第二十九話 逮捕の裏側12 交代
正人の叫びに応えるように、水滴の落下音が一つ────プラネタリウムに反響する。
それを合図に正人の足元からぶわりと白い気泡を含んだ水が吹き出し渦を描きながら正人の身体を呑み込んだ。
突如出現した水は正人の身体を呑み込むまでには留まらず、それはプラネタリウムの天井にまで昇り、空間を水で満たした。
この現象は、正人と弟にしか見えていない。
つまり、実際にはプラネタリウムに水は溢れかえっていない。
チェキを構えた服部をじっと正人が見据える。
あれか……。
見ればまるで意思を持ったかのような白い気泡と透明な泡の連なり──泡蛇が服部のチェキに集中し、それを取り囲むように緩やかな渦をつくり、不規則な動きを見せていた。
服部がレンズを正人に向け、フラッシュを浴びせる。出てきたフィルムは無地で現像液による色づきがない。
「いいぜ? 好きに訴えなよ。どうせ無実なんだったら、この証拠も警察に渡すなりネットで流しても問題ねーよなぁ?」
挑発的な正人の言葉が服部をますます苛立たせる。
「ハッ!調子に乗んなよ。兄弟揃って務所にぶち込んでやるよ!」
服部がフィルムに視線を移す。
フィルムはしっかりと正人の姿を捉えていた。
それを見て勝ったとでもいうかのように、服部は余裕を取り戻した。
服部がフィルムに写る春樹に扮した正人の頭に母指で触れ、グッとフィルムがしなるくらいに力を込める。
瞬間、先程までチェキに集中していた泡蛇が服部の持つフィルムに移動し、緩やかだった渦が勢いを増し竜巻の如く高く水を巻き上げた。
それを正人が確認してすぐ、服部が手に持っていたチェキがガシャリと音を立てて床に落ちた。
反対の手のフィルムから出現した渦は弾け飛び、一瞬にして消失する。それはヒラリと飛んで床に着くと同時に、服部は膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
倒れた服部に一瞬、正人は肩を揺らしたが、あまり動揺は見られない。
それもそのはず、服部が倒れた瞬間正人の鼓膜にブクブクと水中で生物が呼吸をするような音を響かせ、その存在を示したからだ。
直後、正人の背後から前方へと、消失したはずの泡蛇が再度出現し今度は塊となってゴォッと唸りを上げながら滝のように流れていく。
泡蛇の唸りが激しくなり警報音のような高い音を奏でると同時に正人は体幹を捻り身体を側方へ反らした。瞬間、泡蛇の塊がゴボッと水を掻き分けるような音を立て先程正人の頭部があった箇所をすり抜けた。泡蛇の塊は正人の頬を刹那、掠めるのみに留め、避けたことを正人が即座に理解する。正人は背後に視線を向け低い姿勢を保ったまま走ってその塊から距離をとった。
『正人くんッ、後ろッ‼︎』
受令機から聞こえる切羽詰まった様子のソフィアの援護よりも正人の方が遥かに速かった。
弟、接近戦は兄ちゃんに任せとけッ!
正人の能力、
それは超能力の有無を見定めるものであり、また超能力者の力の流れを目視することの出来る能力だった。
そして、その能力を彼等はこう名付けた。
超能力者における "真実の目" と。




