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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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災厄の種 (2)

 予想もしていない来客に、アンヌマリーは言葉を失って固まってしまった。

 確かに手紙を出して、返事を心待ちにしてはいた。けれども、まさかはるか遠く隣国から本人が直接やって来るなどと誰が思うだろう。


 部屋の入り口で呆然と立ち尽くす娘に苦笑して、父ロベールは彼女に手招きした。


「ほら、こちらに来てご挨拶しなさい」


 父の言葉でハッと我に返ったアンヌマリーは、あわてて父の近くに歩み寄り、歓迎の挨拶を口にしてお辞儀した。


「ようこそ、いらっしゃいませ」


 父にうながされて、隣に座る。それまでの会話内容がわからないので、問うように父の顔を見上げると、ロベールは真面目な表情で客人を紹介した。


「紹介するまでもないだろうが、ニクラス・フォン・クライン子爵と、そのお嬢さんのマグダレーナ嬢だ。お前の出した手紙を読んで、心配して来てくださったんだよ」

「えっ」


 父の言葉を聞いて、アンヌマリーは再び絶句した。

 マグダレーナに手紙を出したのは間違いないが、なぜこんな大ごとになっているのか。あくまでも個人的な質問をしただけなのに。足を運ばせてしまった側が言ってよいことではないかもしれないが、わざわざ子爵までお出ましになる必要はどこにもないように思われた。

 どうしてこのようなことになったのか、何だか申し訳なくてアンヌマリーは悄然と肩を落とした。


 ついぽろっと「お返事くだされば、それで十分だったのに」とこぼしてしまうと、マグダレーナは真剣な視線をアンヌマリーに向け、首を横に振った。


「いいえ。とても大事なお話だから、お手紙のやり取りをする時間が惜しかったの」


 自分の出した手紙のいったいどこにそんな重要性があるのか思い当たらず、アンヌマリーは怪訝そうに眉をひそめる。それを見て、父ロベールはため息をついた。


「マリーには『未来を視る者』のことをまだ教えてなかったからな。わからなくても仕方ない」


 そして各国の王家には「未来を視る者」についての伝承があるのだと説明した。

 その伝承とは「王家にまつわる大きな出来事が起きるとき、それに先立って『未来を視る者』が現れることがある」というものだ。


 それだけだとほとんど意味のない言い伝えだが、もちろんそれだけでは終わらない。伝承はその後に「『未来を視る者』が語る未来の出来事は、どれほど荒唐無稽であろうと必ず起きる。ただし、その者の語る未来が真実であるとは限らない。対処を誤れば身の破滅を招く。心せよ」と続くのだ。


 最後まで聞いても、アンヌマリーにはあまりピンと来なかった。

 どうやら百発百中の予言者らしき人が現れることがあるらしい、というところまではわかる。けれども、その予言者の予言が真実とは限らない、というのがわからない。言っていることが矛盾していないか。当たる予言なら、それは真実ということではないのだろうか。


 意味を推し量りかねて首をかしげるアンヌマリーに、ロベールはさらに続けた。


「うちで引き取ったニナを覚えているかい?」

「はい。伯父さまの指輪を持ってうちを訪ねてきたので、メイドに雇い入れてあげた子ですよね」

「そう。そのニナが『未来を視る者』だそうだ」

「そうなんですか」


 そこまで聞いても、まだアンヌマリーには話の重要性がのみ込めない。


「リヒャルト殿下がそれに気づいて、ランベルト殿経由で警告してくださったんだよ。もうすでに予言は成就し始めている。お前も学校で、妹を虐げる悪女として遠巻きにされたりしてるんじゃないか?」

「でも、わたくしに妹なんていないのに」

「ニナだよ。お前の妹なのに、メイド扱いして虐げている、と言われているそうだ」

「え」


 メイド扱いも何も、実際にメイドだ。どこにも血縁関係がないのに、何をどうしたら妹などと誤解されるのだろうか。アンヌマリーはあまりのことに虚を衝かれ、目を大きく見開いた。



 * * *



 ニナは、アンヌマリーと同い年の少女で、今から三年ほど前にこの家にやって来た。

 身寄りをなくした彼女は、母から渡された形見の指輪を手にして、この家を頼ってきたのだった。その指輪は、父ロベールの兄、つまりアンヌマリーにとっては伯父のものだった。


 その伯父は若い頃に「真実の愛」に目覚めたとやらで駆け落ちし、家からは勘当されていた。突如として跡継ぎに格上げされたロベールは、兄の尻拭いに奔走する羽目に陥り、それは大変な思いをすることとなった。ロベールの父、すなわちアンヌマリーにとって父方の祖父は、そのときすでに病に伏せがちで、まだ年若かったにもかかわらずロベールはほぼひとりで後処理のすべてを肩代わりせざるを得なかったのだ。


 ちなみにアンヌマリーの母オリアンヌは、もとはその出奔した伯父の婚約者だった。

 オリアンヌにしてみたら、婚約者に他の女と駆け落ちとされるだなんて、まったくいい面の皮だ。家格としてはアントノワ侯爵家のほうが上ではあったが、こうなってしまうと、もうそういう問題ではない。ロベールは誠心誠意、というより、もはや平身低頭で謝罪しまくり、どうにか家同士の結びつきは死守したらしい。

 オリアンヌ自身は「結婚前にチェンジできてよかったわ」と笑って話すが、当時はきっと笑い事では済まなかったことだろう。


 そんな伯父の指輪である。

 正直なところ、そんなものを持っていたからといっても、何か世話をしてやる義理などかけらもない。それでもロベールは、ニナの話を聞いてやった。


 ニナの母は、場末の酒場の酌婦だった。

 伯父は晩年、この酌婦のもとに身を寄せていたらしい。身も蓋もない言い方をすれば、ヒモである。もちろん彼女は、伯父の駆け落ち相手ではない。駆け落ちの後、伯父がどのように暮らしていたのか詳しくはわかっていないが、調べた限りは子もなく、定職に就くでもなく、いろいろな女のもとを転々としていたようだ。そうした遍歴の最後が、この酌婦だったわけだ。

 ニナは伯父のことを「父さん」と呼んでいたと語った。


 ロベールにはニナを引き取る責任はない。しかし散々迷惑をかけられただけの兄とは言え、一応は血縁者が世話になった者の娘である。だから放り出すことはせずに、メイドとして雇い入れてやることにした。ただし念のため神殿でニナの出生届を調べ、父親不明となっていることだけは確認しておいた。その上で彼女に、指輪の持ち主は家名に泥を塗って出奔した末に勘当された身であることを説明した。


 だから血縁者でもないし、指輪を持っていても決して歓迎される身の上ではないとニナも納得し、それでも与えられる温情に感謝して職に就いたはずだった。本来であれば、場末の酌婦の娘であるのみならず父親が誰だかわからないような者が侯爵家のメイドとして雇い入れられるなど、考えられないほどの厚遇なのだから。

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