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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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船乗りの少年 (3)

 ロベールはヨゼフの顔をじっと見てから口を開いた。


「金が必要なら、小遣いという形で渡してもかまわないよ。子どもに小遣いを渡すのは、何もおかしいことじゃない。いくら欲しいんだね?」

「──できれば、週に銀貨四枚ほどあれば」


 ロベールの申し出に、ヨゼフは少し考えてから金額を答えた。それはちょうど、新入りの従僕の給金と同じくらいだった。貴族の子どもの小遣いと考えれば、取るに足らない額だ。だが平民にとっては、質素ながらも親子が暮らしていけるだけの額だった。


「何に使いたいのか、聞いてもかまわないかな?」

「いいですよ。子どもを養いたいんです」

「え?」


 ロベールだけでなく、その場にいた全員が耳を疑って目をまたたいた。

 ややあってから、ロベールがいぶかしげに尋ねる。


「きみの子かね……?」

「まさか」


 それまで神妙な顔をしていたヨゼフは、ロベールの質問に吹き出した。

 しかしすぐに真顔になって、事情を説明する。


「先輩船員の子です」


 その先輩船員は、昨年の航海で海賊に襲われたときにヨゼフをかばって死亡したのだと言う。遺されたのは、上は十八歳から下は五歳までの四人の子だ。妻はいない。一番下の子の出産時に亡くなっているからだ。妻亡き後は、長女が下の子たちを育ててきた。


 先輩船員が亡くなったのは、その長女の縁談がめでたくまとまった矢先のことだった。

 長女は結婚について悩み始めた。唯一の働き手である父を失い、自分が嫁入りしていなくなった後の弟妹の生活に不安があったからだ。二番目の子はまだ十歳で、働きに出るにはまだ幼い。どこかに弟子入りすることなら可能だろうが、だとしても自分の食い扶持を稼ぐのが精一杯だろう。下の二人は孤児院にでも入るしかない。


 長女には、自分だけしあわせに結婚して弟妹を孤児院にやるという選択肢は考えられなかった。だからといって、三人もの弟妹を引き取ってほしいとは嫁ぎ先には頼みにくい。


 父の弔慰金で生活をしのぎつつ、長いこと彼女は悩み続けていた。しかし間もなく喪が明けようという先日、ついに長女は自分の結婚を諦めて、弟妹を養っていく覚悟を決めた。

 だが針子の職を得て働き始めてはみたものの、三人で暮らしていくのに十分な収入を得るのは難しかった。そうなると、生活費の足りない分は父親が娘の嫁入りのために用意してくれた持参金を取り崩しながら暮らしていくしかない。


 しかしそれでは、下の子が独り立ちする頃には長女はすっかり婚期を逃しているだろう。しかもきっと、持参金は使い果たして残っていないに違いない。

 だからヨゼフは、自分の給金を生活費として渡して、長女には予定どおり結婚してもらおうと考えたのだ。住み込みで雇ってもらえるなら、給金をそっくり渡してしまっても自分は生活には困らない。彼らから父親を奪ってしまった自分にできる、せめてもの罪滅ぼしのつもりだった。


 思いもかけない痛ましい話に、アンヌマリーはほんの少しであれヨゼフに対して落胆した自分のことを恥ずかしく思った。お金のことばかり気にするなんて、と事情も知らずにがっかりした自分のほうが、よほどあさましいではないか。

 彼女は何とも言えない気持ちで、膝の上に置いた自分の手を見つめた。


 事情を聞き出すと、ロベールは「なるほど」とうなずいた。


「下の三人の子は、男の子なのかな、それとも女の子なのかな? 歳もわかれば教えてくれるかい?」

「二番目が十歳の男の子、三番目が七歳の女の子、一番下が五歳の男の子です」


 ロベールは「ふむ」とあごに手を当て、何か考えを巡らすような顔で何度かうなずいてからおもむろにヨゼフに告げた。


「話はわかったが、きみが彼らに金を渡す必要はないな」


 ヨゼフはそれを聞いて、かすかに眉根を寄せて表情をこわばらせた。

 その表情に気づくと、ロベールは手のひらをヨゼフに向けてなだめるように振ってみせる。


「ああ、勘違いしないでほしいんだが、見捨てろと言っているわけじゃない。逆だよ。息子の恩人なら、我が家の恩人も同然だからね。遺された子がいるのであれば、うちで面倒を見ようじゃないか。三人とも連れてきなさい。うちで雇おう」

