表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/98

第五話 忘却の彼方③

「さ、今日からここがきみの家だよ」


俺は退院してすぐ、児童相談所に連れてこられた。俺に拒否権は一切なかったし、従う他ない。俺は不満気な顔を露わにしたまま、児童相談所へ入った。



***



児童相談所の人たちは、親切な人ばかりだった。よく遊んでくれるし、気にかけるように話しかけてくれた。ここの子供たちは、親に酷いことをされた子もいるけど、児童相談所の人たちのおかげで笑顔が増えていく。俺も俺で、大人たちに対する警戒心が薄れていき、家族のことを気にかけることもなくなっていった。段々と、俺は家族のことを忘れていったのだ。


そんなある日のことだ。夜中にトイレに行きたくなって、事務室の前を通りかかった。


「いやぁねぇ~、あの子、殺人鬼の子じゃない? いつまでここで面倒見なきゃなんないのよぉ」


「仕方がないですよ。子供には罪はないんですから」


「でも、犯罪者の子ですよ? 他の子に危害を加えたりしないか心配です……」


「そんなこと言ってはいけません。正義くんは記憶を無くしてるんです。今は家族のことも何もかも思い出せないんでいるんですから、皆んなで温かく見守っていきましょうよ」


俺は怖くなって後退り、音を立てないようにその場をそっと離れた。そして、走って急いでトイレの個室にこもった。



あれ、は、俺の話? 俺の親は犯罪者、なのか? だから、誰も家族のことを教えてくれなかったのか?



がたがたと全身が震えはじめ、両手で身体を抱きしめて抑える。混乱してぐちゃぐちゃになった頭が段々と冷え切っていき、やがてパズルのピースがぱちりとはまるようにしっくりときて理解する。



誰も何も教えてくれないのは、こういうことだったのか……。



それと同時に、別のショックを受けた。


あの人たちは、俺のことを思って俺の家族のことを話さなかったんじゃない。俺が犯罪者の子だから、記憶を取り戻しでもしたら、危ない人間になると思ったんだ。



全部、全部全部全部全部全部、自分たちのためだったんだ!



俺を気にかけるように話しかけてきた職員との会話を思い出す。


「ねぇ、正義くん。何か思い出したりしてない?」


「すみません。何も……思い出せないんです」


その時、最後に「そう……」と返した職員の顔は、ほっとしたように、緩んでいた。


(クソッ! クソックソックソックソックソッ!)


真夜中のトイレはよく響く。俺は、ぎりりと奥歯を鳴らして、トイレの個室で静かに泣いたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