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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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26/51

身代わり作戦 (1)

 秋休みが終わってから、アントノワ侯爵家の亡命準備は本格的に始まった。


 まずオスタリア側に、ヨゼフの本拠地という建前で拠点を用意した。自分たちで用意したわけではなく、ハーゼ伯とクライン子爵が手配してくれた。

 平民としては十分以上の広さがある、贅沢な屋敷だ。

 シーニュの邸内にある資産価値のある品物はすべて贋作に置き換え、本物はヨゼフが運送業のかたわらオスタリアの拠点に少しずつ運び込んでいる。


 亡命にあたっての脱出作戦の詳細は、アンヌマリーは秋休みの最終日に父ロベールから聞かされた。

 なんと身代わりを立てるのだと言う。


 ニナの予言では、アンヌマリーの一家は馬車で逃亡しようとして銃撃戦で命を落とすと言っているそうだ。だから馬車で身代わりを逃亡させる。

 しかし、殺されるとわかっている身代わりを、誰かにやらせるなどという非道なことができるわけがない。だから人形を乗せる。そして人形だとバレないよう、銃撃を受けたら速やかに崖下に馬車を落として、御者だけ逃亡する、という計画だ。

 馬車での逃亡経路は、都合よく馬車を落とせるように、岸壁沿いの道を選ぶ必要がある。


 この計画は、すべてヨゼフの発案によるそうだ。

 ランベルトがアンヌマリーたちを救う方法を悩んでいたときに、ヨゼフがこの案を出し、ロベールは即座に乗ったというわけだった。


 ロベールは、馬車に乗せる人形をすでに人形工房に発注してあった。等身大の蝋人形だ。

 そう言われてみれば、ヨゼフがこの屋敷にやって来て間もなく、職人が屋敷に来てアンヌマリーの全身を細かく採寸して行ったことがあった。てっきり何か衣装を作るのかとばかり思っていたが、どうやら人形作成のための資料だったらしい。

 採寸する職人だけでなく、サラサラと何枚もスケッチを描いていた者もいた。あのときはデザインを即興で考えているのかと思っていたけれども、今にして思えば単に彼女の顔をスケッチしていただけだろう。

 制作期間は三か月ほど。冬休みの前には、試作品が持ち込まれた。


 試作品とは呼んでいるものの、髪の毛も埋め込まれていて、どこが完成品と違うのかもアンヌマリーにはよくわからない。


 初めてそれを見せられた日、彼女は恐怖のあまり悲鳴を上げそうになった。

 だって箱の中から、頭部が取り出されたのだ。しかもそれが、実物にそっくりなのである。首を切り落とされた人間の頭部にしか見えない。誰だって怖いだろう。何とか悲鳴はのみ込んだものの、無我夢中で手近にいた人物の腕に全力ですがりついてしまった。

 すがりついた相手は、ヨゼフだった。


 ヨゼフは震えているアンヌマリーに、なだめるように声をかけた。


「出来がよすぎて、こわいよなこれ」

「お褒めいただき、大変光栄でございます」


 職人は困った顔をしながらも、あえて褒め言葉と受け取って礼を返す。彼女のような反応には、慣れている様子だ。


 こうなることがわかっていたからか、この場にノアは呼ばれていない。

 にもかかわらず、部屋の扉の外から何やら不穏な気配がした。乳母の叫ぶ声がする。


「坊っちゃま、いけません! とまってくださいまし!」


 次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いて、小さなノアが姿を現した。鼻息も荒く、得意げな顔だ。しかしその視線が、職人の手の中にある蝋人形の頭部に向いた途端に、すとんと表情が抜け落ちて目を見開いた。まばたきもせずに、人形の頭部を見つめている。そして数秒の後、大きな声で泣き始めた。


「こわいい。こわいよう」


 自分も怖がってヨゼフにすがりついてしまったくせに、ノアが大泣きしているのを見たらアンヌマリーはたまらない気持ちになった。そして「怖くないの。あれはただの人形よ」と慰めるために駆け寄ろうとする。だがそれは、やんわりとヨゼフに制された。


 ヨゼフはノアに歩み寄ると抱き上げ、腕の中で背中をトントンと軽く叩きながら静かに声をかけた。


「大丈夫だ、ノア。あれはもう封印されている」


 アンヌマリーはその言葉に思わず「え、封印?」と驚いて、ヨゼフの顔を見上げた。ヨゼフは含み笑いを浮かべたまま片目をつぶってみせ、ノアに見えないよう素早く人差し指を口の前に立てて「黙ってろ」と合図する。ヨゼフの意図がわからないまま、彼女はぎこちなくうなずいた。


「だけど、あの魔物は子どもが大好物なんだ。だからこの部屋には来ちゃいけないって言われてたんだぞ」

「ごめんなさい……」


 あの人形は、魔物ということになっているらしい。

 ノアの涙はまだ完全にはとまっていなかったけれども、謝罪の言葉を口にできる程度には治まってきていた。


「ここは小さい子には危ない場所だ。子どもの声を聞くと、封印が解けてしまうことがあるんだよ。だから、早く部屋に帰りなさい。ただし、魔物の話はしちゃいけない。子どもの声が自分の話をしているのを聞くと、まだ封印されてない別の魔物が目を覚ましてしまうことがあるからな。どんなに小さい声でも、絶対しゃべっちゃダメだぞ。いいか?」


 ヨゼフの最後の言葉に、ノアは再び目を見開き、あわてて両手で口を押さえて何度もうなずいた。かわいい。


「魔物の話をしなければ、大丈夫だから。ほら、もう行きなさい」


 ヨゼフがノアを床に下ろして軽く背中を叩いてやれば、ノアは一目散に乳母のほうへ駆けて行った。そして乳母に手を引かれて部屋を出て行く。乳母は部屋を出る際に、すまなそうにペコリと頭を下げた。


 扉が閉まるのを見届けてからアンヌマリーが振り返ると、人形職人が肩を震わせていた。父と母も、全然笑いをこらえられていない。

 ロベールは、笑いながら首をかしげた。


「ところで、小さいお目付役たちはどこへ行ってしまったんだろう」

「ああ、今日はラロシュ商会の納品日だから、姉さんとこじゃないかな」

「なるほど。それで手薄だったんだな」


 小さいお目付役とは、ノアに付けられた五歳の従者見習いと七歳のメイド見習いのことだ。彼らが一緒にいれば、ノアの脱走を許すことはなかっただろう。


 しかしあいにく、この日は彼らの姉が嫁いだ先の商会の、月に一度の納品日だった。この商会は石けんなどの日用品を取り扱っていて、毎月品物を納めに屋敷を訪ねてくるのだ。その際、必ず姉が納品の担当者と一緒にやって来る。

 姉が訪ねてきたときには仕事を免除することにしているので、今頃は使用人エリアで存分に甘えていることだろう。


 ヨゼフの脅しが効いたのか、小さなお目付役たちがしっかり仕事をするお陰なのか、その後はこうしてノアが乱入してくることはなくなった。

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