第三十八話 高良正人は静かに眠る
正人はチェリーブロッサムプラネタリウムから五.五キロメートル先にある東京都目黒区東が丘二丁目の目黒医療センターに運び込まれた。
「転倒による額の出血のみで特に命に別状はありません。倒れたのは恐らく疲労によるものでしょう」
それが医師の診断だった。
しかし、正人は二日経過しても目を覚ますことはなかった。
真っ白な個室に静かな呼吸をして眠る正人は、薄緑の病衣を着させられ、額には包帯が巻かれ、左手の甲には生理食塩水を体内へ入れるための点滴が一本繋がれ、さらに、手首には入院患者を識別する正人の名前が入ったリストバンドがはめられていた。下肢には尿道カテーテルがのびている。
空いている一つの窓から風が吹き込み黄色いカーテンを押し上げると、風が正人の髪をふわりと撫でる。
正人の表情は硬いままで目蓋はぴくりとも動く気配をみせなかった。
その様子を雑務課のメンバー四人は静かに見守っていた。椿は通話とカメラ機能が搭載されているロボットで雑務課の一室から正人を見守る。
コンコンコンと三度のノックの後、ドアが開く。
「やぁ、様子はどうだい?」
入ってきたのは総務課長の透だ。
「ずっと眠ったままー……」
ソフィアが正人の眠るベッドに肘をついて正人の頬をつんつんと指で突いた後、点滴が繋がれていない方の手をとった。
「ちょっとぉ! 何やってんのよこのビッチがぁ!」
ソフィアが正人の手を自身の服の中にズボッと突っ込んで持ち前の巨乳で挟んだのだ。
「いったぁ! そっちこそ何で叩くのよ!」
それを目の当たりにした歩がギョッとしソフィアの頭頂を叩いた。
「正人くん私のおっぱい好きだったから触ったら目ぇ覚ますかと思ったのよ!」
「しかし、病人に手を出すのは良くないぞ……」
士郎が眉をピクピクさせてやや引き気味に言う。
「病人じゃないからといっテ誰にでも手を出していいわけでもないですけどネ#/$€%」
椿は相変わらず辛辣だった。
「こりゃ正人君に被害届を出して───」
「私も警官ですけど! 一応!」
病室に軽口をたたく声が響き、直後静寂に包まれる。
雑務課のメンバーの声に刺激され、目を覚ますのではないかという僅かな期待で、彼等の視線が正人の顔に集中する。
しかし、正人の髪が風に揺れるだけで表情に変化は一切ない。
彼等の表情は曇り、静寂が重みを増した。
正人を煽り役に推薦したのは間違っていたのではないか、もっと他に方法があったのではないのか、超能力を持つ犯罪者を相手にするにはまだ日が浅すぎたのではないか、しかし、経験を積んだ自分たちでは服部和毅に警戒される可能性もあったから仕方がなかったのかもしれない、それでも───。
彼等の中で後悔と自問自答が繰り返えされた。
それを宥める人は誰一人としておらず、彼等は沈黙を継続する。
「ねぇ?」
その沈黙を破ったのは透だった。
上司としてフォローしなければならないと透は声を掛ける言葉を模索したが思いつかず、
「彼が目覚めないのって、彼に取り憑いている女性の所為ってことはないかなぁ~なんて……はははは」
結局は、正人と服部が対峙する直前から透が個人的に気になっていた出来事を持ち出しただけになってしまった。




