第37話 人と精霊の交響曲(4)
「来な! 今度こそ殺してやる」
「か弱い美少女を口説くには、些か面白みがかけるわね」
「ほざけ!」
蓮也が駆ける、体力・霊力ともに回復した状態から再び居合術の奥義が繰り出される。
ガキーーン!
(沙夜、耳を貸しなさい)
(えっ?)
(…………よ、出来るわね?)
(出来ます!)
(よし、行くわよ)
蓮也が牙ッ鬼と鍔迫り合いをしている中、私と沙夜が薙刀を手に持ち突進する。
昔、亡くなった母から聞いた事がある。
妖魔と鬼が人の生活を脅かしていたころの時代。海外からやってきた術者が日本の精霊術師の戦いを見て、こういったのだと言う。
精霊と人がダンスを踊るようなその姿は、まさに人と精霊との交響曲のようだと。
「「北条薙刀流 奥義、桜花爛漫!」」
私と沙夜がそれぞれを幻影を作り出し、合計8人に別れた私たちが入り乱れながら一気に仕掛ける。
「またそれか! どいつもこいつも同じ技が何度も通じるかよ!!」
蓮也が巻き込まれないよう間合いを取り、牙ッ鬼が迎撃するために妖気の密度を上げる。
私と沙夜は防御に転ずる牙ッ鬼に構わず、それぞれ別の技を繰り出す。
「舞え、春風!」
「斬り裂け、秋雨!」
姉妹から繰り出される二つの演舞。そこから繰り出される無数の刃が牙ッ鬼を四方八方から襲う。
「効くかよ!」
だがその刃のすべてが牙ッ鬼の妖気に阻まれ、かすり傷一つ負わすことが出来ない。
「そんな!? 私たちの技が効かないなんて」
複数の幻影の中、ただ一人沙夜の本体が動揺する様子を表してしまう。
「バカが、雑魚は雑魚らしく引っ込んでりゃいいものをよ!」
牙ッ鬼の鉤爪が沙夜の本体へと迫る。
回避は不可能、フォローに入るにも妖気が邪魔をして刃が通らない。
せめて風華との『纏』状態ならいざ知らず、沙夜との連携を合すために生身の状態で飛び込んでしまった。完全な私の作戦ミス、沙夜の命が危ない!
……なんちゃって。
「ギャァーーーーーーー!!」
沙夜の幻影を被った私に牙ッ鬼の鉤詰めがせまる直前、体内に練りこんでいた聖属性の霊力を一気に解放。
牙ッ鬼は攻撃に転じていた事で防御に隙ができてしまい、正面からまともに私の霊力を浴びてしまう。
「て、てめぇ、騙しやがったな!!」
「騙される方が悪いのよ!」
苦しむ牙ッ鬼を追い込むように、私と沙夜の演舞が決まる。
「ぐふっ」
牙ッ鬼が初めから沙夜を狙っていることは分かっていた。
私や蓮也はそれぞれ身を守る術を持っているが、沙夜だけはどうしても経験不足で見劣りしてしまう。
そして戦いにおいて、敵の数を減らす為に弱い者から狙っていくのは定石で、3人の中でまず狙われるとすると沙夜だと考えたのだ。
だから私は事前に沙夜と打ち合わせをし、桜花爛漫を発動させる前に、それぞれ互いの幻影を被せていたというわけ。
「くそがっ、人間だったら正々堂々と戦いやがれ!」
「奇襲を仕掛けておいてよく言うわね。そもそも私の辞書に正々堂々なんて言葉はないのよ!」
戦いとは駆け引きと戦術を駆使して行なうもの。
大体戦う前から互いの戦闘能力に大きな差があるのだ。こちらは少しでも攻撃を受ければ致命傷になるのに対し、彼方は胴切りをされてもピンピンしている化け物。
罠を張り、頭をフル回転させなければ勝利などあり得ない。
「このまま一気に畳み掛けるわよ!」
「おぅ!」
蓮也が一瞬で間合いを詰め、得意の居合術を繰り出す。沙夜は桜花爛漫を維持しながら更なる追撃。私はその場にとどまり、極大術を放つために霊力を練り上げる。
「離れて、大神雷!」
天から神の雷のごとく、極大の閃光が降り注ぐ。
「グギャァーーーーーーー!!」
効いている、明らかに牙ッ鬼を取り囲む妖気の密度が減っている。
沙夜も私が思った以上に活躍してくれているし、三人の連携も上手くいっている。
私も前衛が二人になった事で、より密度の濃い術を練り上げられて、一撃の重さが格段に上げられている。
行けるわ、このまま攻撃を続けて妖気を削り続けていけば必ず勝てる!
「クソがぁ!!! 人間風情が調子に乗るなぁぁ!!!!」
牙ッ鬼が吠える。同時に弱くなっていた妖気が再び彼を取り囲み、そのまま無差別に闇色に染まった風の刃を繰り出してくる。
「集まって! 神風壁!」
「硬化風壁」
風には風、妖気には聖属性を。
全員が集まると同時に私と風華が、それぞれ異なり合う風の結界を展開する。
やがて闇の風が弱くなると同時に蓮也が駆ける。
「奥義、紅蓮一閃!」
「またそれかよ、もう見飽きたんだよ!!」
両手に闇の鉤爪を纏い、牙ッ鬼が迎撃の構えを取る。
しかし蓮也は直前で軌道を変え、天に向けて奥義を繰り出す。
「なに!?」
蓮也の居合で上空にあった闇の風が切り裂かれ、そこに現れたのが天空を駆ける白銀の姿。
『ガルゥゥーーー!!』
「グギャァーー!!」
白銀が繰り出す神雷の閃光が、再び牙ッ鬼の体を焼き尽くす。
「クソっ、クソっ、クソがぁぁ!!!」
「随分余裕がなくなったみたいね」
「黙れ人間! この俺様を馬鹿にするなぁ!!」
牙ッ鬼は気づいていないだろう。余裕を無くしたことで、性格が以前の悪ガキ頃へと戻っている。
こうなればもはやこちらの思うつぼ。蓮也も沙夜もまだ余力を残しているし、私も極大砲撃を打てる霊力も残っている。
最悪二人の霊力だけは回復できるのだから、負ける道理が見当たらない。
「大水龍!」
「大聖雷!」
沙夜の大水龍で牙ッ鬼を濡らし、私の大聖雷で追撃を駆ける。
更に蓮也の居合術で体を八つに切り裂かれ、追い打ちを掛けるように白銀と風華の術が炸裂する。
「これで終わりよ! 神雷!」
とどめを刺すべく極大術を繰り出そうとするも、瞬時に体を復元させた牙ッ鬼に、上空で闇の術に迎撃されてしまう。
「はぁはぁはぁ」
牙ッ鬼の息が上がっている。
先ほどまでは術の迎撃なんてしてこなかったのに、身を守るために本能が体をつき動かしているのだ。
現に彼を取り囲む妖気が著しく減少しており、防御にまわしていた妖気の密度がほぼ消えてしまっている。
「しぶといわね。いい加減その顔は見飽きたのよ!」
「それはこちらのセリフだ! 苦労して手に入れた妖気と体をめちゃくちゃにしがって、絶対に許さねぇ!!」
余裕を無くし怒りをあらわにする牙ッ鬼。
こちらもここで油断するような三流術師ではなく、警戒に警戒を重ねながら、徐々に間合いを詰めていく。
「もういい、もうどうなっても構わねぇ、俺様を怒らせた事を後悔しやがれ!」
そう叫ぶと、牙ッ鬼を取り巻く妖気が急激に低下すると同時に、彼の右手に濃縮された妖気の塊が出現する。
「なんだアレは?」
「妖気の塊?それも物凄い密度で固められたものです」
マズイわね。
私は追い詰められた牙ッ鬼が自爆をするんじゃないかと警戒していたのだが、今奴の手にあるのは自殺とは程遠い、高密度に濃縮された妖気の塊。
残っていた妖気が半分以下に減ったことから、あの密度の妖気は生半可の障壁では耐えられない。
でもアレをどうするの?
ものが塊という事で、投げれば避ける事も出来るし、迎撃して威力を殺すことだって可能だ。
もちろんこんな市街地であんな塊を放置すれば、被害の度合いは想像つかないが、ここにいる全員で抑え込めば、最悪被害は最小限に抑えられる。
まさか目標は私達ではなく、市民への無差別殺人?
流石の私達でも逆方向に放たれてしまえば防ぐにも防ぎきれないし、現在張られている結界では、あの塊を抑えることは出来ない。
ならば最後の嫌がらせとして、そんな横暴な行動へ出たとしても不思議ではないだろう。
蓮也達もそれが分かっているだけに、迂闊に動くことが出来ないのだ。
「それをどうするつもりよ。私を殺したければそんな玉じゃ足りないわよ」
これは挑発だ。無差別に放たれるより、ここにる誰か向けて放たれる方が幾分まし。沙夜にしたって、一瞬でも防げれば私や蓮也がフォローに入れるし、迎撃出来ないまでも上空へ弾くなりの手段は幾つもある。
少なくとも最悪のシナリオだけは何としてでも防がなければいけない。
「ケケケ、こいつをどうするかだって? 忘れちまったのか? 五年前、あの島で何が起こったかをな」
五年前? それってつまり牙ッ鬼と風華が一人の鬼だった時の話よね?
