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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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災厄の種 (3)

 ニナを雇い入れるにあたり、ロベールは近親者には事情を知らせる書簡を出しておいた。

 勘当されていた亡き兄の指輪を持つ娘を、道義的な責任から使用人として迎えたこと。その娘は単に遺産として指輪を譲り受けただけであって、血縁関係は一切ないこと。そのことは神殿の出生届からだけでなく、彼女が生まれた時点でのその母と兄の接点について調査して親子ではありえないと確認済みであること。

 万が一にも誤解を生むことのないように、との配慮だった。


 ニナが指輪を悪用できる隙をなくすための用心でもあった。

 本当は指輪を回収しておくべきだったのだが、「父さんとの唯一の思い出の品なので持っていたい」とニナに懇願された。あまりに必死なので、その指輪をもって侯爵家の血縁者を騙るような悪用を決してしないことを約束させて、許してしまった。

 その優しさが今回、裏目に出た。ニナは約束を守らなかったのだ。


 当のニナは、この屋敷にはもういない。

 なんと国立学院に奨学生として在籍し、寮住まいをしている。

 別にロベールが学院に入れたわけではない。彼女が勝手にそうしたのだ。


 ニナをメイドとして雇ってから一年後、彼女は国立学院に入学したいとメイド長に申し出た。当然、笑ってあしらわれる。メイド長も、まさか本気だとは思わなかったのだろう。貴族が通うような上級学校に、下働きのメイドを入学させるような雇い主はいない。そもそもまともに教育を受けたことのない者が、入試に受かるはずもなかった。


 しかし予想外にも、ニナは奨学生枠で入学を果たした。

 彼女は「メイドを休職したい」と申し入れてきたが、相談もなく身勝手な理由で職を離れる者のために何年間も枠を空けておくわけにはいかない。手切れ金代わりに、入学時に必要となるものを一式用意してやり、「学院を卒業すれば、メイドなどよりもっと上級の職が得られるだろうから」と言い聞かせて解雇した。


 ロベールがニナについて知っているのは、ここまでだ。

 学院では、アンヌマリーとニナとの交流はまったくない。授業で一緒になることも、基本的にない。なぜならニナは非常に学業成績が優秀らしく、驚くべきことに二年も飛び級しているからだ。

 アンヌマリーの婚約者シャルルと学年が同じになったニナは、シャルルとも親しく交流しているらしい。


 ニナがアンヌマリーの義妹だという誤情報の発信源は、シャルルのようだった。

 どのように知り合ったのかはわからないが、ニナは学院に入学する前から彼と顔見知りのようだ。彼女からアントノワ侯爵家の紋章入りの指輪を見せられたシャルルは、彼女が伯父の実の娘だと思い込んでいる。ロベールが彼女を引き取ってメイドの職を与えてやったことさえ、「養子として引き取ったはずの正統なる嫡子を、メイド扱いして虐げた」と曲解していると言う。しかもそれをニナが否定しない。


 そんなわけで、アンヌマリーのあずかり知らぬところで、すっかり彼女は「義妹を虐げる悪女」に祭り上げられていたのだった。



 * * *



 父ロベールから事情を聞かされたアンヌマリーは、驚き呆れるだけでなく、話の後半を聞くにつれ何だか気分が悪くなってしまった。


 これまで彼女は、周りからあからさまな悪意を向けられたことがない。

 なのにロベールの話を聞いた後で、ここしばらくの周囲のぎこちない反応を思い返すと、その裏に反感や嫌悪が隠されていた可能性に思い当たってしまったのだ。そう気づいたら、急に胃のあたりがムカムカとしてきて、顔から血の気が引いていくのを感じた。


 ロベールは娘の顔色が変わったのを見て、痛ましそうに顔をしかめる。

 しかしどれほど哀れに思っても、この話を聞かせないわけにはいかなかった。


「だから、もうすでに予言の成就は始まっているんだよ」


 父の言葉に、アンヌマリーはランベルトから聞かされた「予言」の内容を思い返した。そして今度は気分が悪くなるどころではなく、恐怖で全身が凍りつくのを感じた。


「ランベルトさまは、わたくしたちは一家全員死ぬことになるとおっしゃったわ。もし予言が必ず成就するなら……」


 唇からさえ色を失ってしまったアンヌマリーに、マグダレーナは思わずソファーから立ち上がって友人の足もとにひざまずき、彼女の手を取り両手で包み込んだ。


「そうさせないために、わたくしは来たのよ」

「ありがとう。本当にありがとう、マギー」


 アンヌマリーはうつむいたまま、友人の温かな手に包まれた自分の手をじっと見つめ、はらりとひと筋の涙をこぼした。するりとマグダレーナの手が離れたと思うと、彼女の手には手触りのよいハンカチが渡された。


「泣かないで、マリー。大丈夫。きっと大丈夫よ。ランベルトさまは当然わたくしたちの味方だし、リヒャルトさまも協力してくださっているの。だから大丈夫」

「でも……」


 顔を上げずに震える声でアンヌマリーはつぶやき、ハンカチで涙をぬぐってからキュッとそれを両手で握りしめた。

 ロベールは娘の背中を優しくなでて、声をかけた。


「確かに状況は厳しい。でも、絶望するのはまだ早いよ」


 父の声音が落ち着いていることに少しだけ不安がやわらぎ、やっとアンヌマリーは顔を上げた。


「さっきも話したがね、『未来を視る者』の語る未来は必ず起きるが、それが真実とは限らないんだよ。だから我々が生き延びる目が、どこかにある。必ずあるはずなんだ」

「起きるのに真実とは限らないって、どういうこと?」


 腑に落ちない表情でアンヌマリーが父に尋ねると、ロベールは口の端をつり上げて皮肉な笑みを浮かべた。


「たとえば今のような状況のことさ。お前が妹を虐げたって話が、まるで事実であるかのように広まっている。では、それは真実かね?」

「いいえ。ありえませんもの」

「そう。つまりは、そういうことなんだ」


 やっとアンヌマリーにも意味が理解できた。

 確かに真実ではない。断じて真実ではない。むしろ事実をねじ曲げられたと言ったほうがよいのではないか。その彼女の考えを読んだかのように、マグダレーナは視線を合わせてうなずいた。マグダレーナの父クライン子爵も、娘の後ろから大きくうなずいた。


「今こそ四年前のご恩をお返しするときです。我々は『未来を視る者』の話には名前が挙がっていないと聞きました。そんな我々であればこそ、きっとお役に立てましょう」

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