のボアと比べると突進速度は倍近い。しかも生半可な攻撃は気にせず突っ込んでくるし、あの牙の先端は掠っただけでも結構切れる。スパっとな。

 しかも牙や背中の水晶は鎧甲皮の猪(ロムラーボア)の皮膚の一番堅い部分より堅い」


 その解説に顔を引きつらせだしたルナサへ、バッカスは追い打ちをするように告げる。


「あと、突進中にドリフトしてくる時もあるし、静止状態なら真横へジャンプしたりもする」

「ドリフト?」


 思わずこの世界にはない言葉で表現してしまいルナサに聞き返された。

 それに、少し逡巡して言葉を考えながら、バッカスは答える。


「あー……急停止しつつ、その反動で地面を滑りながら方向転換する……みたいな動き?」

「ボアって基本的に途中で止まれないって聞くけど、あれはそうじゃないんだ……」

「この洞窟の固有種みたいなモンで、外には滅多に出てこないのは安心材料だと思うぜ」

「そうね。そんなのが外をウロウロしてたらさすがにおっかないわ」


 事前にバッカスから教えて貰えて助かる――そう思いながら、ルナサは水晶担ぎの牙長猪を見た。


「それでどうするの? あの十字路に陣取られてたらどこにもいけないんでしょう?」

「そうだなぁ……あいつらは自分より弱そうな獲物を見ると積極的に近づいてくるしな」


 滅多に人間も入ってこない洞窟だ。

 あのボアからすれば人間は獲物にしか見えないだろう。


「何ならルナサ、ソロで挑戦してみるか? やばかったら助けてやるから」


 内心としては単に面倒なだけだが、さもルナサのこと考えて言っているかのように告げた。

 そんなバッカスの提案に、ルナサは少し考えてからうなずく。


「やばい時に助けて貰えるなら」

「うし。じゃあ行って来い」

「わかったわ」


 そうしてルナサは肩を回しながら、十字路の方へと歩き出すのだった。


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