「いや、でも、下のちびはまだ五歳ですよ」

「うちの下の子がね、四歳なんだ。ちょうど歳も合うし、従者見習いってことでいいんじゃないかな。うちで兄弟一緒に暮らせばいい。とにかく連れてきなさい」


 なんと五歳の従者見習いが誕生しそうである。

 しかしそれでもヨゼフはパッと顔を輝かせて笑顔になり、深々とロベールに頭を下げた。


「ありがとうございます」

「これで、きみが養子になることに何も問題はなくなったね?」


 ヨゼフは苦笑しながら「はい」と答えてうなずいた。

 アンヌマリーは、父に呆れた。やり口があざといにも程がある。外堀をすべて埋めた上にこう尋ねられては、いったい誰が断れると言うのだろう。


 これはつまり、ロベールがヨゼフをそれだけ評価しているということだ。

 そこまでする価値が、この船乗りの少年にはあると父は考えている。ロベールは柔和な外見とは裏腹に、人物評価は存外辛口だ。そのロベールをして、何としても養子に迎えたいとたった半日で思わせた目の前の彼は、いったいどんな人物なのだろうとアンヌマリーは興味深く思った。


 ヨゼフは腰を浮かしそうな勢いでロベールに尋ねた。


「今から迎えに行ってもいいですか? 早く知らせてやりたいんです」

「まあ、待ちなさい。何もきみが自分で行く必要はないさ。迎えをやろう。住所と名前を教えてくれるかい?」


 ヨゼフが答える内容を、ロベールはさらさらと紙に書き付けた。

 執事を呼んでその紙を渡し、用事を言いつける。


「この住所に、五歳から十八歳までの四人の子どもたちがいる。名前はここに書いてある。全員うちで雇うことにしたから、迎えに行ってほしい。ヨゼフの紹介だと言えば、わかってもらえるはずだ」


 雇うと言っている割には、年齢の幅がおかしい。だが執事は、表情を変えることなく指示を聞いている。表情は変えないものの、全員雇うと聞いたときに執事のまばたきが止まったのをアンヌマリーは見逃さなかった。動揺を隠したその真面目な顔がおかしくなって、彼女はうつむいて笑いをこらえた。だが、さすがにヨゼフのあんな話を聞いた後で笑ってしまったら不謹慎だ。

 彼女のその様子に気づいたマグダレーナは、隣からひじをつつく。やましい顔でうつむいたまま、アンヌマリーが横目で友人の表情をうかがうと、呆れた目をしつつも彼女も口もとには笑いを浮かべていた。


 娘たちの様子に気づいたそぶりもなく、ロベールは指示を続ける。


「準備もあるだろうから、実際に来る日はこの子たちと相談してくれまえ。ただしなるべく早く来てもらえるよう、頼むよ。それから男手がないはずだから、誰かひとり準備の手伝いを出してやってくれないかな」

「かしこまりました」


 執事が退出すると、ロベールはヨゼフに向き直った。


「いきなり姉と引き離されたら下の子たちも不安だろうから、嫁入りまでは全員うちにいればいい。貴族の家で働いたと言えば、多少の箔付けにもなるだろうよ」

「ありがとうございます」


 ヨゼフが頭を下げると、ロベールは今度は妻に向かって話しかけた。


「息子の恩人の娘さんを預かって嫁に出すわけだから、嫁ぎ先で大事にしてもらえるよう十分な支度をしてやりたい。そういうのは、きみの得意分野だろう? オリー、お願いしてもいいかな」

「もちろんよ、あなた。喜んで承りましょう。まかせてちょうだいな」

「頼もしいな」


 妻オリアンナが夫に柔らかい笑顔を向けると、ロベールも満足そうに微笑み、妻の肩に手を回して抱き寄せた。

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