第四十九話 嘘は真実に真実は嘘になる
"あー、ごめんね? 正人君。以前、ソフィア君がきみに『なんで魂を二個持っているのか』って言ってたの覚えてる?"
課長がそう言って、俺がそれに返した辺りからだろうか。
聞こえてくる音に左右差があることに気がついた。左耳に音が入りにくくなったような違和感があった。
はじめは病み上がりだからだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。
此処にはない音が左耳だけに届いていた。息切れをするような早い呼吸音、苦しそうに咳をする音が俺の鼓膜を叩きつける。
聞こえてくる音があまりにも近すぎて、その音の出どころが俺ではないかと一瞬疑ったが、違った。現に、俺には苦しさはない。
メンバーの顔を見る振りをして探るがやはり違う。
じゃあ、この音の出どころは───?
まさか。
弟は普段、共有しか使わなかったはずだ。
なのに何で今、左の聴覚置換なんだ?
もしかして、共有が使えない状況なのか?
俺の魂について、深く掘り下げて聞かれずに済んで本当によかったと胸をなで下ろしたが、いつもなら弟が上手いこと対応してくれていたのに今回はそれらしいことがなかった。
この時点でもう、感覚共有が解かれてしまってるってことなんだろう。
なんで、そんなに苦しそうなんだ?
もしかして、誰かに襲われた?
でも、おまえのことは知られてないはずだ。
もしかして、おまえにも服部の時のダメージが───。
弟の状況、状態、安否がわからない今、心配だった。今すぐ連絡をとりたいが、弟の携帯電話の電話番号もメールアドレス、その他SNSの連絡手段を俺は一切知らない。
俺たちは、俺たちの関係を他の誰にも知られてはならない。だからこそ、赤の他人を演じなければならなかった。徹底して、お互いの連絡先も登録するのを避けた。
メンバーの話にきりがついたところで、俺は口を開いた。
「あの、すみません。ちょっと電話してきていいですか? 日曜日に約束してた奴がいたんですけど、俺意識なくて連絡取れなかったんで」
俺は嘘を吐くのが苦手だ。すぐに顔に出てバレてしまう。友人にも弟を含む身内にも"おまえは嘘を吐くと直ぐに顔に出るよな"と言われてしまうほどだ。
自分でも嘘を吐く時、表情筋が強張るのを自覚できてしまうから、本当に顔に出やすいんだなと思った。
だが、嘘偽り無く本当のことを話す時は強張りを感じたことはないから顔に出ることは一切ないのだと思う。
つまり、俺は本当のことだけを話せばいいってことだ。
だから俺は足らない頭で考えて考えて考えた挙句、口を開いたのだ。
"あの、すみません。ちょっと電話してきていいですか? 日曜日に約束してた舞ちゃんって子がいたんですけど、俺意識なくて連絡取れなかったんで"
「舞ちゃん」というのは、いま俺がはまっている疑似恋愛ゲームの攻略対象の女性だ。因みに巨乳。
思い浮かべた約束の相手は人ではなく、ゲームの中の人だけど、真実であることには変わりはない。そして、その舞ちゃんとは日曜日に水族館デートをする約束だった。
案の定、俺の表情筋は強張らなかった。
この特技は、今のところ俺しか知らない。




