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第六話 忘却の彼方④

それからしばらく、俺はぼんやりする日が増えていった。また、いや、以前にも増して、周囲の人間が、信じられなくなってきた。俺は、人間不信になったのだ。


広場の木陰に背を預けていると、隣りに誰かが座った。


「正義くん、最近、どうしたの?」


顔を上げ、目を剥く。


職員の人だ───あの時の。



"でも、犯罪者の子ですよ? 他の子に危害を加えたりしないか心配です……"



何食わぬ顔で、心配そうな表情をつくった仮面を被って、一体、どんな神経をしてるんだ、と思う。


こんなに腹が立つのに、こんなにも胸が苦しいのに、何で俺は家族のことを何ひとつ思い出せないんだろう。


この隣りの女が知りたいのは、俺の記憶についてだ。俺は、記憶をいつか取り戻す日が来るかもしれない。けど、ここの奴らはそれを良しとはしないだろう。でも、いつかのためにただひたすらに待つのはごめんだ。積極的に行動を起こしたいところだが、感づかれる可能性がある。


だから俺は、ここではいい子を演じよう。俺なりに……。子どもの俺ができることは少ないかもしれない。でもきっと、常に目を凝らしていればチャンスが来るはずだ。


「なんでもないです。ただ……」


「ただ?」


「家族が欲しいなって……。羨ましいんです、俺。学校帰りにお父さんとお母さんに手を繋がれて歩いてる子どもをみると、いいなって」


「正義くん……」


女は哀れむような表情をして、俺を抱きしめた。俺の名を呼ぶその声に、僅かだが罪悪感が感じられた。


(そうだ……これでいい……)


 俺は、女の背に手を回す。


「正義くんなら、きっといい家族が……出来るよ。きっと」


「はい……」



***



それから俺は、また普通の日常に戻り、いい子になった。施設の子と遊び、勉強し、ご飯を食べる。そんな日が続いた。


そして────



"でもきっと、常に目を凝らしていればチャンスが来るはずだ。"



───その時が、来た。



ある日のことだ。施設の子どもたちと俺は、ババ抜きで遊んでいた。


「あはははは! まさにいちゃん、また負けぇ~」


「まさくんって、ほんと弱いよねぇ」


身体を使う遊びは得意なのに、頭を使う遊びは、さっぱりだった。なのに、ここまで職員を騙せて来れた俺って凄いなと思う。周りの大人が間抜けなのか、それとも、子どもは嘘をつかないとでも思っているのか。


手元にある一枚のジョーカーを見つめる。


「正義くんは、頭脳戦はあまり向かないのかしら?」と言ってふふふと声を上げて楽しそうに笑うのは、あの時、俺を抱きしめてきた女の職員だ。


"頭脳戦はあまり向かない"


その言葉に違和感を覚えた。何か思い出しそうな……何だっけ? 今、思い出さなきゃいけないような気がする。それが何かわからないのに、本能が俺に訴えかける。


何だっけ、何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ……思い出せ!


「………っ⁉︎」


瞬間、頭に激痛が走り、頭を片手で押さえ横になる。トランプは握りしめたままだ。


「正義くん⁉︎ 大丈夫⁉︎」


職員は、そんな俺の身体を揺さぶり、声をかけ続ける。


膨大な量の記憶のフィルムが俺の頭になだれ込んで来て、瞳を閉じた瞼の裏に映像が映し出された。


「正義、おまえは頭脳戦向いてないなぁ~」


(誰だ? この男は……)


「そんなことない! 今度こそ絶対、父さんに勝ってみせる」


(これは、俺?)


「ハハハッ! 経験を積めば、いつかは勝てるさ。だが、そうだな……おまえはまず、顔に出ないようにしないと。でも、それがおまえのいいところでもあるんだよなぁ」


俺の手には、トランプのジョーカー(ババ)一枚が握られていた。


(思い出した。俺の父さん)


父さん、父さん、父さん、父さん、父さん……思い出のジョーカーを握りしめ、亡くなった父を呼ぶ。


俺は、閉じられた目を開ける。


能力が発現し、床から渦をつくりながら水を出現させ、空間を水で満たした。


父さんは無罪だ。一体、誰がこんなことを。俺が必ず、犯人を見つけてみせる。たとえ、その相手が超能力者であっても────。



それは、彼の父を想う強い気持ちがそうさせたのか、それとも、パイロキネシスという超能力を持つ父の遺伝子によるものなのか。


誰も知る由はない。


「正義くん、大丈夫?」


「はい、すみません。天気も良くないですし、片頭痛かもしれません。ちょっと横になってきます」


「えぇ、ゆっくり休んでらっしゃい」


俺はトイレに駆け込んだ。


「ふふふくくくくく……」


口を手で押さえて、笑いを堪えた。


あの女は、まさか自分のたった一言で俺がすべてを、思い出しただなんて、思いもしないだろう。


「ようやく、思い出した……」


俺は、やっと前に進めたような気がした。








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