第四十五話 お見舞いの品
俺は首の違和感に気がついて、視線を下へ移した。
そこにあったのは、
「え、何ですかコレ⁉︎」
お守りが複数連なったネックレスだった。
「多い方が効き目あるかと思ってな……」
ええと、五穀豊穣に安産祈願、金運、開運、恋愛成就、交通安全、無病息災、厄除……。
今回のことで言えば、無病息災と厄除以外は無関係な気がするんだけど……。
安産祈願って、俺男だし子供産めないし、あげるような恋人すらいないし……あ、ちょっと悲しくなってきた。
俺は顔色を窺うようにじりじりと士郎さんの顔を覗き見る。
非常に真剣な顔だった。
安産祈願……冗談じゃなかったらしい。
質より量ってことで、何の御守りか拘らずにいっぱい買ってきてくれたんだろうな。
「有難う御座います。うわっ!」
笑顔でそう感謝の言葉を述べると、士郎さんの口角が一瞬持ち上がってまた頭をくしゃっと撫でられた。
「で、アレは何ですか? 」
今度は、ベッド横に置いてある物に視線を移して聞いた。
「バラよぉ~鉢植えだから、家でも楽しめるわよぉ!」
バラの鉢植えは、昔の風呂釜くらいの大きさだった。
横に傾ければ家に入るかな……?
「因みにどうやって運んできたんですか? 台車ですか?」
「え? 普通に運んできたわよ?」
「えぇ⁉︎ 素手でですか⁉︎」
「もちろんよ!」
「凄いですね⁉︎ 有難う御座います!」
そんな"これが普通でしょ"みたいな顔されても……よく腕折れなかったな、流石、鍛えてるだけあるなぁ。
「正人くん! 私からはコレよ!」
"はい!"とソフィアさんから手渡されたのは、紙袋に入った……おそらく分厚さからして本だろうか?
袋から出してみれば、
「"素人◯◯ボディ"って、何持ってきてるんですか⁉︎」
中身は、エロ本だった。
思わず声を荒げた俺、絶対悪くないと思う。
間違いなくソフィアさんが悪いと思う。
「もぉ~そんなに嬉しかったの? 顔真っ赤にしちゃって~」
と言いながらソフィアさんが俺の頬をつんつん突いてくる。
その言葉を聞いて羞恥心のあまり更に顔に熱が集中し、顔を手で覆いたくなる衝動を抑えるために一度本をベッドに置いて膝上に置いた手で拳を作り、さらに奥歯に力を入れてぐっと堪えた。同時に眉間に皺が寄る。
顔熱いなって思ってたけど、人にわかるくらいに赤くなってたのかよ、俺。マジで恥ずかしい。最悪だ。
「そう虐めてやるなよ、ソフィア。後輩、これは俺が処分しといてやる」
そう士郎さんが言うと、先程俺がベッドに置いたエロ本を紙袋に入れ手持ちのバッグに仕舞った。
「えぇー! せっかく買ってきたのにぃー!」と両頬を膨らませながらブーブー士郎さんに文句を言うソフィアさんを余所に「有難う御座います……」と俺は士郎さんに御礼を言った。
……え? 俺、何でちょっと残念って思ったの⁉︎
「士郎君、後でそれ私に頂戴」
直後、課長が士郎さんに耳打ちしていた。
聞こえてますからね、課長。
俺は課長にジト目を向けた。
はぁ、素直に口に出して欲しいって言えるっていいよな……って、羨ましくなんてないから⁉︎ 絶対!
俺は首をぶんぶんと横に振った。
「ああぁあ~し、士郎君、なんてことを……!」
士郎さんはしつこい課長の目の前で、そこそこ分厚いエロ本を真っ二つにそして更に細かくビリビリに破った。
「ソフィアが後輩のために買ってきたものです。あなたのためにソフィアが買ってきたものじゃありません」
あぁああ………男のロマンが……って断じて違う!
でも、士郎さんの腕力凄え!
時間あったら鍛え方教えてもらおうかな。
「後輩! ワタシの悪霊退散グッズだ! コレでもっと元気になるゾ!#/$€%」
歩さんから椿先輩が用意してくれた袋を受け取った。
悪霊退散カレー?
パッケージのカレーは白かった。
白さの原因は一体……。
お清めの飲む塩水?
ただの塩水だよな……お清めってどう清めてるんだろ。
呪いを弾く藁人形?
寧ろ呪われそうなんですけど……。
その他諸々……軽く二十個くらいはあった。
全部怪しいけど、気持ちは凄く嬉しい。
「有難う御座います! 次、取り憑かれそうになった時のためにバッグに常備しておきますね!」
あれ? 俺、いま上手くかわしたな……この言葉は弟か。有難う! しばらく食べなくて済むよ!
まぁ、いずれ食べるけど……。食べる時、あいつも巻き込もうかなぁ。
そう考えた瞬間、
「いッ!」
俺は自分の膝を抓っていた。
どうやら弟は手の感覚のみを一瞬、感覚置換に切り替えたようだ。
はいはいわかったよ、兄ちゃん一人で食べます。
「私からはこれね」
課長がいつものにこにこした顔で分厚い封筒を手渡してきた。
封筒を開けて中身を取り出す。
「え………?」
入っていたのは、
「お金だよ!」
「「「「生々しいわ!(#/$€%)」」」」
清々しい笑顔で言った課長に、俺以外が全力で課長にツッコミを入れた。
「まぁまぁ、今回初めてだったけど正人君に随分と身体張ってもらったしね。私からのご褒美だと思って受け取ってほしい」
「有難う御座います。課長、これいくら入ってるんですか?」
「後輩……?」
と士郎さんが小さな声を零し、士郎さん、歩さん、ソフィアさんが目を見開いて俺を見ていた。椿先輩はわからない。
「十万円入ってるよ!」
「課長」
「うん?」
「確かに俺は身体張りましたけど、皆さんだって同じくらい頑張ったんです。だから、このお金は受け取れません」
俺はそう言って束になったお金を封筒に収め、課長の胸に押し付けた。どうやら課長は受け取るつもりはないらしい。
「じゃあ、受け取ってくれないの?」
課長は表情を変化させることなく、首を傾げて俺に問う。
「お金は受け取れません。そのかわり、事件が正式に終わった後、いいお店に俺たちを連れて行ってくださいね!」
俺はニカッと歯を見せて、笑って言った。
「君らしい回答だねぇ。いいよ! オススメの高級レストランにでも皆んなで行こうか!」
そう言ってようやく課長が胸に押し付けられた封筒を受け取ってくれた。
「有難う御座います! 課長!」
「「「やったー!(#/$€%)」」」
「やりぃ~正人くん!」
ジャンプして大はしゃぎするソフィアさん。
「正人くん、最高ねぇ!」
「うわぁっ!」
俺の頭がたくましい歩さんの胸板に押し付けられた。
うん。いい大胸筋だ!
「よく言ったな後輩。てっきり俺はおまえが金に目が眩んだのかと思ってしまった。本当にすまない」
申し訳なさそうに眉を下げて士郎さんが謝罪してきた。
「えぇ⁉︎ 俺、そんな風に見られてたんですか⁉︎」
「あ、ごめーん。私も同じこと思ってた」
『てへへ』と右手を後頭部へやり笑ってソフィアさんが誤魔化す。
「ソフィアさん⁉︎」
「実はぁ、私もぉ……」
抱きついていた歩さんが離れ、頬を指でかきながら俺から視線をふいっと逸らした。
「歩さん⁉︎」
「スマンな、後輩#/$€%」
椿先輩は、表情がわからないけど。
「椿先輩⁉︎」
俺は最後に課長を見た。
「………」
無言の圧を感じた。
どうやら答えるつもりはないらしい。
無言は肯定とみなしてもよろしいですか?




