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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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結婚式後の鬼ごっこ (3)

 ヨゼフの「男好きな嘘つき予言者」というニナの評に笑ってしまったアンヌマリーだったが、「嘘つき」と「予言者」は実際そのとおりなので理解できるものの、「男好き」というところだけは少し首をかしげた。


 別に、ニナを擁護する気はさらさらない。ただ、ヨゼフがどうしてそう思ったのか不思議だったのだ。それでつい、疑問が口をついて出てしまった。


「あの子、男好きって言われるほどかしら?」

「どう見ても男好きだろ。最初、うちの王太子さまに粉かけて、次はこの国の王子にすり寄ってさ。その挙げ句に、その王子さまに用意させた馬車で、俺のこと追いかけ回したんだぜ。これが男好きじゃなくて、何だって言うんだ」


 ヨゼフは相変わらず憮然としている。

 まあヨゼフにしてみたら、わけもわからず追いかけ回された被害者なのだ。そんな表情になる気持ちも、わからないではない。


 それまで何か考え事をしているような顔で静かに聞いていたマグダレーナが、ヨゼフに尋ねた。


「彼女は『ジョゼさま』と声をかけたのですよね?」

「うん」

「なら、最初から彼女が狙っていた『王子さま』は、本当はヨゼフさまだったかもしれませんね」

「はあ? 王子さまどころか、こちとら孤児あがりの船乗りなんだが」


 ヨゼフは失笑しているが、マグダレーナの言うことには一理あるとアンヌマリーは思った。


 ヨゼフというのはオスタリア風の名前で、シーニュでならジョゼフになるし、隣国パルド王国ではジョゼとなる。なぜパルド風の呼び方をしたのかは不明だが、同じ名前であるには違いないのだ。


 そう言えば、ニナが最初の頃リヒャルトに積極的に接触していたのも「ジョゼ」に会うためだと言っていたのではなかったか。

 ヨゼフはランベルトの友人であり、そのランベルトはリヒャルトに付き従うようにしてシーニュに留学している。それを考えると、もしかしたらランベルト経由でヨゼフと知り合う機会があったのかもしれない。ニナがリヒャルトを「テンセイシャ仲間」と思い込んで標的をシャルルに変更したせいで、それはかなわなかったわけだけれども。


 そうした理由をマグダレーナがヨゼフに説明すると、ヨゼフは「なんで俺なんだよ。勘弁してくれ」と、この上もなく迷惑そうな顔をしてため息をついた。が、少しして何か思いついたように顔を上げた。


「あ、でも標的が俺に変わったら、予言内容も変わるんだっけか?」

「それは、わたくしにはわかりません」


 ヨゼフの質問に、マグダレーナは首を横に振った。

 結局、この場ではそれ以上のことは何もわからず、後日ランベルトがマグダレーナを訪ねるという口実でアントノワ邸を訪れるのを待つことになった。


 翌日マグダレーナからランベルトに手紙を出し、その数日後、ランベルトが屋敷を訪ねてきた。ランベルトは、いたずらっぽい笑みを浮かべて朗らかにヨゼフの背中を叩く。


「やあ、色男くん。女の子に追いかけ回されたんだって?」

「やめてくれ。女は声をかけてきただけ。追いかけ回してきたのは、馬に乗った男どもだぞ」

「わあ、それはうれしくないね……」

「違うだろ。そういう問題じゃない」


 ランベルトにからかわれても、ヨゼフはそれに乗ることなくうんざりした顔をしている。


 ランベルトはマグダレーナからの手紙でヨゼフの事情を知っていたが、実はニナ側の事情もリヒャルト経由で耳にしていた。ニナがヨゼフに声をかけたあの日の翌日、ニナがリヒャルトに突撃してきたのだ。


 リヒャルトとランベルトは、秋休みを寮で過ごしている。二週間しかない秋休みに、隣国まで里帰りするのは無理な話だからだ。


 ニナはニナで、帰省先がないという理由により寮で過ごしている。

 それを不憫に思ったシャルルが、ニナを王宮に招待したと言う。


 アンヌマリーはこの話を聞いて、シャルルはそこまで軽率な人だっただろうか、と頭が痛くなった。いろいろと思慮の足りないところが多すぎる。なぜ隣国の留学生たちを差し置いて、ニナなのか。常識的に考えたら、外交面に配慮してこうした機会に留学生と交流を図るのが当然のように思われる。しかも相手は王太子なのだ。

 そもそも婚約者をほったらかしにしておきながら、若い女性を個人的に招待するなど、何を考えているのだろう。いや、別に誘ってほしいわけではないのだが。


 ニナがリヒャルトに突撃したのは、ヨゼフが彼女に追いかけ回された翌日の朝食のことだった。リヒャルトとランベルトが朝食をとっている場所に、彼女が自分の朝食の皿を持って押しかけてきたのだ。


「リヒャルト、嘘ついてたのね!」

「え、何の話?」


 いきなり嘘つき呼ばわりされて、リヒャルトは困惑する。


「昨日、ジョゼさま見かけたんだから。知らないなんて、嘘じゃん」

「だって本当に知らないもの。僕は国外に出たのはこの留学が初めてだし、パルド王国に知り合いはひとりもいないよ。ジョゼって、パルドの名前でしょ?」

「そうなの?」


 ニナは「ジョゼ」がパルド風の名前であることを知らなかった。

 ランベルトはニナにあきれた。これだけ「ジョゼ」に執着しておきながら、それがどこの国の名前なのかも知らないとは。


 ランベルトはリヒャルトの隣でそしらぬ顔をしながらも、二人の会話には耳を澄ませていた。我関せずといった風情で食事を進めつつ、彼は頭の中で思うことがあった。「ジョゼ」はオスタリア風に呼べば「ヨゼフ」だなあ、と。


 しかしニナの予言で選択肢となる「王子さま」たちは、リヒャルトやシャルルなど、いずれも本物の王子たちだ。そうした選択肢をなげうってまで、彼女が結ばれる相手として船乗りを選ぶとは、ランベルトにはとても思えなかった。ヨゼフは頼りになるしいいやつだが、いかにも計算高く強欲そうなニナが選ぶ相手ではないはずだ。


 これまでリヒャルトにヨゼフの話をしたことはなかったが、今のこのニナとの会話を聞く限り、今後もリヒャルトには話さないでおくほうがよいだろう、とランベルトは判断した。


 たぶん、知らないままでいるほうがニナの対処がしやすい。リヒャルトは必要ならきれいに表情を取り繕うことができるけれども、こんなふうに不意をつかれたときにうっかりボロが出ないとも限らない。国の安全に関わりかねないことだから、安全策をとっておこう。


 そんな計算をランベルトがしている間に、リヒャルトはうまくニナを御していた。

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