表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/51

脱出 (5)

 あまりのことに憮然として、アンヌマリーは不機嫌そうに眉間に深くしわを寄せたまま、乱暴にノアの手を引いて自室に戻る。


 緊急事態だか何だか知らないが、女性を部屋に連れ込むなんて、ありえない。しかも「脱がす」とは何だ。何を脱がすと言うのか。破廉恥にもほどがあるだろう。

 胸のうちにムカムカしたものを感じながら、そんなことを彼女がぐるぐる考え続けていると、小さなノアがスカートを引っ張った。ノアは、寄る辺のない表情で質問をした。


「ねえさま、あのひと、だあれ?」

「知りません!」


 ピシャリとすげなく答えると、みるみるうちにノアの両目に涙が盛り上がり、ぽろぽろとこぼれ落ちた。幼いノアは口もとをわななかせて、必死に訴える。


「なんで? なんでおこってるの? ぼく、わるいことしてない。なんにもしてないのに」


 ノアの涙を見た瞬間に、アンヌマリーはハッと我に返った。

 こんな小さな弟に八つ当たりをしてしまった。


「ノアには怒ってなんかいないわ。ごめんなさい。お願いよ、泣かないで」


 弟を抱きしめて謝っても、ノアはなかなか泣き止まない。

 次第にアンヌマリーは、弟に当たってしまった自分が情けなくて、ノアと一緒に泣きたい気持ちになってきた。ヨゼフに対するムカムカが消えたわけではないけれども、それよりもしょんぼりと悲しい気持ちのほうがまさっていた。


 そんなじめじめした雰囲気の中、ヨゼフが部屋の扉を叩いて「お待たせ」と声をかけてきた。ノアはするりとアンヌマリーの腕の中から抜け出て、扉へ駆けて行って開く。


「にいさま!」

「おう、どうした? なんで泣いてんだ」

「ねえさまがおこった」


 ヨゼフはノアを抱き上げて、泣いている理由を尋ねたが、その返答に首をかしげた。


「マリーは、何か怒ってるの?」

「ノアには怒ってません」


 ムカムカの元凶であるヨゼフは、アンヌマリーの心情を知ってか知らずか、単刀直入に尋ねる。

 それに対して答える彼女の声には、自重しようと思っても隠しきれない、すねた響きがあった。だがヨゼフはそこには触れることなく、再びノアに話しかける。


「ほら、怒ってないって言ってるぞ。泣く理由ないだろ」

「だって……。だって、かなしかった」


 ヨゼフに軽く背中をさすられながらも、ノアが鼻をすすり上げる音はとまらない。ただしすでに涙は半分止まりかけているし、声にはどこか甘えた調子があった。

 ヨゼフは少々意地の悪い笑みを浮かべて、さらにノアに話しかける。


「そうか、なら仕方ないな。出航したら甲板に連れてってやるつもりだったけど、泣き虫はカモメに突っつかれるからなあ。また今度な」

「まって。かんぱん、いく。もうないてない」

「本当かあ?」

「うん、もうないてない」


 必死に服の袖で涙をぬぐうノアに、ヨゼフは笑いをかみ殺した。


「じゃあ、後で行くか。でもその前に食事だろ?」

「そうだった。ごはん!」

「マリーも、紹介したい人がいるから俺の部屋へ来てくれる?」


 現金にも、もうノアは完全復活していた。

 しかしアンヌマリーの表情は、硬いままだ。だってヨゼフの言う「紹介したい人」とは、どう考えてもあの金髪美女ではないか。彼女は強ばった声で「はい」と返事をした。ヨゼフは机の上に置かれた食事の入ったかごを取り、ノアを抱き上げたまま隣の部屋の両親にも声をかける。


 全員でぞろぞろと船主用の部屋に向かい、ヨゼフは扉を叩いて「開けますよ」と声をかけてから扉を開けて中に入った。ヨゼフに続いてアンヌマリーも部屋に入る。

 その部屋は、置かれている調度品はアンヌマリーたちの部屋と似たようなものだが、ふたまわりほど広く、窓側にL字型のソファーが置かれている点が違う。


 奥に置かれた書き物机の前の椅子に座る人物を見て、アンヌマリーは目をまたたいた。さきほど見た「金髪の美女」がいるだろうと思っていたのに、そこにいたのはあの美女ではなかったのだ。

 ヨゼフは椅子に座っている人物を紹介し、それを聞いてアンヌマリーは目をむいた。


「こちらはシーニュの王太子殿下だ」

「もう王太子は死んだよ。ここにいるのは、何も持たない、ただのルイだ」


 なんとそれは、一週間前に逝去が報じられた第一王子ルイだった。本人は王子であることを否定しているけれども、「麗しの王太子」として知られたルイは、船乗り用の簡素な服をまとっていても、儚げな美貌がまったく損なわれていない。

 ここに至って、やっとアンヌマリーは理解した。さきほどの美女は、ルイだったのだ。

 そして食事が六人分用意されていたのは、ルイの分も入っていたからだ。


 ヨゼフがローテーブルの上に食事を広げ始めたので、アンヌマリーとノアも手伝った。と言っても、人数分の皿とフォークが書き物机の上に置かれていたので、それをひとりひとりに配っただけに過ぎないが。

 四歳児の手には皿は重くて危ないため、ノアにはフォークをまかせた。ヨゼフが「皿の横にこう置く」と実践してみせると、ノアはそれを真似して丁寧に配置する。小さな弟の意外な働きぶりに驚いて、アンヌマリーは目を見張った。


「一応、船員用の食堂スペースもあるんだけど、ちょっと内々の話をしたいから今日はこの部屋で食べます」


 ヨゼフの宣言を受けて、全員ソファーに座る。

 かごに詰められた食事は、なるべく食器を使わずに食べられるよう工夫がこらされていた。最低限、皿とフォークだけあれば十分にきちんとした食事ができる。

 ノアは当然のようにヨゼフのすぐ隣に収まっていた。


 食事を始めると、ロベールはヨゼフに水を向けた。


「どういうことなのか、説明してもらえるかな?」

「もちろんです」


 そうしてヨゼフは、なぜルイがここにいるのか、そもそもの最初から経緯を話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ああー! この方も救われたのですね。良かった。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