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第七十四話 リスクを知らず、服部和毅は── ①

連れてこられたのは、こじんまりとしているものの、落ち着きのあるBARだった。表には目立った看板はなく、店は小さく、大通りからはなれ細い道を入ったところにあり、この辺の人々くらいしか来はしなさそうだというのが印象だった。


店の中は客は三人しかおらず、マスターとおぼしきロマンスグレーのご老人は、グラスを磨いている。


居酒屋といった汗臭いおじさんがいるような飲み屋はよく行くが、こういった洒落たBARは初めてで、何を注文していいかわからなかった。それを察したのか、女がオススメを代わりにチョイスしてくれた。正直なところ、うまくて、あまり高くないものだったら何でもいい。


「お待たせ致しました」


「これは?」


目の前にマスターがグラスを置いた。中には黄色から透明のグラデーションになったカクテルが注がれている。


「マスターのオススメよ。まぁ、お兄さんをイメージしたカクテルね」


「へぇ……」



オススメでその人をイメージしたカクテルを作ってくれるのか。



飲んでみれば、口当たりは良く、甘い割にはどろっとしておらず、ジュースのようにサラサラしていて飲みやすい。飲みやすくても、度数があるだろうから気をつけなきゃな。


「で、力はどうやって手に入る?」


カクテル一杯だけで、酔いがまわる訳じゃないが、その可能性が零じゃないので早いところ聞いておきたい。


「おや、お兄さんの昔話は聞かせてくださらないのですか?」


「力が商品とすれば、俺の昔話が代金。目に見えない商品に対して代金を先に払わなきゃいけねぇのか?」


その言葉に女は髭が生えてもいない顎を指で撫で視線を上へやって考えるそぶりをすると、視線を俺へ向ける。


「ふむ。まぁ、いいでしょう。簡単に言ってしまえば力を得るためには、薬を服用します。服用し、一時間程経過すれば何らかの力が開花しています」


「薬? おいおいまさか……」



薬物かよ⁉︎ 俺がやるとでも思ってんのか⁉︎



明らかにギョッとした俺を見て、女は気の抜けた声で笑って顔の前で手を仰いだ。


「いやいや、覚醒剤とかそんなやつじゃないですよ。現に私、そんな中毒者みたいな顔してますか?」


ローブの中から覗き見える顔は健康そのもので、一見して薬物使用者とは思えない。とはいえ、俺はニュースでたまに見るそれらの人しか知らないが。


「いや……じゃあ、何らかの力っていうのは?」



てっきり、女と同じ力が手に入る、そう思っていたが、違うのだろうか?



「そのままの意味ですよ。開花してもどんな力が開花したのか、どんな条件で力が発動するのかは誰にもわからないんですよ」


「なんで俺に?」



──声をかけたんだ?



誰でもよかった?


なんで開花させたい?



「誰でもよかったんですよ。でも、本当に力を欲する人の方が開花する確率が高いということがわかりまして。占い師ですから、こうみえて、人を見る目はあるんです。そして、私にはほしい能力があるんですよ」


女はクイッと白いカクテルを飲んでから口を開いた。


「回復に関する能力者を求めています。私の妹が難病でしてね」


「そう───」



なのか。


続くはずの言葉は、酷い吐き気と頭痛に襲われて発することができなかった。


ぐらっと頭部が揺れて、カウンターテーブルにガンッと勢いよく打ちつけてしまった。痛みは、先に襲ってきた頭痛よりも軽くほとんど感じなかった。



目が重い。耳が遠くなる中で最後に聞こえた女の声、



"ジン・サイドカー……私の名前よ"



目蓋を持ち上げれば、いつのまにか家のベッドにいた。



夢、だったのか?



カッターシャツのままだったらしく、クシャクシャになって皺がついている。掌に息を吹きかけ、臭いを嗅いでみれば昨夜のカクテルの匂いがした。



夢じゃ、ない? カクテル一杯で、あの二日酔いのような痛みと吐き気、まさか薬を盛られた⁉︎



薬物服用の確認はできないが、取り敢えず服を乱暴に脱いで注射器の跡がないかを確認するが見当たらない。次に鞄から財布を取り出して現金を確認するが、金は抜かれていなかった。薬物服用に関しては、日が経てば抜けていくだろう。そもそも服用したのかわからねぇ。



あのまま酔ってタクシーでも捕まえて帰ったのか?



記憶を辿るが思い出せなかった。出社の時間が迫っている。考える時間はないので、家を出る用意をした。身体に異変は一切ない。


それからしばらく、上司に怒鳴られ、加藤への憎しみが募る日々が続き、占い師との出来事も徐々に忘れていった。


そして、俺の身に変化が起きたのは、二年が経過した頃のことだった。


「な、なんだ、これ」


両手の掌を見て、次に自身の身体を見てみれば、身体に人間の色味はなく、全身蒼く透けていた。そして、俺の身体は重力に逆らい宙に浮いていたのだった。



「これが、俺の能力(ちから)……」





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