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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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未来の筋書き (1)

 クライン子爵はマグダレーナとともにアントノワ侯爵邸にしばらく滞在することになった。


 ランベルトは「婚約者に会う」という口実のもとに、せっせと寮からアントノワ侯爵邸に通っている。そしてリヒャルトがニナから聞き出した話を運んできた。

 リヒャルトは、あの後もニナからちょこちょこ話を聞き出しているらしい。ニナのほうも、リヒャルトという高貴な聞き手が興味を示すのにまんざらでもない様子で、機嫌よく話すのだそうだ。


 リヒャルトからランベルト経由でもたされる情報をもとに、父ロベールとクライン子爵は二人でよく話し込んでいた。しかし具体的な話は、なかなか進められないようだ。というのも、もとになる情報が曖昧に過ぎるからだ。


 リヒャルトはこれ以上ないほどうまく聞き出してくれてはいるが、アンヌマリーたちにとって肝心な部分ほど詳しいことがはっきりしない。たとえば「ロベールが大きな罪に問われることになる」という部分は、具体的にどのような罪に問われるのか知りたいところだ。しかし、そこは「知らない」と突っぱねられてしまうと言う。


 最初ははぐらかしているだけなのかと考え、リヒャルトはニナの機嫌を損ねないよう、数回に分けてそれとなく探りを入れてみたのだが、どうやら本当に知らないらしい、というのが彼の結論だった。


 「一年後にアントノワ侯爵家一家が全員死亡することになる」という部分に関しても、情報は少ない。具体的な死因について尋ねると、ニナは「どうでもいいじゃない」と言うばかりで、情報があるのかどうかさえわからない。それでもリヒャルトは辛抱強く「母国に影響のある話だと困るから、もしわかれば知りたいな」などと言いくるめ、なんとか聞き出せたのが「馬車で国外脱出を図ったところを、追っ手との銃撃戦で死亡する」ということだけだった。


 それでもアンヌマリーは、リヒャルトに深く感謝していた。どれほど情報が少なかろうと、頑張ってくれていることに違いはない。他国の者のためにそこまでする王族なんて、そうそういるものではないと彼女は思う。


 オスタリアの国民性は、実直で義理堅いとアンヌマリーも聞いたことがある。本当にそのとおりなのだと、こんな機会でもなければ知ることもなかったに違いない。

 面白味に欠ける国民性などと揶揄されることもあるが、ランベルトやマグダレーナを見ていればそんなふうには全然思えない。彼らの義理堅さや人情深さは、今の彼女にとっては心の底からありがたかった。


 とはいえ、相変わらず状況は厳しいままだ。

 以前は気づいていなかったけれども、話を聞いてしまった今となれば、確かにアンヌマリーは少しずつ周りから敬遠されつつあるのが肌で感じられた。


 いつしか昼食を一緒にとる相手は、リヒャルトとランベルトしかいなくなってしまった。そのことさえも、陰では「他国の王族に媚びを売っている」と悪意にとられているようだった。


 それを聞いたとき初めて、留学生たちを紹介したときのシャルルの不可解な態度がどういう意味だったのか腑に落ちた。異性に対して必要以上に親しくしようとするとか、学業以外のことしか売りがないとか、もはや言いがかりとしか思えないような難癖をつけてアンヌマリーを非難しているようなのだ。

 しかしさすがに面と向かって言われたことはない。その代わりに、あのようにかすかに険のある態度を示されたということなのだろう。


 最初こそ心に大きな衝撃を感じたアンヌマリーだったが、次第に自分の気持ちに整理がついてきた。どのように整理をつけたかと言えば、要するにシャルルのことを割り切ってしまった。見切りをつけたとも言う。

 どれほど本当のことをわかってもらおうと努力したところで、シャルルの心に彼女の言葉は届かない。だったらもう、好きなように思わせておけばいい。


 そして父ロベールも、娘とまったく同じ境地に至っていた。

 つまり、シーニュ王国に完全に見切りをつけてしまったのだ。


 ロベールの決断を受けて、クライン子爵はオスタリアへ帰国することになった。アントノワ侯爵家の一家を受け入れる準備を進めるためだ。

 ただし娘のマグダレーナは行儀見習いの名のもと、まだしばらく侯爵邸に残ることになった。ランベルトが寮を抜け出すのにちょうどよい口実となるからだ。学院で精神的に疲弊して帰宅するアンヌマリーを支えるためでもあった。


 リヒャルトがニナから新しい情報を得るたびに、婚約者に会うという口実を使ってランベルトはロベールを訪ねてきたが、ある日ランベルトの顔色が非常に悪かった。

 ランベルトを迎えたアンヌマリーは、心配そうに尋ねた。


「ランベルトさま、どうかなさったの? どこかお加減がお悪いの?」

「いや、どこも悪くない。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


 ランベルトは力なく答えて、そのまま気ぜわしそうにまっすぐロベールのもとに赴いた。

 ランベルトの顔色が悪かった理由は、人の生死にかかわる予言を聞いたせいだった。予言の内容は、夕食後にロベールから聞かされた。


「第一王子殿下が、狩猟大会で大けがを負われることになるそうだ」

「わかっているなら、何か手の打ちようはないのですか?」

「ない」


 原因は銃の暴発で、それが第一王子が馬に乗っているすぐ近くで起きてしまう。幸い暴発事故そのものによるけが人は出ないのだが、音に動転して馬が暴走し、第一王子は落馬する。起き上がることもできなくなるほどの大けがを負い、そのまま衰弱してやがて亡くなると言うのだ。


 そこまでわかっているなら、できることがきっとありそうなのに。そう思うと、アンヌマリーは歯がゆかった。

 婚約者のシャルル以上に第一王子とは交流がない。けれども芸術を愛する心優しい人だと、話には聞いている。一度挨拶したことがあったが、確かにそんな雰囲気の人だった。しかし父の言うとおり、アンヌマリーたちにできることなど何もないのだろう。何しろ、当事者である王家の側が予言の存在を信じようとしないのだから。

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