113.お騒がせの事情
しばらくぽかーんとしていたホウサクさんは、はっと気を取り直すと唾散らしながら喚いた。いや、その特殊な縛られ方でじたばたしてると、絞まらないか? 大丈夫かね、おっさん。
「ま、待て! 当主はじじいだろ、なんで女になってんだよ!」
「そりゃ先代の話だな。3年ばかし前に今の当主に代替わりして、爺さん田舎で隠居してるぞ」
「ああ、ラセンの祖父のカサイ・ハラン殿だな。引退直前まであちこちで弟子に指導しておられたから、結構顔が広いはずだ」
ハクヨウさんとカイルさんの話を聞いて、そういうことかと納得した。このおっさん、先代の当主を現役だと勘違いしてたっぽいな。
それにしても、祖父さんから継いだのか、ラセンさん。親父さんとかには素質なかったのかね。まあ、そこら辺は俺の出る幕じゃないからいいけどさ。
「聞いてねえぞーぐぎゃっ!」
ぐぎゃ、はムラクモに顔踏まれたから。つま先側で踏んだだけ慈悲だと思え、おっさん。
「直弟子には使い魔で通達が行ってるはずだけどなあ。ラセン、せっせと飛ばしてたもんよ」
「あれ、おっさん直弟子じゃありませんでしたっけ?」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」
ハクヨウさんのさらなるツッコミに、つい俺もかぶせてしまった。いやまあ、要するに嘘ついてたんだもんなあ。まさか、本物のカサイの弟子を相手にしてさ。
で、それなりに力を抜いておっさんの顔踏んでたムラクモが、カイルさんに向き直った。
「カイル様、潰してよろしいか」
「人前でやるのはやめておけ。こいつに何があっても知ったことじゃないが、周囲のお客人には余り見せたくない光景だろう」
「確かに」
瞬間、ハクヨウさんの顔がうわ、とひきつった。多分、俺も引きつってると思う。いやだって、ムラクモが潰すってさ。
「潰すって何をー」
多分おっさんが一番か二番に潰されたくねえやつだよ。口に出しては言わないけどな。
そんなことをやってるところへ、新しいお客さん……あ、違うわ。革鎧着た兵士さんが3人だ。騒がしいことになっちゃったから、飛んできたのかな。先頭黒髪、あと茶髪2人。髪短めなのはやっぱり、お仕事柄だろうね。
「魔術師が騒いでいるのはここか?」
「うむ。騒いだのはこれだ」
「これ言うなーごふっ!」
先頭に立ってきた1人だけ、ちょっとかっこいい鎧になってるのでこの人が隊長さんかな。その人が問うと、至極当然のようにムラクモが答えた。ついでに拘束済みのおっさんを片手で持ち上げて差し出す。あ、ごふっはうるさいのでムラクモが腹殴って黙らせたから。ひどい扱いだな、まあ自業自得だろうけど。
と、推定隊長さんの顔色がちょっとだけ変わった。というか、何となく確認しているように見える。
「……もしかして、忍びのムラクモ殿か」
「そういうお前はナガト殿か。無沙汰をしているな」
ムラクモの知り合いかあ。さすがは元王子様とそのおつき、交友関係広いんだろうかね。
ナガトさん、と呼ばれたその人はちらりとこっちに目を向けて、ふっと頭を下げた。多分、カイルさんに対してだ。いや、何となくだけど。カイルさんも軽く目礼したみたいだし。
「確かに久しいな。ところでこれは」
「これがカサイの直弟子を騙って、本物の直弟子にいちゃもんをつけてきた。論破されて逆ギレしたこれが魔術をぶっ放そうとしたので、拘束したまでだ」
「カサイ一族の直弟子?」
「俺です」
まあ、魔術師の名前を出されて、ムラクモの連れでどう見ても魔術師な俺に目を向けるのは当然のことだ。んで俺がラセンさんの弟子なのは事実なので、ちゃんと答えて一歩踏み出した。
「あなたか。念のため、身分証明の再確認をしたいがよろしいか」
「はい。これですよね」
一緒についてきた推定部下の人からあの板を受け取って、ナガトさんは尋ねてきた。断る理由もないし、俺の身分を証明すりゃいいわけなのでペンダントを取り出す。スキャン済ませて、ナガトさんが頷いた。
「確認した。これを連行しろ。身分の確認と、前科をチェックしておけ」
「はっ」
連行は分かるんだけど、前科? ええと、そこまで調べないといけないもんなのかね。いやまあ、ナガトさんにはナガトさんなりの考えがあるんだろうけど。
ムラクモが片手で吊り下げたおっさんを、部下の人たちは2人がかりで抱えてえっちらおっちら運びだした。それを見送ってからナガトさんが、もう一度ムラクモを振り返る。
「ところで、ムラクモ殿。どちらまで?」
「王都まで、主の墓参に同行する」
「了解した。太陽神様のご加護のあらんことを」
「そちらこそ、光の加護あらんことを」
「では、食事中失礼をした」
短い幾つかの会話を残して、ナガトさんは一度敬礼するとさっさと出て行った。部下と一緒にあのホウサクさんだっけか、おっさんの尋問のお仕事にかかるんだろうか。
というか、結局ナガトさんとその部下って。
「ムラクモ、知り合い?」
「王都で修行した仲間だ。国境の衛兵隊長とは、また大変な任務についたものだな」
「……ああ」
やっぱりか。お疲れ様である。
国境の街って、国境なりにいろいろ大変なんだろうな。他所の国から来る人も、自分の国から出て行く人もいるんだもんな。
その中に、黒の信者も混じっているんだろうし。




