オスタリアからの留学生 (2)
アンヌマリーが自分の婚約者と久しぶりに顔を合わせたのは、隣国から留学生がやって来たときだった。
婚約者の第二王子シャルルは学年が彼女より二年上のため、授業で一緒になることは基本的にない。だからそれまでは、同じ学校にいても顔を合わせることはなかった。しかしこの年はシャルルの学年に留学生が転入してきたため、婚約者として紹介されたのだ。
校内での世話役をまかされた、という意味でもあった。
学期の始めにシャルルから学内の応接室に呼び出され、留学生に引き合わされた。
「こちらが婚約者のアンヌマリー。アントノワ侯爵家の長女だ」
「はじめまして、アンヌマリー嬢」
「はじめまして」
オスタリアからの留学生二人はいずれも社交的な人物らしく、人当たりのよい笑顔で挨拶した。
「アンヌマリー、こちらがリヒャルトでオスタリア国王太子だ。そちらはランベルトで、ハーゼ伯爵家の長男だそうだ」
「はじめまして。お目にかかれて、大変光栄です」
おっとりとした、絵に描いたように王子さまらしい雰囲気の少年がリヒャルトで、背が高く体格のよいほうがランベルトだと知った。
これがあの、マグダレーナの手紙にたびたび登場するランベルトかと思うと、初対面なのに知らない人のような気がしない。でも口には出さなかった。この場でそんな私的な話をしたら、リヒャルトにもシャルルにも失礼だと思ったからだ。だからアンヌマリーは、型どおりの挨拶だけを返した。
けれどもランベルトは目が合うと笑みを深めて、他の二人の視線がよそを向いているときを狙ってこっそりと片目をつぶってみせた。どうやら彼のほうも、マグダレーナからアンヌマリーの話は聞いているらしい。話に聞いていたとおり人なつこいランベルトの様子に、自然と彼女の口もともほころんだ。
「学年は違うけれども、彼女もここの学生なんだ。それほど顔を合わせる機会はないかもしれないけど、仲よくしてやってほしい」
シャルルが留学生たちに向かってアンヌマリーをそう紹介すると、リヒャルトは彼女に向かってにこやかに「うん、よろしくね」とうなずいた。
「下級生なので、学業面でお役に立てることは少ないかもしれません。が、ご婚約者のかたにお土産を選ぶ際などにはきっとお力添えができますから、ぜひご相談ください」
アンヌマリーが茶目っ気たっぷりの笑顔で自分を売り込むと、リヒャルトとランベルトは二人とも声を上げて笑い、口々に「助かるよ」「その節はどうぞよろしく」と朗らかに返した。
その様子をシャルルは社交用の笑みを浮かべて鷹揚に眺めている。リヒャルトやランベルトとは対照的に、彼女の言葉に特に反応を示さないことに気づいて、アンヌマリーは少しだけ居心地悪く感じた。何か機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。
気にはなるけれども、何が原因だか思い当たるほど彼女はシャルルのことを知らない。
シャルルに直接尋ねてみようかとも考えたが、少し思案した末にやめておいた。彼女の考えすぎかもしれないし、もしそうなら尋ねることで逆に機嫌を損ねてしまう可能性だってあるからだ。
シャルルという人物は、アンヌマリーにとっては少々とっつきにくい印象があった。
完璧主義者にありがちな、どこか神経質な雰囲気をまとっているせいかもしれない。
彼が非常に優秀だといううわさは、よく耳にする。ずっと首位の成績を維持していることを考えれば、実際に完璧主義だとしても少しも不思議はなかった。
けれども、だからといって彼がアンヌマリーに完璧を期待するようなことはなかったし、仮に何か不満があったとしても苛立ちを顔に出すこともなかった。ただしその代わり、彼女に対して打ち解けることもなかった。いつでもどこかよそよそしい礼儀正しさが崩されることはない。気のせいだと言われてしまえば反論できない程度には、かすかな態度なのだが。
何がいけなかったのか見当のつかないアンヌマリーは、念のため社交辞令を追加しておくことにした。
「それ以外にももちろん、何かわたくしにお手伝いできることがあれば何なりとご相談ください」
リヒャルトとランベルトは、これに対してもにこやかに「ありがとう」と返した。
一方のシャルルは微笑を崩すことこそなかったものの、何も言葉を発することなく、注視していなければ気づかないほどわずかに目を細めた。やはり何かお気に召さないことがあったようだ。それに気づいたアンヌマリーは、落胆しただけでなく胃が痛くなってきた。何がいけなかったのだろうか。いくら考えてもさっぱり何も思い当たることがない。
顔合わせの後、アンヌマリーは悲しい気持ちを隠してできるだけ穏やかにシャルルに小声で声を掛けた。
「オスタリアの方々とのお付き合いでお役に立てることがあれば、どうぞお申し付けください」
シャルルはアンヌマリーのほうを振り向いて、ゆるく首を横に振った。
「ありがとう。でも、特にはないかな。今日は一応、社交辞令として紹介しただけだから、あまり気にしなくていいよ。学年が違うと接点もないだろうしね」
「かしこまりました」
言葉だけ聞けばごく普通に思いやりのある婚約者なのだが、やはりというか、何というか、どこかシャルルは冷ややかに感じる。それは考えすぎだ、そんなふうに先入観を持った目で見ること自体がシャルルに対して失礼だ、とアンヌマリーは自分自身に心の中で何度も言い聞かせなくてはならなかった。
しかし後になって思い返してみれば、その違和感は決して気のせいなんかではなかったのだった。




