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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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横領容疑 (4)

 学院での卒業式は、アンヌマリーが屋敷に軟禁されている間に終わってしまった。もちろん、卒業式の日に開かれる卒業夜会もしかりだ。


 卒業夜会には、婚約者のシャルルはニナを伴って参加していたと、マグダレーナからの手紙で知った。彼女はランベルトから聞いた話を詳しく手紙につづってくれたのだ。だからアンヌマリーは、夜会の場で何が起きたのか、だいたい知っている。


 ニナはアントノワ侯爵家の紋章入りの指輪を、シャルルから贈られた細い金鎖に通して、常に身につけている。

 いつもどおり、夜会でもその指輪を首から下げていたようだ。


 露骨にこれ見よがしなので、会話をするほうも礼儀として一応は尋ねる。


「その指輪は、どなたかの贈り物ですか?」

「亡くなった父の形見なんです。形見の品は、これしかなくて……」


 尋ねられると、ニナは必ず悲しそうに目を伏せて「亡き父の形見」と説明する。

 説明された側は、これまた礼儀として驚いた顔をつくろい、まじまじと指輪の意匠を確認してみせる。


「おや、これはアントノワ侯爵家の紋章とよく似ていますね」

「似てるんじゃなくて、そのものなんです。父はアントノワ侯爵家の長男でした」


 この説明だけ聞けば、まるでニナが正当な嫡子のようだ。

 そして彼女の横にいるシャルルは、それを否定しない。

 ニナの出自を知っている者からすると失笑ものの詐称であっても、王族が否定しない限りは面と向かって指摘する者などいるわけがない。


 例外は同じ王族であるリヒャルトだが、残念ながらあえて耳に痛いことを告げるほどシャルルと親しくなることはなかったようだ。シャルルが聞く耳を持たないので、あまり親しくなりようがなかったとも言える。

 それでも親切心から、一応何度かは助言を試みたらしい。だがシャルルは、ニナに対して批判的な言葉には耳を傾ける姿勢を見せなかった。


 事情を知っている者の間では、つまりそれは「そういうこと」と認知されるに至った。要するに「シャルルは黒を白にしようとしている」と認識されたというわけだ。

 逆に事情を知らない者の間では、ニナの言葉が額面どおりに受け取られる傾向にあった。素直に信じる者もいれば、鵜呑みにしないまでも「シャルルが認めているのなら」と、シャルルの意を汲もうとする者も少なからず存在したからだ。


 シャルルの前でアンヌマリーの名前を出したり、ロベールに公金横領の容疑をかけられた話題に触れたりすることは、卒業夜会の場では誰もしなかった。だがあえてそのような不躾な真似をしなくても、シャルルとニナの親密な雰囲気を見れば、よほど鈍い者でない限りはいろいろと察するものだ。


 そして卒業夜会が終わると、リヒャルトとランベルトは留学を終えてオスタリアに帰国した。


 夏休みに入っても、相変わらずアンヌマリーたち一家は軟禁状態が続いていた。

 ときおり「捜査のため」と称して憲兵が訪れることがある。だが憲兵たちはロベールと話すだけで、アンヌマリーや母オリアンヌとは特に関わりを持たなかった。


 やがて裁判が始まると、ロベールはときおり裁判所へ呼ばれて行くようになる。

 ヨゼフも、マルセルを伴って外出していることが多かった。いつも忙しそうで、屋敷にいるときには気がつくとノアを抱えてうたた寝している。


 小さなお目付役たちが屋敷を辞して以降、ノアは寂しそうにしていた。

 せっかく仲よくなったのに、急に二人ともいなくなってしまったのだから無理もない。その上、大好きなヨゼフはこの頃ちっとも屋敷にいない。勢い、ノアがアンヌマリーのところに押しかけてくる頻度が上がった。現金なものである。


「ねえさま! ねえねえ、にいさまは? ヨゼフにいさまは、どこ?」

「お兄さまは今日はお仕事で、お出かけしてらっしゃるわ」

「きのうもだった」

「そうねえ。お忙しいみたいよ」

「あしたは? あしたはおうちにいる?」

「どうかしら。明日もお忙しいかもしれないわね」

「いつならいる?」


 たたみかけるようにノアに質問され、アンヌマリーは閉口する。

 ヨゼフの予定なんて、詳しく把握しているわけじゃない。マルセルがいればある程度わかるかもしれないが、その肝心のマルセルもヨゼフと一緒に不在だ。


「ごめんなさい、いつがお休みかわからないわ。今は特別にお忙しいのよ」

「ぼく、にいさまにかえってきてほしい。はやくかえってきてほしい」

「本当にね。早くお帰りになるといいわね」


 ノアはしょんぼりとうなだれ、寂しい、ヨゼフがいなくて悲しい、と身体全体で訴える。アンヌマリーは何だか小さな弟がたまらなく愛おしくなって、ぎゅっと抱きしめた。

 彼女も、ヨゼフがいないとちょっと寂しい。


「じゃあ、きょうは? きょうは何時にかえる?」

「何時にお帰りでしょうね……。ノアがもう寝ちゃってる時間かもしれないわ」

「ぼく、おきてる。おきて、まってる」

「うーん。お兄さまは、ノアには寝ててほしいんじゃないかしら……」

「だいじょうぶ! おきてるよ! にいさまとあそぶ!」


 大丈夫な要素がひとつもない。

 この頃ノアは、以前に比べて聞き分けがよくなったとはいえ、どうしてもヨゼフがいないと叱ったときの効果が今ひとつ薄い。それでも、しおれて元気がないよりは、少々元気が余っているくらいのほうがよいような気がした。


「そうね。お帰りになったら、遊んでいただきましょうね」


 もしヨゼフが帰宅したときに本当にノアが起きていたら、「うわあ……」とげんなりした顔で苦笑を浮かべながら小さなノアを抱き上げるのだろう、と想像できて、アンヌマリーはクスッと笑った。


 そんなふうに少しずつ寂しさとともに不穏な空気がアントノワ邸に忍び寄ってきた、夏の終わりのある日、狩猟大会で負った大けがの療養を続けていた王太子の訃報が伝えられた。


 その日は裁判のためロベールが不在で、ヨゼフも朝から外出していた。

 王太子の訃報という重大な知らせがあったせいか、裁判は長引くことなく終わったらしく、ロベールは比較的早い時間に帰宅した。が、どうしたわけかヨゼフとマルセルはその日、夜遅い時間まで帰ってくることがなかった。


 そしてそのわずか一週間後に、ロベールの裁判は有罪確定で結審した。

 領収書が証拠として採用された結果だった。通常であれば三名以上で行う筆跡鑑定を、一名のみの鑑定でロベールの筆跡と断定した。大臣職に就いている者による公費横領という重要案件にもかかわらず、たった二か月という異例の早さで裁判が終了したのだった。

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