結婚式後の鬼ごっこ (4)
ランベルトが隣で交わされている会話に意識を戻すと、リヒャルトがニナに質問をしているところだった。
「きみがジョゼを選んだ場合、この先は何が起きることになるの?」
「んー、そこがよくわかんないんだよね……」
「え? 筋書きを知らないのに、選びたかったの?」
「だって! どうにも難しいルートで、一度も最後までいけなかったんだもん! ジョゼさまは神出鬼没だからさあ。でも一番かっこいいんだよ」
ヨゼフが格好いいことは否定しない、とランベルトは耳をそばだてながら思った。何しろ、十歳の頃からすでに格好よかったのだ。道に迷った末にごろつきに絡まれていたランベルトを救ったヨゼフは、最高にかっこよかった。
迷うことなくランベルトの手をつかんで走り出し、冷静に抜け道や隙間を選んで男たちを振り切り、声を張り上げて護衛を探し、無事に引き合わせてくれた。
あの格好よさがわかる点だけは、評価してやってもいい、とランベルトは思う。
それ以外は災厄のかたまりでしかないニナだけれど。
リヒャルトは、ニナを論理的に説得することにしたようだ。
「でももう、最初の出会いに失敗してるわけでしょ?」
「そうなんだよね……」
「だったらもう諦めたほうがいいんじゃない?」
「ううう」
「僕は彼のことを知らないし、その時点できみの知ってる筋書きと違ってるよね。わかってる分岐を進むほうが安全なんじゃないの?」
リヒャルトの立場からは、何が起きるかわからない分岐に進んでほしいわけがない。
ふてくされた顔でむっつりと押し黙ってしまったニナに、リヒャルトはダメ押しをした。
「まあ、きみの人生だからね。僕が口を出すことじゃない。ただし僕にはジョゼという人物にまったく心当たりがないから、当てにされても困るな。それでも彼を追いかけたいなら、僕は止めないよ」
「そうだよね……。自分の人生だもんね。よし、ジョゼさまは諦めた!」
「うん、それが賢明だと思うよ。だって失敗しそうだもの」
「正直、あたしもそう思う」
うまく誘導したリヒャルトに、ランベルトは心の中で喝采を送った。
そんなやり取りがあった後、ランベルトはマグダレーナからの手紙を受け取ったのだった。手紙を読んで、ニナの言う「ジョゼ」がヨゼフであることが確定した。やはり、とは思ったが、もちろんランベルトがニナにそれを伝えることは決してない。
* * *
ランベルトの話を聞き終わると、ヨゼフは「助かった」とつぶやいて大きく息を吐き出し、肩から力を抜いた。見るからにげんなりとしたその表情に、ランベルトは吹き出す。
「そんなにニナは嫌だった?」
「当たり前だ。怖いだろ、あれ」
「ヨゼフにも怖いものがあったのか!」
「俺を何だと思ってるんだ」
「伝説の英雄」
今度はヨゼフが吹き出した。
「どこの伝説だよ」
「俺の!」
男子のノリはよくわからないな、と面白く思いながらアンヌマリーは二人のやり取りを静かに聞いていた。
とにかくニナがヨゼフを諦めたのは、幸いだ。下町と港町で活動するヨゼフには、ニナとの接点がないはずだから、今後はもうヨゼフがニナに煩わされることはないだろう。
情報が少ない中でニナに「ジョゼ」を諦めさせたリヒャルトの手腕にも、アンヌマリーは感心した。
これまでもリヒャルトは、ニナに「テンセイシャ仲間」だと思わせたまま話を聞き出し、必要に応じて母国の父王への報告を欠かさず、アントノワ家にも情報を流してくれている。本当に有能な王子さまだ、と彼女は思う。
そして、それに引き換え、とつい頭に浮かんでしまうのは、自身の婚約者の顔だ。
シャルルも、非常に優秀だと評判だ。実際に、学業の成績は優れている。でも彼女に言わせれば、ただそれだけだ。「学校」という狭い社会の中で、「学業」という限られた分野で競った結果の成績にすぎない。しかも学業とは教わることであり、自ら研究するものではない。あくまでも受け身だ。
もちろん、学年で首位の成績を維持するには相当の努力が必要だろう。
彼女にはできないことだから、そこは素直に賞賛に値すると思う。
それでも同年代のリヒャルトやヨゼフと比べると、どうしても子どもっぽく見えてしまうのだ。シャルルは確かに成績優秀ではあるけれども、リヒャルトやヨゼフと同じ立場に立たされたとき、彼らと同じような働きができるとはアンヌマリーには思えなかった。
シャルルは彼らに比べて、もっとずっと視野が狭く、短絡的だ。
何はともあれ、リヒャルトのおかげでニナの標的はシャルルに確定した。
つまり今後の予言内容も、ほぼ確定したと見てよい。
ニナがなぜヨゼフを「ジョゼ」と呼ぶのか不明なままだが、そのまま放っておこうということになった。下手に理由を探ろうとしたせいで、ニナの気が変わって「ジョゼ」に鞍替えしようとしてはたまらない。
ヨゼフの活動範囲は、基本的に商人街のある下町と港町だ。標的をシャルルに定めたニナは、もう訪れることはないだろう。
話し合いが終わると、ランベルトはマグダレーナとしばらく二人で過ごし、アントノワ邸で夕食をとってから寮へ戻って行った。
その後の秋休みは、宿題をしたり学校の予習をしたり、マグダレーナとおしゃべりしたり、ノアと遊んだりしながら、のんびり過ごした。
学校の予習で、アンヌマリーの苦手な数学をヨゼフが教えてくれたのには驚いた。
しかも、とてもわかりやすい。
ヨゼフは、学校に通ったことはないと言っていたのに。
不思議に思っていたら、ヨゼフが理由を説明してくれた。ランベルトから毎年お下がりの教科書をもらっていたそうだ。孤児には本なんてそう簡単に手に入らないものだから、大事に何度も読み返した。すり切れるほど読み返せば、自然と内容はすべて頭に入ってしまう。
章末についている例題も、クイズ感覚で楽しんでいたらしい。
中でも数学と物理が好きで、ランベルトと会わなくなってからも給金を貯めては数学の本を買っていた、とヨゼフは言う。そう言えば、ヨゼフが屋敷にやって来たときの荷物は、着替えが一式と数学の本が一冊だった。
実験道具が欠かせない化学や、望遠鏡が必要となる天文学と違い、紙とペンさえあれば楽しめるところがよいのだそうだ。数学を楽しめる、という感覚がアンヌマリーにはあまりよくわからないが、孤児院で育ち、学校に通うこともなかったにもかかわらず、これだけの教養を身につけたヨゼフのことは心から尊敬した。
そんなふうに残りの秋休みは穏やかに過ぎていったのだが、終盤には大きな事件があった。ニナの予言どおり、王宮主催の狩猟大会で猟銃の暴発事故があり、第一王子が馬の暴走により大きなけがを負ってしまったのだ。
ついに始まった、とアントノワ侯爵家の面々は気持ちを引き締めることになった。




