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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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横領容疑 (2)

 ロベールの説明によれば、彼が横領したとされているのは、国内の王族費ではない。隣国パルド王国に嫁いだ王女に支給されていたはずの王族費だ。


 横領が発覚したのは、先日その元王女が亡くなったことがきっかけだった。

 パルド王国は二十年ほど前から内乱状態が続いており、現在シーニュは常駐の大使を置いていない。


 そのため葬儀には、国から使者が遣わされた。使者は、元王女の葬儀を見て驚いた。王族の葬儀としては、あまりにも質素だったからだ。不審に思った使者が元王女の生前の住まいを訪ねると、そこもまたありえないほどの貧しさだった。持ち物もわずかで、散財をしていた形跡もない。


 使者は帰国後、その様子を国に報告した。

 そして元王女に支給されていたはずの王族費を調べた結果、ロベールが横領していた疑いが持たれたというわけだった。


「どうしてそこでお父さまが疑われてしまうの?」

「領収書に署名があったらしい」


 ロベールにしてみたら全く身に覚えのないことだから、すべてが伝聞と推測だ。

 士官から容疑の内容を聞いてみれば、ロベールは失笑を抑えられなかった。公金を横領するのに、ご丁寧に領収書を作成する者がどこにいるというのか。ばかばかしいとしか思えない話ではあるが、現に罪に問われているあたり、予言の強制力が働いていると見てよいだろう。


 容疑に関しては、ロベールにできることは少ない。

 できることと言ったら、冤罪であることを明らかにするために、なるべく経理の資料をきれいにまとめておくくらいだ。それさえおそらく、予言が成就されるまでは役に立たないだろう。しかしそうとわかっていても、ロベールは資料作成の手を抜くことはなかった。たとえ事後であれ、冤罪が明らかになれば親族への影響は最小限に食い止められると考えていたからだ。


 ロベールが連行されることはなかったが、容疑者として自宅待機を命じられた。家族も同様だ。

 屋敷の周りに配備されていた憲兵たちは、逃走防止の監視役だった。


 学年末まで残り数日ではあったが、こうした事情によりアンヌマリーは登校できなくなってしまった。

 リヒャルトとランベルトの留学は一年間の予定だったから、この学年末をもって彼らは帰国する。自宅待機を命じられているアンヌマリーは、このままでは彼らの帰国前にひと言挨拶することさえかなわない。


 父が「何か大きな罪に問われる」ことは事前に知っていても、自分が屋敷内に軟禁される羽目になるとは思っていなかった。少し考えれば予想がつくことなのに。

 この一年間、これほど世話になった隣国の王太子に何も挨拶せずに別れるのは、アンヌマリーには耐えがたいことだった。


 幸い、自宅に軟禁となっているのはアンヌマリーの家族だけで、使用人や商人の出入りは許されている。だから彼女は、リヒャルト宛てに手紙を書いて使用人に寮まで届けてもらうことにした。



 * * *



 リヒャルトさま


 すでにお聞き及びになっていらっしゃるかもしれませんが、父に公費横領の容疑がかけられました。もちろん、父には身に覚えのないことです。いずれ必ず真実は明らかになるでしょう。


 ですがそれに伴って当面の間、わたくしも自宅から出ることを禁じられてしまいました。当然、学校に通うこともできません。

 学年の最後に直接お会いしてご挨拶できないのが、残念でなりません。お手紙でのご挨拶しかできないことを、どうぞお許しください。


 この一年の間、リヒャルトさまには大変にお世話になりました。

 いわれのない悪評を受ける中、いつも心温まる励ましの言葉をくださったことは終生決して忘れません。本当にありがとうございました。


 どうかご帰国後も、お健やかにお過ごしくださいませ。

 オスタリア国のますますのご発展と、リヒャルトさまのご活躍をお祈り申し上げます。


 心からの感謝と敬意を込めて

 アンヌマリー・ド・アントノワ



 * * *



 リヒャルトへの手紙の中で、アンヌマリーは予言については一切触れなかった。

 ただ感謝の言葉を伝えるにとどめた。途中で憲兵が手紙の中身を確認しないとも限らないと考えたからだ。実際に検閲があったのかどうかは知らないし、あまり興味もない。


 リヒャルトからは、彼女が出したのと同じように、一年間の付き合いに対して謝意を伝える短い手紙が送られてきた。

 これがリヒャルトとの最後の交流となった。


 屋敷に軟禁状態となった一家は、暇を持て余したかというと、全然そんなことはない。むしろ軟禁が決まってからが、大忙しだった。


 まずロベールは、冤罪を晴らすための資料をまとめ始めた。

 次いで、ニナがアントノワ侯爵家とは血縁関係にないことを知らせる書簡を、改めて親族に出した。一家がいなくなった後、万が一にもニナに侯爵家を乗っ取らせないためだ。


 そもそもロベールの兄は、勘当されていて継承権がないという以前に、子どもを成せた可能性が低いのだ。子どもの頃に高熱を出す病気にかかり、そのとき医師に将来子どもが出来にくくなる可能性を告げられていた。

 実際、女性遍歴が豊富であるにもかかわらず、子どもがいない。つまり医師の見立ては当たっていたということだろう。


 ロベールがそうした資料をまとめている傍ら、オリアンヌは使用人の紹介状作成に追われた。一家がシーニュを脱出した後、使用人たちが職に困らないようにしておかないといけない。

 何しろ数が多いので、紹介状の作成にはアンヌマリーも駆り出された。

 ただしもちろん、使用人たちを必要以上に不安がらせないために、彼らに紹介状のことは伏せている。必要になるときまで、まとめて執事長に預けておくことになる。


 こうした中にあって、ヨゼフはひとりだけ軟禁状態をまぬかれていた。正式に養子の手続きをとっていないため、対外的には十分に「使用人」で通用するからだ。雇われ船主の顔をして、自由に屋敷を出入りしている。


 使用人たちも事情は察しているから、ヨゼフが事実上の養子だなどとよけいなことを口にする者はいなかった。

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