第五話 忘却の彼方③
「さ、今日からここがきみの家だよ」
俺は退院してすぐ、児童相談所に連れてこられた。俺に拒否権は一切なかったし、従う他ない。俺は不満気な顔を露わにしたまま、児童相談所へ入った。
***
児童相談所の人たちは、親切な人ばかりだった。よく遊んでくれるし、気にかけるように話しかけてくれた。ここの子供たちは、親に酷いことをされた子もいるけど、児童相談所の人たちのおかげで笑顔が増えていく。俺も俺で、大人たちに対する警戒心が薄れていき、家族のことを気にかけることもなくなっていった。段々と、俺は家族のことを忘れていったのだ。
そんなある日のことだ。夜中にトイレに行きたくなって、事務室の前を通りかかった。
「いやぁねぇ~、あの子、殺人鬼の子じゃない? いつまでここで面倒見なきゃなんないのよぉ」
「仕方がないですよ。子供には罪はないんですから」
「でも、犯罪者の子ですよ? 他の子に危害を加えたりしないか心配です……」
「そんなこと言ってはいけません。正義くんは記憶を無くしてるんです。今は家族のことも何もかも思い出せないんでいるんですから、皆んなで温かく見守っていきましょうよ」
俺は怖くなって後退り、音を立てないようにその場をそっと離れた。そして、走って急いでトイレの個室にこもった。
あれ、は、俺の話? 俺の親は犯罪者、なのか? だから、誰も家族のことを教えてくれなかったのか?
がたがたと全身が震えはじめ、両手で身体を抱きしめて抑える。混乱してぐちゃぐちゃになった頭が段々と冷え切っていき、やがてパズルのピースがぱちりとはまるようにしっくりときて理解する。
誰も何も教えてくれないのは、こういうことだったのか……。
それと同時に、別のショックを受けた。
あの人たちは、俺のことを思って俺の家族のことを話さなかったんじゃない。俺が犯罪者の子だから、記憶を取り戻しでもしたら、危ない人間になると思ったんだ。
全部、全部全部全部全部全部、自分たちのためだったんだ!
俺を気にかけるように話しかけてきた職員との会話を思い出す。
「ねぇ、正義くん。何か思い出したりしてない?」
「すみません。何も……思い出せないんです」
その時、最後に「そう……」と返した職員の顔は、ほっとしたように、緩んでいた。
(クソッ! クソックソックソックソックソッ!)
真夜中のトイレはよく響く。俺は、ぎりりと奥歯を鳴らして、トイレの個室で静かに泣いたのだった。




