第四十三話 お見舞い
俺は兄貴の意識状態を把握するため、感覚共有を発動したのだった。
暗ッ! 重ッ!
マジかよ………やっぱ意識……ない?
能力を発動した瞬間、俺の視界は暗闇に包まれ、目蓋を開くのさえ困難であった。共有から置換に切り替わるぎりぎりの所を攻めて刺激をしても開く気配を全くみせない。
兄貴……。
開けかたはわかっているのに実行できないもどかしさを共有し、俺は兄貴の回復を願い呼びかけた。
兄貴……ごめん………。
俺の得意とするのは頭脳戦で兄貴の得意とするのは接近戦だった。俺の援護とは違って、能力を発動しながら服部と対峙したのはかなり兄貴へ負担になってしまったのかもしれない。
兄貴の身体能力の高さを俺はよく知っていたし、心の底から信頼していた。だからこそ過信し過ぎてしまった。
兄貴の身体能力の高さがより発揮される場面というのは、非能力者に対してだったのにそれを超能力者相手と同様に考え援護してしまったのは俺の落ち度だろう。
リビングのソファーに座る俺の本体の頬を涙で濡らした。
感情の揺れで集中が途切れ、感覚共有が解除されかけたがどうにか踏み止まる。
頬を伝う涙を袖で拭い、一度深呼吸をして落ち着かせ感覚共有を継続した。
コンコンコン。コォー……。
これは……ノックとスライドドアか?
兄貴の意識はないものの、聴覚は失われていないようだ。
コツコツと床を響かせる足音は、段々と大きくなる。
この足音……ブーツか? ってことは歩さんか?
兄貴の右耳の聴覚を刺激した足音がピタリと停止した。
「正人く~ん、調子どぉ? 今日はお花持ってきたわよぉ~」
声の主はやはり歩さんだった。
直後、
臭ッ! 匂いキツッ!
鼻をつんざく花の匂い。恐らく歩さんが花を兄貴の鼻へ近づけたのだろう。
嗅覚も失われていなかったようだ。
「匂ったかしらぁ? やっぱり真っ赤なバラはいいわよねぇ~。鉢植えにしたから退院してからも楽しめるわよぉ」
オイオイオイオイ!
兄貴に何の恨みがあってそれを選んだんだよ!
マジであり得ねぇ……。
血を連想させる赤い花は駄目だろうが!
匂いのキツイ花も患者に対して迷惑だ!
鉢植えは持っての他、根付くってことから寝付くっていうイメージがあるから縁起が悪いって常識だろうが!
花贈るなら、ガーベラ辺りが妥当だろ!花言葉知らねぇーのかよ! 希望だぞ希望!
兄貴に愛の花贈ってどうすんだよ!
愛があるなら、縁起の悪いもん持ってくんなよ!
いやいや、あっても困るけどさぁ……。
再び三度のノックの後、ドアの開く音がした。
歩さんが出て行った気配はなく側にいるので、恐らく別の人物が入ってきたのだろう。
今度は誰だ?
「どうだい歩君?」
この声……課長か。
「うわぁ~、鉢植えの真っ赤なバラ。縁起悪ッ! 歩君、お金は出すからもうちょっと縁起のいい花を買っておいで。もし正人君に何かあったら、このバラと関連付けて考えてしまうよ……」
課長が常識人でマジで良かった……。
「んもぉ~。たかがバラよ? 人を殺す力なんて無いわよ。それに折角、正人くんのために買ったのに勿体ないわぁ」
「う~ん。確かに立派な鉢植えだしねぇ。まぁ、あったらあったで、正人君喜びそうだしこのままでいっか」
オイオイ、納得してないで説得しろよ課長ッ!
確かに兄貴は喜ぶだろうけどさ!
ってか立派な鉢植えって何ッ⁉︎
一体どんな鉢植えなんだよ!
「ねぇ、このバラって何本あるの?」
「百八本よぉ」
百八本⁉︎ 意味わかっててこの本数なのか⁉︎
確信犯なのか⁉︎
百八本のバラは"結婚して下さい"って意味だぞッ! ねぇ、うちの兄貴狙ってんの⁉︎
「すごいねぇ……」
課長ッ⁉︎ 感心した声出してねぇで今すぐそのバラ即刻撤去しろよ!
俺は意識の無い兄貴を余所に、一人悶々としながらリビングで頭を抱えたのだった。




