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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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37/51

帆のない船の王子さま

 ヨゼフが最初にルイに接触したのは、ランベルトに頼み込まれたからだった。

 父王や弟王子と違い、王太子ルイは「未来を視る者」の話を迷信とは思っていないから、情報を流してあげてほしい、と。


 リヒャルトは、ニナの予言では第一王子ルイが死ぬことになっていると知った後、ルイと交流する機会があったときに個人的に質問をした。


「『未来を視る者』の話は迷信だと思いますか?」

「いいえ、思いませんよ。でも、どうしてそんな質問を?」

「シーニュの王族は『未来を視る者』の話を迷信だと考えていると耳にしたので、王族の共通見解なのかと、ちょっと興味があってお尋ねしました」

「ああ。確かに父や弟は、そういうものをすべて迷信だと切って捨てそうだなあ」


 そんな会話があったが、リヒャルト自身は母国の父王から口出しを禁じられている。けれどもランベルトが友人経由で勝手にルイに情報を流すなら、それはリヒャルトのあずかり知らぬことである。という屁理屈により、ヨゼフに情報提供役が回ってきたわけだ。


 ランベルトはルイにラロシュ商会を紹介した。ルイはランベルトの意図を汲んでラロシュ商会を出入り業者に採用したので、ヨゼフは商会のご用聞きのような顔をして、ルイのもとに自由に出入りできるようになった。ランベルト経由でリヒャルトから新しい情報がもたらされると、ロベールに知らせるのと同時に、ルイにも知らせていた。


 ヨゼフは、ルイに対してロベールの計画をもらすことは決してなかったが、助言はした。「死んだことにして、逃げちゃってもいいんじゃないの」という、大変に雑な助言ではあったが、驚いたことにあっさり採用された。


 ついでに、蝋人形の職人も紹介しておいた。

 王家の墓地に埋葬された棺に入っているのは、この職人の手による蝋人形らしい。


 ルイと接触するにあたり、当然ヨゼフはロベールに報告し、許可も得ていた。

 だがロベールは「情報を流すだけなら、好きにやっちゃっていいよ」と放任気味に許可したので、その後の細かいことは報告しなかった。


 基本的にヨゼフがしたのは情報を流すことだけで、王宮内でのあれこれはルイ自身が、信頼している数人の使用人とともに工作したそうだ。

 ただし最終的に王宮を抜け出してシーニュを脱出するところは、金をたっぷり積まれた上でルイに頼み込まれ、ヨゼフもどっぷり関わることになってしまっていた。


 王太子の訃報が流れた日にヨゼフとマルセルの帰宅が遅かったのは、ルイを王宮から逃がして宿屋に預けてきたせいだった。


 ルイは王太子として国民に人気があり、顔もよく知られているので、移動にあたっては女装をさせた。王宮を脱するときにドレスを着せ付けたのはメイドだったが、宿屋から船に移動するときにはマルセルが着せた。その際にコルセットの締め加減がよくわからず、元銃士の腕力の及ぶ限りに力いっぱい締めてしまったため、宿から船に移動し終わった頃にはルイが瀕死の状態になっていた。

 アンヌマリーが目撃したのは、その場面だった。


 早くコルセットを脱がさないと本当に死んでしまうのではないかと焦るあまり、ヨゼフは彼女の心情まで思いやる余裕がなかったのだ。

 そこまでヨゼフが話すと、ルイが横から口を挟んだ。


「本当に死ぬかと思ったよ。あれを耐えてる世の女性たちはすごいね」

「いや、普通はあそこまで締め上げないんじゃないかな。あれじゃ拷問だろ」


 そう言われて思い返してみれば、ヨゼフの腕の中にいた美女は確かに顔色が悪かったかもしれない。アンヌマリーはそれよりも、美女を抱えるヨゼフの遠慮のなさのほうが気になってしまっていたけれども。「若い娘は男に気をつけろ」なんて彼女には注意していたくせに、と思うと、ヨゼフのその距離感が何だかとても不愉快だったのだ。


 それはさておき、話を聞き終わって、アンヌマリーには疑問が残った。

 なぜルイはこの船に乗っているのだろう。彼にはシーニュを捨てる理由がないように思う。アンヌマリーの一家のように、冤罪をかけられているわけではないのだから。強制力を持つ予言をすべてやり過ごした後に、戻ればよいのではないか。

