第七十五話 リスクを知らず、服部和毅は── ②
占い師の女と出会ったあの日から二年が経過した。
俺は愛人である愛理の家にいた。自分が愛した女であれば、幼少期はどんな風に過ごしただとか、学生時代はどんな男と付き合っていただとか気になってしまうもので、度々、愛理のアルバムを見ていた。
「もう! かずちゃんってば! また私のアルバムみてる‼︎ 恥ずかしいから見ないでって言ってるのにぃ!」
恥ずかしさからか赤面した愛理が横からアルバムを掻っ攫うと、ひらりと写真が一枚抜け落ちて床に落ちた。
拾ってみれば、
「恋人?」
愛理と、愛理の背に愛おしそうに手をまわしている男の写真だった。写真の向こうの愛理は少し若いから、俺と関係を持つ前の彼氏か?
「かずちゃんの前のね! でも、浮気されたのでバイバイしましたー!」
両頬を膨らませてブスくれた顔でそう言った愛理は、俺の手元にある写真も掻っ攫った。
あの写真を見た時、俺の心にどす黒いものがこみ上げてきた。怒り、そして嫉妬だ。昔のことだから仕方がない、愛理が誰と付き合っていようと愛理の自由だと頭では理解できている。だが、感情のコントロールが難しい状況だった。
独占欲が強く、激しい嫉妬を抱くようでは愛理に嫌われてしまう。それは嫌だ。
「そっか、今は俺だけだよな?」
「もちろん!」
自分は良くて愛理は駄目だとか、言ってる自分に腹が立つし反吐が出る。でも、妻に離婚をほのめかしても聞き入れてくれない。
俺には愛理だけでいいのに……。
別の日、俺はまた愛理の家を訪れていた。あえて愛理のいない日を見越して。合鍵を手渡されているから、いつでも入れる。
何故そうしたのかは、わからない。ただ、胸がざわざわする。身体中の血液が意思を持って動いているように感じ、ゴーっとした音を鼓膜に知らせた。俺の行動を、俺の身体をめぐる血液が、いや、別のものに糸を繋げられ操られているような、不思議な感覚だ。
愛理は俺のものだ。こんな執着めいた感情を悟られたくない。でも、アルバム全てのページを開いて、知りたい。愛理の全てを。
アルバムのページを焦るようにバサバサとめくり続ける。探すのは、愛理の昔の男。どんな男だった? 見た目のいい男か? 性格のいい男か? 歳上か? それとも、歳下か?
「あった……」
そのアルバムのページは、あの時アルバムから滑り落ちた一枚の写真だった。
奥歯をギリリと噛み締める。これは嫉妬だ。俺はこんなにも心の狭い男だったか?
男の顔を指でなぞり、そして、
グシャッ……
押しつぶした。
瞬間、身体の重りが、一気に抜け落ちるような感覚がした。
「な、なんだ、これ」
両手の掌を見て、次に自身の身体を見てみれば、身体に人間の色味はなく、全身蒼く透けていた。そして、俺の身体は重力に逆らい宙に浮いていたのだった。
「これが、俺の能力……」
すっかり頭の中から消去されていた占い師のことを、俺は思い出した。
そして、目の前には当時愛理と付き合っていたであろう男がそこにいた。




