第三話 総務課長の見解
「もぉ~椿君はせっかちだねぇ。もう少しだけ付き合ってくれよ。年寄りの話は長いもんだと知ってるでしょ?」
はぁ、と一つ溜め息をつきながら課長は掌を上に向け首を横に振った。
「……課長がそんなんだからコンパ行っても誰もお持ち帰りできないんダヨ#/$€%」
「余計なお世話だよ!」
監視カメラを指差して、レンズの奥の椿先輩にツッコむ。
詳しいな、椿先輩。
ゲフンゲフン!と課長は咳払いし、「じゃ、切り替えようか」説明を再開した。
「加藤大輔が記憶喪失だという線は置いておいて、彼が正常な状態であることを前提として聞いてほしい」
その可能性は低いってことなのか?
課長が文字で埋まったホワイトボードを一回転させて、まっさらなボードにペンをはしらせながら説明をし始めた。
「犯行当日、服部和毅と加藤大輔は同じ日に有給を取っていたんだ。
服部和毅は午前八時頃外出し、午前八時半に自宅から車で七.五キロメートル先にあるネットカフェに到着。
午後十二時時十五分ネットカフェを後にし、午後十二時四十五分に帰宅した。
書斎で妻の遺体を発見後、午後十二時五十五分に警察へ通報。
その時、現場に駆けつけた警察官から服部和毅の様子を聞いてみれば、自分の妻が殺されたというのに落ち着いていて、まるで他人事のようだったそうだ」
同じ日に有給⁉︎ たまたまか?
いやっ、どっちかが合わせたとしか思えてならない。遺体発見から通報するまでたったの十分か……。
俺はホワイトボードに書かれた時間をジッと見つめた。
随分と早いような気が。
妻が殺されたのに狼狽なかったって……不倫疑惑もあるし、夫婦仲が冷え切ってるとそういうもんなのか?
「一方で、加藤大輔は午前九時車で外出。
午前九時二十三分コンビニエンスストアに到着し、そこで包丁を購入した。
午前九時半にコンビニエンスストアを離れ被害者宅へ向かい、午前十時十五分被害者宅に到着し犯行に及ぶ。
死亡時刻は午前十時四十分。
それから返り血のついたシャツを脱いで着替え、被害者宅近所のゴミ捨て場に捨て、犯行現場を後にし十一時五十分に帰宅した」
ずさんな犯行計画だな。人を殺し慣れていないと計画的にはいかないってことなのか? 計画してたなら包丁ももっと前に購入しておくとかは考えなかったのか? 衝動的な犯行? でも有給もとってるし、一応考えて行動している?
「因みに服部和毅と加藤大輔の仲はあまり良くないそうだ。
連絡先も交換していないし、着信履歴を見てもお互いの名前は無かった。
仲が良くないというよりは服部和毅が一方的に加藤大輔を嫌っていたようだね。
他の同僚に酒の席でよく加藤大輔の悪口を言っていたそうだ。
"何でアイツばっかり""俺だって頑張ってるのに"ってね。
いわゆる仕事のできる同僚に対する嫉妬だよ」
仲が良くなかったってことは同じ日に有給をとったのは、はやっぱり偶然?
「どうも最近、離婚で揉めてたみたいだ。
服部和毅が妻に離婚を切り出し、愛人と結婚するとね。
離婚の話は彼から聞いたものだ。
周りで不倫疑惑はあったけど、離婚までは伝わってなかったようだね」
ただの女遊びじゃなくて、愛人までつくって完全に不倫してたのか。
「服部和毅には妻を殺害する動機がある。
一方で、加藤大輔には面識の無い被害者を殺す動機が無い」
「妻を殺害することで愛人と結婚できるというメリットがあるってことですよね?」
「そう。そして加藤大輔が被害者を殺すことで服部和毅にメリットが生まれる」
「邪魔な妻と邪魔な同僚を一気に排除できるわねぇ」
「あぁ。さらに完全犯罪となれば、服部和毅は罪に問われない」
「まさに一石三鳥のいいことずくめダナ#/$€%」
「……っと、まとめるとこんな感じかな?」
カチリとペンにキャップをし、他のメンバーに見えるようにボードの横に身体をずらした。
***
ホワイトボード:裏
服部和毅
午前八時 :外出、ネットカフェに向かう
午前八時半 :ネットカフェに到着
午後十二時十五分 :ネットカフェを後にする
午後十二時四十五分 :帰宅、書斎で妻の遺体を発見
午後十二時五十五分 :警察へ通報
加藤大輔
午前九時 :外出
午前九時二十三分 :コンビニエンスストアに到着 包丁を購入
午前九時半 :コンビニエンスストアを出て被害者宅へ向かう
午前十時十五分 :被害者宅に到着し犯行に及ぶ
午前十時四十分 :殺害、返り血のついたシャツを脱いで着替え被害者宅近所のゴミ捨て場に捨て、犯行現場を後にする
午前十一時五十分 :帰宅
【不審な点】
加藤大輔
・被害者との面識が無い
・動機無し
・犯行時の記憶無し
・被害者宅を訪問したことがない
・服部和毅及び被害者と連絡を取り合ったことがない
服部和毅
・ネットカフェを訪れたのは今回初めてだった
・服部和毅はネットカフェで寝ていただけで特に何もしていない
・加藤大輔と連絡を取り合っていない
***
「服部和毅と加藤大輔はお互いの連絡先を知らないのに何故、入れ替わるようにしてお互い帰宅したんだ?」
「そもそもお互いの連絡先知らないし、仲も良くないから服部和毅がネカフェに行く予定も知らないわよねー? まるで知っていて動いたみたいね」
「犯行当日にはじめてネカフェに行ったってのもおかしな話ねぇ。それが偶々だったとしてもはじめてなら色々見てまわるくらいはするでしょぉ普通」
「ね? おかしな事件でしょ?」と課長はホワイトボードのペンをカタンッと置いて、ボードに背を向けメンバーの顔を覗き見る。
「だから、私はこう仮定したんだ」
課長が口が裂けそうなくらいに口角を釣り上げてニヤッとした。
「服部和毅は能力者で、彼は人の身体を操る能力を得ている。
しかし、能力の発動条件として身体の自由を奪われるため、妻の殺害を終えるまでの間、ネットカフェで過ごすことになった、とね」




