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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
後日談(オスタリア王国編)

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クーデター (1)

 ルートヴィッヒとアデールは、あの祝いの宴の後もしばらく滞在している。

 ここ一週間ときたら、それはもう音楽にあふれる日々だった。


 ルートヴィッヒ・ウェーバーは、聴衆の前に姿をほとんど現さないことから「謎多き音楽家」として知られる。そんな彼の演奏する音楽をこれほど堪能したのは、オスタリア広しといえどもマリーたち一家だけではないだろうか。


 ルートヴィッヒたちの滞在中に、シーニュから大きな事件の知らせが入ってきた。

 王弟によるクーデターが起きたのだ。

 先頃の一連のシーニュ王家の醜聞に対して、王弟が激怒した結果だった。


 クーデターを起こすまでに王弟が怒ったのは、彼が大変な愛妻家だからだ。

 この王弟の妻が、実はオリアンヌの姉なのだ。

 だからこの王弟は血こそつながらないものの、マリーにとっては伯父にあたる。愛妻家であるこの伯父にしてみたら、愛妻の妹一家がろくな裁判も受けずに有罪判決を受けたのみならず、国が追っ手としてつけた憲兵隊に銃殺されたのだ。愛妻の悲しみは、いかばかりか。しかもそれが冤罪だったとなれば、伯父は怒り心頭である。


 彼の怒りがクーデターという形で発露したのには、シーニュ王国の勢力図も関係している。

 もともとシーニュの貴族には、国王派と王弟派がいた。

 この二人は、母親が違うのだ。


 国王の母は先王の最初の妃で、他国の姫だった。ただし姫とは名ばかりで、実際には弱小貴族の娘だ。もとはとある小国の王族だったのだが、国を侵略されて他国に亡命し、そこでほそぼそと暮らしていたところへ、シーニュ先王の婚姻相手としてその娘に白羽の矢が立った。先王よりいくつか年上ではあったが、由緒正しい血筋かつ健康で十分な教養がある、という条件でのみ選ばれた妃だった。

 したがって、後ろ盾などないに等しい。

 しかも健康が売りだったはずなのに、現国王を出産した後、あっさり夭逝してしまった。


 一方、王弟の母は先王の二番目の妃で、シーニュ国内の有力貴族の娘だ。

 この二番目の妃の実家を中心にしてまとまり、王弟を推す派閥が王弟派だ。その王弟派の筆頭となるのが、辺境伯である。派閥間の融和を図る目的で、第一王子はこの辺境伯の娘と婚約を結んでいた。

 だが第一王子は落馬事故により亡くなってしまった。当然、婚約も白紙となる。


 シーニュの派閥は、国王派と王弟派のほかにもうひとつある。それが中立派だ。

 国王派にも王弟派にも属さない者たちで、その筆頭がアントノワ侯爵だった。シャルルとアンヌマリーの婚約は、中立派筆頭貴族と王家を結ぶための政略的なものだったのだ。

 しかしこれも、アントノワ侯爵が罪に問われ、挙げ句に一家が全員死亡したことにより、婚約も流れた。


 つまり王家は、王弟派とも中立派とも、つながりを失ってしまったのだ。

 ただつながりを失っただけなら、そこまでひどいことにはならなかったかもしれない。だが王家はつながりを失ったのみならず、王弟派と中立派、そのいずれからも激しい怒りを買ってしまった。こうなった中立派は、もはや「中立」ではない。

 こうして「反国王派」として、王弟派と中立派がまとまる結果となったのだった。


 今回のクーデターは、この反国王派によって起こされた。旗頭は、王弟だ。

 王弟はすでに軍部を掌握済みで、民衆も味方につけていた。何しろここしばらくの新聞の報道により、現国王、王太子シャルル、王太子妃ニナの人気は地に落ちている。その彼らの打倒を掲げているのだから、民衆が王弟に味方しないわけがなかった。


 クーデターの幕あけは、シーニュ王都での民衆による蜂起だ。

 元財務大臣たるアントノワ元侯爵ロベールの裁判が、有罪ありきのずさんなものだったと新聞記事から知って怒りに燃えた民衆たちが蜂起し、中央裁判所を占拠したのだ。

 王宮からはただちに衛兵たちが派遣され、その日のうちに武力をもって鎮圧された。

 だがその際にもみ合いとなり、民衆側に少なくない死傷者が出た。これにより、民衆による現国王への反感はさらに深まることとなる。


 このような情勢を受けて、ついに王弟派が動いた。

 つまり、現国王を廃するために本格的なクーデターを起こしたのだ。


 以前の醜聞については、他国であるオスタリアでは特に報道されることがなかったのだが、さすがにクーデターのように大きな出来事となると、オスタリアの新聞でも取り沙汰される。


 マリーはある日、母国でのクーデターに関する記事が新聞の一面を飾っているのを見て、びっくりした。


 あわててルートヴィッヒに新聞を見せに行こうと考えてから、はたと気づいた。見せて、どうするというのか。いくら捨ててきたとはいえ、親兄弟に関わる極めて不穏な知らせだ。なのにすべてを捨ててしまった立場では、もう何もできない。ただひたすらに心配して、胃の痛い思いをすることしかできないのだ。


 かといって、つらい思いをさせないためにルートヴィッヒに知らせずにおこうと思っても、さすがに隠しおおせるような話題ではない。

 これほど大きなニュースであれば、いつか必ずどこかで見聞きすることになるだろう。だったら今はそうっとしておいて、すべて片がついたときに結果だけ知ればよいことなのではないか。


 マリーは心の中でそう結論づけて、ピアノの置かれた部屋へ向かいかけていた足をとめた。

 しかしきびすを返そうとしたそのとき、ピアノの部屋からルートヴィッヒが出てきてしまった。彼女が新聞を運んできてくれたと勘違いした彼は、にこやかに手を出す。


「あ、新聞? ありがとう」

「え。ええっと……。はい、どうぞ」


 マリーはほんの一瞬だけ迷ってから、素直に新聞をルートヴィッヒの手に渡した。

 ルートヴィッヒは彼女の困ったような表情に気づいて、眉をひそめる。


「どうしたの? 何かあった?」

「いえ。ただ、あまりよいニュースではなかったので……」

「ふうん?」


 マリーの言葉を聞いて、ルートヴィッヒは首をかしげながら新聞の一面を開いた。そして見出しを読むと「なるほど」とつぶやいて、ため息をついた。


「やっぱりこうなっちゃったんだね」

「やっぱり?」


 まるでこうなることを予見していたかのような彼の言葉に、マリーは小首をかしげた。

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