 普段なら心のうちで思うだけだったかもしれないが、この場の親密な雰囲気に誘われて、彼女はルイに問いかけた。


「殿下は、王宮にはお戻りにならないんですか?」

「戻らないつもりだよ」

「どうして?」


 周りから慕われていた王太子が実は生きているとわかれば、きっと歓迎されるだろうに。


「今回の件で、痛感したんだ。私には父が間違っているときに、止める力がない。結局、あなたたちも冤罪で刑が確定してしまったしね」

「でも、殿下が療養中のことですから。仕方のないことです」

「それでも、なのさ。まあ、もっと正直に言ってしまうと、せっかくの機会なので自由になろうと思ったってことかな」


 まるで今まで自由がなかった、と言っているかのようだ。

 何と返してよいのかわからず、アンヌマリーが曖昧にうなずくと、ルイはその美しい顔に輝くばかりの微笑みを浮かべて彼女をじっと見つめ、こう締めくくった。


「おかげで、こうしてヨゼフの大事なお姫さまにお目通りがかなったわけだ」

「え?」


 一瞬、言葉を失って目をまたたいたが、少しずつ言われた言葉が頭に染み渡ってくるとアンヌマリーは頬を赤く染めた。上目遣いにヨゼフをにらんでみたが、彼女の視線に気づいていないはずはないのに、どこ吹く風とばかりにすました顔をしている。

 その後は、何を話していたのか彼女の記憶には残っていない。


 食事の最中に汽笛が鳴り、船は王都の港から出航していた。

 食事が終わると、ヨゼフは約束どおりノアを連れて甲板に出た。アンヌマリーと両親も誘われたので、連れだって船上に出た。興奮したノアは、甲板中を走り回っている。ルイは案外面倒見がよく、ノアを見てくれている。ノアもルイにはすぐ懐いた。


 船はすでに王都港のある湾を出て、外海を航行している。

 アンヌマリーは船首に近い場所で手すりから身を乗り出し、遠くに見える岸を眺めた。今はまだシーニュの海域だが、明日にはオスタリアの海域に入るだろう。もっと感傷的な気分に浸るかと思っていたのに、ゆっくりと流れていく風景を見て胸のうちに湧いてくるのは、ただ高揚感と開放感ばかりだ。

 もう彼女はシャルルの婚約者ではない。貴族の娘でさえない。


 ふいに背後から人影が近づくのを感じ、振り向いてみればそれはヨゼフだった。ヨゼフはすぐ隣に立って手すりにひじを載せ、彼女に笑みを向けて尋ねた。


「さびしい?」

「いいえ、全く」


 ヨゼフの質問が意外で、アンヌマリーは目をまたたいて彼の顔を見つめ返した。ヨゼフの笑みの中には、どこか気遣わしげな色がある。それに気づくと、彼女の心の中がじわりと温かくなった。心のままに微笑みを浮かべ、ヨゼフに礼を言う。


「ヨゼフ、ありがとう」

「ん? 何が?」

「あなたが助けてくださらなかったら、わたくしたちは全員、今日死ぬ運命だったのよ。窮地から船で助け出してくれるなんて、本当にわたくしの王子さまそのものだわ」


 アンヌマリーの言葉にヨゼフが「なんだそれ」と笑うので、彼女はお気に入りの絵本のことを話して聞かせた。初めて会ったときから、絵本の王子さまと似ていると思ったことも。

 彼女の話を面白がって、ヨゼフは口の端をつり上げた。


「王子さまってのは、白馬だの白い帆を張った船だのでやって来るものじゃないのか?」

「何を言っているの。できる王子さまは、いつの時代でも最新の装備に囲まれているものよ」


 だから今どきの王子さまは、蒸気船に乗っているのだ。


 一年前には、まさかこんなふうに船でシーニュを去ることになるとは思ってもみなかった。人生、何が起きるかわからないものだ。でもとりあえずアンヌマリーの明日は、この風景と同じくらいに開放感にあふれた明るいものに思われた。


 もう何も我慢しなくていい。

 アンヌマリーはヨゼフの腕に自分の腕を絡ませて、彼の腕に頭をもたれかけた。ヨゼフは少しだけ驚いた顔をして振り向いたが、すぐにその表情は笑みに変わる。そのまま、どちらも口を開くことなく静かに景色を眺めていた。


 空は高く、海は広く、秋の午後の日差しはさわやかに降り注ぐ。

 明日もきっと晴れるだろう。

これにて本編完結です。

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