第五十九話 隠蔽
隠蔽? あんな大きな事件を?
そんな──
「大規模な事件だったからこそ、隠蔽が必要だったんだろう」
弟が俺の表情から疑問を汲み取ったのか、説明する。
「服部の事件と過去の事件との関連性を話してるのに、十六年前のことを持ち出したってことは、関係があると考えてもいいだろう。あの事件の前から追ってんのに尻尾すら掴めていないような犯人だ。そんな中でのあのテロだぞ? 最初から誰かに罪を着せる気だったんだろうな。国民の騒ぎをおさめる方を優先したんだよ警察は──」
雑務課が設立されたのは、あのテロ以降のこと。それまで、今いるメンバーは別々の部署だったわけだが、テロ事件の隠蔽工作に彼等が関わっているかどうかはわからない。
雑務課以外の連中もだが──。
メンバーの顔が脳裏に過ぎる。
皆んな優しくて、堂々と隠蔽なんかしているようにはとても見えない。それは今回の捜査に関しても。彼等と接していて、それが表面的な優しさじゃないことがわかる。課長に関してはなんとも言えないところだが、短い期間であっても彼等と関わってきた確かな時間を否定したくない。
即座にメンバー関与について否定の言葉を述べようと、やや伏し目がちになって床を見つめていた視線を上げ、弟の顔に移し、口を開いたが発声までには至らなかった。それは、弟が傷ついたように眉をひそめ、下唇をギリリと噛み締めていたからだ。とても否定する気にはなれなかった。
揺れ動く弟の視線がカチリと俺と交わる。
俺の心情を察し、気遣ったのかスイッチが切り替わったかのように先程の表情とは打って変わって緩んでいた。それは、俺の表情がわかりやすいためなのか、弟が察するのが上手いのか、双子特有のテレパシー的なやつの影響なのか。日頃の周囲の俺に対する評価からして、前者の可能性が高い気がする。とはいえ、スイッチの切り替えができるくらいの心の余裕はあるみたいで安心した。
「アンタ、課長によく『隠蔽ですか?』なんて聞けたな。そん時俺が聞いてたら、絶対言わなかったぞ。組織を敵に回すような発言とか」
言ってしまったものは仕方がないが、そこを突かれると痛いものがある。慎重さに欠ける発言だったことに今更ながらに気がつく。
「いや、だって、やっぱり気になるだろ?」
弟はやれやれと首を横に振った。『これだから兄貴は』とか思っているに違いない。口に出して言わないってことは、もう言うだけ無駄だと思ったからなんだろう。
「でも、ある意味今回はそれでよかったのかもしれねぇな。
アンタのその性格だからこそ咎められなかった可能性もある。
だが、隠蔽が日常的に行われているから何も感じていないが故に話したって可能性もあるけどな」
「そこまで頭回らなかった……。勢いでそれも聞けたらよかったんだけどな」
天井を見つめて側頭部の髪をがしがしと雑に掻いた。
「や、やめろよ⁉︎ 俺のいねぇところで問題まき散らされるとか溜まったもんじゃねぇーわ……」
「じゃあ、聞かなくてよかったのか?」
「情報は多いに越したことはねぇけど、好奇心だけで突っ走ってりゃそれだけで危険度が上がる。優先すべきは俺たちの命だろ? そのイノシシみてぇな一直線に突進しか出来ねぇ考え方はとっとと捨てろ」
「イノシシみたいって、失礼だな本当に……」
いまの弟の言葉が聞けて良かった。
俺は弟のいない間、能力を発動して十分に気をつけていたはずだった。だが、課長と二人の車内で俺は好奇心が先走って聞いてしまった。隠蔽のことを──。俺は自分だけじゃなく、危うく弟まで危険にさらしてしまうところだったんだ。
弟のイノシシみたいって発言にはちょっと傷ついたけど、本当にそうだと納得する。一直線に突進するだけではなく、時には立ち止まって考えられるイノシシには昇格できるよう努力しようと俺は思った。イノシシから早々に脱出したいけど、性格はすぐに直せるものじゃない。
その日が来るのは一体いつになるのやら……。




