第六十四話 収束2
『どうしたんだい?』
『あ、雑務課の──』
監視カメラが課長の姿を捉える。
『服部が……』
警官は説明を試みるが、名前を挙げて視線で訴えるのみに終わる。
『もしかして、この子があの服部?』
課長が赤ん坊になった服部を抱き上げて、あやす。そのままの状態で、一通り経緯を聞いた課長は、サイズの合っていない服を引っ剥がして、服部を全裸にし、デスク上に置いた。その様子をあわあわと落ち着きのない警官が見守っている。
白いゴム手袋をはめると、ぐるりと服部の身体を回しながら何かを探すように課長は眉間に皺を寄せ、真剣な面持ちで診ていく。
『この事件もか……』
小さな呟きであったにもかかわらず、取り調べ室にその声がよく響いた。
『これ、見てくれるかな?』
『これは──⁉︎』
『ま、さか⁉︎』
課長の呼びかけに一言発して、続く言葉を失い警官は口が半分開いたままになる。
課長は、服部の左大腿の付け根を警官に診せていた。そこにあったのは、直径一.五センチメートルの円形の腐食痕だ。腐食痕とは、人間が白骨に至るまでの現象が、何らかの原因で生きている人間にあらわれることをいうらしい。この腐食痕という言葉が使われるのは、課長が車で話していた例の関連事件でしか使われていないようだ。ぱっと見、それは打撲にも見えなくもないが、人間が白骨化の過程をたどる上であらわれる腐敗段階の暗赤褐色とよく似ていた。
俺が居なかった間の監視カメラ映像は、課長がピックアップしたものだけを全て見せてもらった。
服部の身体に、日を追うごとに腐食痕が染みのように広がっていくのがわかる。同時に、生まれたばかりの赤子のように元気に泣いていた服部は、段々と元気をなくし泣き声も小さくなっていった。
パタリとパソコンが音を立てて閉じる。閉じたのは、課長だ。
「これで全部だ。正人くん、ちょっとついて来てもらえる?」
「はい?」
指示に従い、黙って課長について行く。
「あの、他の皆さんはよかったんですか?」
「うん、他の皆んなは知っているからね」
そう言って俺が連れてこられたのは、
「"遺体安置室"ですか……」
嫌な予感がし、ドクリと心臓が音を立てる。全身の毛穴から汗ふきでるのを感じた。課長には事前に説明を受けていた。服部は長くはもたないって。
けど、こんなにも早く?
遺体確認を済ませていない今、考えるのはよそうと首を振って紛らわし、安置室に入る課長の後へ続く。
「正人くん、視てごらん」
課長の促す声に心臓がひとりでに暴れているかのように拍動音が耳の鼓膜を叩きつける。俺は拳を作り、掌に爪が食い込むくらいに握り込み意を決して服部がいるであろう台に近づく。
「服部……」
殺人犯に同情するつもりなんてなかった。
でも、これは違う。こんなのは絶対に違う。どんなルートを使って超能力を得たのかわからない。これが同意の上で超能力を得た結果だったとしても、こんな死に方はあんまりだ。超能力者を生み出す薬物がなければこんなことにはならなかったかもしれないのに。しかも、その犯人は父さんを殺した犯人かもしれない。
服部は犯罪者だ。
でも、同時に被害者でもある。
俺が、俺たちが絶対に捕まえてみせる‼︎
父さんを殺し、無実の罪を着せた犯人、服部を殺した犯人を───。
俺は鼻と口を片手で覆う。ぎりりと奥歯で悲しみ、恨み、怒りを含む複雑に絡んだ感情を噛み殺した。
「正人くん、大丈夫かい……?」
俺を気遣う言葉と共に、肩に課長の手が乗せられる。
「はい、すみません。有難うございます……」
服部の遺体は、あった。
だが、それは事前に見せられていた監視カメラ映像を見ていたからこそ、かろうじて確認できるレベルだった。
あの映像を観ていなければ、服部かどうかも判断が困難だったかもしれない。
俺がそう考えたのは、服部が赤ん坊の姿をとっていたからじゃない。服部の顔も身体も、腐敗が進行し過ぎていて、ほとんどヒトの形をとっていなかったからだ。
俺と課長は、遺体安置室を後にした。
死後数時間前後に発生する腐敗ガスの臭いから解放される。
それが、服部の死を決定づけているようで、俺は現実を受け止めざるを得なかった。




