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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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17/51

パチモンのお姫さま (1)

 ヨゼフとの顔合わせが終わった後、夕食までの空き時間にアンヌマリーは自室で少し勉強をした。翌日の予習をしながらも、この日は気が散りがちだった。どうしてもヨゼフのことを考えてしまうのだ。


 そして考えているうちに、とんでもないことに思い当たってしまった。

 あの予言は「アントノワ侯爵家の一家が死ぬことになる」と言っていたはずだ。一般的には、養子も「一家」に含まれるのではないだろうか。


 そう気づいてしまうと、初めて予言の話を聞いたときのように、彼女の全身から一気に血の気が引いた。すぐにでも養子の話を白紙に戻さなければ。自分たちが助かるためにヨゼフの力を借りるのはともかく、彼を巻き込んではいけない。

 アンヌマリーはメイドからヨゼフの部屋を聞き出すと、急いで部屋に向かい、気ぜわしく扉を叩いた。


 室内からの返事が聞こえた後、内側から扉が開かれる。ドアノブに手をかけてまさに開けようとしていたアンヌマリーは、勢いよく引かれた扉に手をとられ、体勢を崩して部屋の主の胸に飛び込む形になってしまった。


「おおっと」


 顔から突っ込んでしまった彼女を、ヨゼフは焦った様子もなく落ち着いて支えた。

 淑女としてあるまじき失態に、血の気が引いていたはずの彼女の顔は羞恥に赤く染まる。アンヌマリーはあわててヨゼフから身体を離し、小さく頭を下げて謝罪した。


「ご、ごめんなさい」

「いや。どこかぶつけてない?」

「いいえ、大丈夫よ。ありがとう」


 礼を言って顔を上げたアンヌマリーは、思わず目を見張った。

 目の前のヨゼフの姿が、応接室で引き合わされたときとはまるで違ったからだ。今彼女の前にいるのは労働者階級の若者なんかではなく、異国風の顔立ちではあるが、どこからどう見ても立派な貴公子だった。屋敷で用意した服に着替えていたらしい。ますます絵本の王子さまに似ているように見えた。


 言葉を失って立ち尽くしている彼女を、ヨゼフはしばらく黙って見つめていた。が、やがて肩をすくめると、眉を上げて口を開いた。


「で、何か用だったんじゃないの?」


 ヨゼフの問いに、アンヌマリーはハッと我に返る。


「そう、そうだったわ。あのね、養子のお話はダメよ。やめましょう。ダメなの。養子になんかなったら、死んじゃうわ」

「──なんで?」


 必死になるあまり早口にアンヌマリーが告げると、ヨゼフは真剣な顔でそれに耳を傾ける。彼女が話し終わると、眉間にしわを寄せて考え込んだ挙げ句に、いぶかしげな顔をして首をかしげながら理由を尋ねてくるものだから、アンヌマリーはもどかしくなった。


「お父さまからお話を聞いてないの?」

「何の?」

「予言のお話よ。一年ほど後に、我が家は一家そろって死ぬことになるのですって。養子になんてなったら、一緒に死ぬ羽目になってしまうかもしれないでしょう? だからダメなの。ダメよ、絶対」


 ヨゼフは「なんだ、その話か」と、口の端をつり上げて笑みを浮かべた。そして端的に答えた。


「問題ない」

「ないわけないでしょ!」


 ヨゼフのあまりにも軽い調子の返答に、アンヌマリーの声は感情の高ぶりのままに上ずってしまった。

 一方、ヨゼフはいたって落ち着いている。


「予言はそうかもしれないが、誰も死なない。だから問題ない。違うか?」

「でも、必ずそうなる予言なの」

「古今東西、予言なんてものは受け取り方ひとつなんだよ。大丈夫だ。何とかするから心配すんな」

「でも……」


 アンヌマリーが不安げに眉を寄せたまま言いよどむと、ヨゼフはため息をついた。


「それに、養子ったって内々の話だろ。当面の間は侯爵さまだって、対外的には無関係にしとくと思うぞ。でないと、俺が動きにくい」

「そうなの?」

「おう」


 やっと少し安心して、アンヌマリーはホッと息を吐き出した。


「ところで、心配してくれたのはありがたいが、女の子がひとりで男の部屋を訪ねたりするもんじゃないぞ」

「え? どうして?」


 どうしてそんな注意を受けるのか意味を推し量りかねて、アンヌマリーは首をかしげた。彼女のその様子を見て、ヨゼフは当惑した表情になる。


「どうしてって、そりゃ常識だからだろ。おい、侯爵家の教育はどうなってんだ。こういう常識は平民も貴族も関係ないはずだよな」


 ヨゼフが後半つぶやくようにこぼすのを聞いて、やっと彼女にもヨゼフの言いたいことが思い当たった。


「わたくしだって、家族じゃなければひとりで部屋を訪ねたりしません」

「ふうん」


 その程度の常識を疑われるのは心外である、とばかりに毅然とした態度で伝えたはずなのに、ヨゼフから返ってきたのは気の抜けた返答だった。

 いささかムッとして、アンヌマリーは言いつのる。


「家族なら問題ないでしょう? ノアの部屋なら何度もひとりで訪ねてるけれど、一度も注意されたことなんてないもの」

「俺はあのちびと扱いが一緒なのか……」


 なぜかヨゼフは深くため息をついて肩を落とした。アンヌマリーには、彼が何に対してがっくりしているのかさっぱりわからず、眉根を寄せる。


「同じでしょう? お兄さまか弟かの違いなだけでしょう」

「まあいいや。家族じゃなきゃ、男の部屋をひとりで訪ねたりはしないんだな?」

「しません」

「ならいい」


 ヨゼフの言いたいことが理解できなくても、自分の言葉が軽くいなされたことだけは彼女にも理解できた。何だか釈然としない。納得いかない顔で首をひねっていると、ヨゼフはそれを見て面白がっているような顔で笑った。


「自分がきれいなお姫さまだってことを、もっとちゃんと自覚したほうがいいぞ」


 前後の脈絡なく褒め言葉をかけられて、アンヌマリーはびっくりしてヨゼフを見上げて目をまたたかせた。

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