65.大事なのは
そうして学園の休みや長期休暇にあわせて、私とハルト様のお忍び視察が始まった。
お忍びで行く理由は、私の神の加護が知られてしまわないようにだった。
はぐれ神の置き土産は不作だけでなく、魔獣の被害も多かった。
それが、私たちが行って祈ると、魔獣の被害はすぐにおさまる。
不作については次の収穫を待たなければわからないけれど、
魔獣の被害についてはあきらかに違いがわかるものだった。
私とハルト様が被害があった領地ばかりをまわっていると知られてしまえば、
その理由を知ろうとするものがでてくるだろうと。
困ってしまったのは、宿の部屋がハルト様と同じだったことだ。
地方領地で、しかもお忍びだから公爵家の名を出すこともできない。
女性が一人で泊まっていたら襲われることもあるという。
あの厳しいお義父様でさえ、私が一人で泊まることを許してはくれず、
ハルト様と一緒の部屋で泊まるようにと言った。
もちろん、手は出さないようにとハルト様にしつこく言っていたようだが。
宿で目が覚めると、身動きできずに困ってしまう。
なんとかして顔を出すと、ハルト様がうれしそうに私を見ている。
いつからこうして私を見ていたんだろう。
起きていたのなら腕の力をゆるめてくれればいいのに。
「おはよう。起きたんだな」
「おはようございます……起きたので、手を離してください」
「あともう少し。俺の目が覚めるまで待って」
一緒の部屋で泊まっても手を出さないと約束させられていたけれど、
こうして抱きしめられたまま寝るのはいいのだろうか。
お義父様に言えばハルト様が怒られると思うので何も言わないけれど。
しばらくして腕の力がゆるめられたら、ハルト様が近づいてくるのがわかる。
そのままおおいかぶさるように閉じ込められ、ゆっくり口づけされる。
ハルト様が満足するまで口づけされた後、ようやく離してもらえた。
遅めの朝食を取った後、馬車に乗って領地をまわる。
今日の領地は小麦だけでなく、豆の農地も多いそうだ。
「今日の子爵家が終われば、言われていた領地は全部終わりかな」
「そうですね。明日にはまた王都に向けて出発ですね」
「屋敷に帰ると一緒に寝れないからな……もう少しゆっくり帰ってもいいんだけど」
「でも、学園が始まってしまいますよ?
さすがに三学年の初日は休まずに行きたいです。
ローゼリアも心配しそうですし」
「あーそうか。もう学園始まるのか。仕方ない。
あとは結婚するまでお預けか」
本当に残念そうにいうものだから、笑ってしまいそうになる。
こんな会話で笑えるほどハルト様のそばにいることに慣れてきたのだと思う。
出会ってからまだ二年なのに、誰よりも一緒にいる気がしている。
領地を見渡せるような丘や、広い農地の前で何度か祈る。
もう何度こうして神に祈ったか、数えていない。
この領地が元通りになりますように。また作物が実りますように。
もう魔獣が人を襲うことがありませんように。
目を閉じて祈っていると、加護の力が効果あったかどうかハルト様が確認してくれる。
「もう大丈夫。澱んでいたのが消えたよ」
「はい。じゃあ、次の場所に行きましょう」
各地をまわっていると、以前祈りに来た場所を通ることが何度かあった。
はぐれ神の影響があった時とは違い、豊作になって領民たちが活気づいて。
それを何度も見ることによって、ようやく自分の加護の力を認めることができた。
神託の儀式を受けた時、お義父様は私の豊穣の加護をすごい力だと言った。
あの時はそう思えなかったけれど、今なら国としてどれだけほしい力なのかもわかる。
もし、あの時。
先に神託の儀式を受けたのがフルールではなく私だったとしたら。
お義父様から私に神の加護がついたと両親に説明があったとしたら。
そうなったら、両親は私のことも大事にしたかもしれない。
将来的に高い身分の人と結婚する可能性があると思ったら、
もっと大事に育てられていたはずだ。
それはフルールの女神の加護が消えた後、両親から来た手紙で実感した。
やっぱり大事なのはお前だけだ。ラポワリー家を継いでくれ。
そして自分たちを助けてくれ。公爵家なら、王子妃になるなら助けられるだろう。
そんなことが書き綴られていたが、返事はしなかった。
最初からフルールと同じように育てられ、
フェリシーの言うことならすべて叶えようと言われていたなら。
私も加護の力に溺れていたかもしれない。
フルールは三か月前に亡くなった。
普通の食事をせず、ケーキや菓子だけを制限なく食べていたらしい。
これはエミール王子の優しさだったようだ。
寿命が短いフルールが、最後まで好きに生きられるようにと。
十七歳を迎えることなく、たった九か月の短い結婚生活だった。
子爵領地をまわり終え、馬車で宿へと戻る。
隣に座るハルト様がお疲れ様と抱き寄せて頭をなでてくれる。
「これで終わりか。王都に戻ったら父上に報告にいかないとな」
「そうですね。……ハルト様、王子妃の政策決めました」
「本当に?」
「ええ。自然災害の対策をお願いしようと思います」
王子妃の政策というのは、王族として新しく迎え入れられる時に、
王子妃として予算がつけられるので、それを使って政策をお願いすることができる。
シャルロット様は王都と地方を結ぶ三つの街道の整備だった。
私も結婚式までに考えておくようにと言われていた。
「どうしてそれなんだ?フェリシーがいれば必要ないだろうに」
「ええ。私が生まれてからこの国は豊作続きでした。
でも、それはいつまで続くのでしょうか」
「いつまでって……そうか、そんな先のことも考えて」
「貴族が一人いなくなっただけで国が傾くようではいけないと思います。
だから、私がいなくなったとしても不作くらいで傾かないようにしたいのです」
視察に出るようになって、神の加護の力のすごさを実感するようになって、
本当にこれで良いのかと思うようになった。
たった一人の加護に頼っていていいのだろうか。
もし私が事故で亡くなったとしたら、この国はどうなってしまうんだろう。
だから、政策は冷害や日照り、水害の対策をお願いしようと思っている。
何十年後かわからないけれど、その時に困らないように。
「そうだな……俺もフェリシーの考えが正しいと思う。
これから一緒に考えて行こう」
「ええ」
ねぇ、フルール。私はもしかしたら、あなたのようになっていたかもしれない。
両親に愛されて、誰からも褒められて、頼りにされて。
この力に溺れて、嫌な人間になっていたかもしれない。
だけど、私にはハルト様がいる。
間違っていたとしたら、誠実に教えてくれる人がいる。
私の不安に気づいて、これからもずっと支えてくれる。
だから、私はあなたのようにはならないわ。
さようなら、フルール。