現在伝えられているのは当時の生存者はゼロで、その場で何か起こったかは一切不明とされていたのだが、私と蓮也はある人物によって詳細を詳しく聞かされている。
その人物が言うには、大勢の術者達が勝てぬと判断して、自らの命を霊力へと変えて鬼の体内へと送り込んだ。
そして鬼の動きを封印しつつ、内側から妖気を削り続けて、いつか現れるであろう強者の為に未来を託した。
そうしてつかぬ間の平和が訪れたのだ。
……いや、まって。ならばどうして火山が噴火した? あれは被害を誤魔化すためのの誤報ではなく、本当に起こった事を政府が戦いの痕跡を隠すために利用したのだ。
それじゃあの火山は偶然? それとも意図的に? もし意図的に火山が噴火させられるような術があるなら、相当濃密度に練られた……っ!?
「行けない、牙ッ鬼を止めて!」
「遅ぇよ!!」
その言葉を最後に、牙ッ鬼は濃密度に練られた妖気の塊を自分の足元、つまり私達が立つ地上の奥底へと放ってしまう。
ゴゴ……、ゴゴゴォ……
突如地底の奥底から震え上がる振動。
分かった、分かってしまった。牙ッ鬼が狙った真の狙いが。
「一体何が!?」
「なんだこの揺れは、地震か!?」
いまだ牙ッ鬼の狙いが分かっていない蓮也と沙夜が慌て出す。
できれば知らない方が二人には幸せなんだろうが、この振動を止めるには二人の力が必要不可欠。
「やってくれたわね」
「ケケケ、何をしたかが理解出来たようだな」
「生憎と出されたヒントが適格だったものでね」
私と牙ッ鬼の会話に、蓮也と沙夜が答えを求めて耳を傾ける。
「どういう事だ、あいつは何をやったんだ?」
「簡単に説明するとさっきの玉で地球に揺さぶりをかけたのよ」
「おいおい地球って、規模がおおきくねぇか?」
「私も規模が大きすぎて何がなんだか」
私だってあの小さな玉で地球が破壊出来るだなんて思ってはいない。
だが実際に揺れが起こり、その前兆がすでに出始めてしまっている。
「覚えている? 5年前に起こった事件の結末を」
「結末って、火山が噴火して痕跡をすべて飲み込んだってアレだろ?」
「ですが、この辺りには火山層なんてありませんよ?」
「えぇ無いわよ」
「じゃ奴の狙いはなんだっていうんだ」
話の流れからして、牙ッ鬼が眠っている火山層へ刺激を与えたと考えたのだろう。
だけどここは平地であり、有名な火山層がある箱根山からも随分と距離はある。
ならば牙ッ鬼の狙いは、アレしかないだろう。
「知ってる? 東京やここ神奈川の地下の奥底に何が在るのかを」
「地下? 地下にはたしか……まさか!」
「プレートか!」
「正解よ」
日本は地震が非常に多いとされる島国。
そしてその原因ともいえるのが、大小さまざまに入り乱れるプレートの集合だと言われている。
そして運の悪いことに、東京都心の地下がもっとも多いとされているのだ。
もしそんなプレートの一つに衝撃を与えてしまえば、連鎖的にプレートの跳ね上がり現象が起こってしまい、東京都心を中心に関東一体に大きな傷跡を刻む事だろう。
「くそっ、なんてことを」
「止められないんですか!?」
ようやく状況が分かり焦り出す二人。
「出来るかどうかは分からないけれど、やるしかないでしょ」
「ケケケ、お悩み中の所申し訳ないが、俺はこのまま退散させてもらうぜ。精々死なねぇように踏ん張るんだな」
無責任な事を言い残し、上空へ逃げようとする牙ッ鬼。
そんな事、させるわけないでしょ!!
「沙夜、蓮也、牙ッ鬼を逃がさないで! 地震の方は私が止めてみせる!」
「と、止めるって、どうやって」
「沙姫を信じろ、行くぞ!」
たった一言で全てを信頼を寄せて貰えるって嬉しいものね。
沙夜も戸惑いながらも迷いを振り払い、蓮也をサポートするべく後を追う。
さて、今の牙ッ鬼ならば二人に任せておけば大丈夫だろう。もしかして二人だけで倒してくれるかもしれないわね。
私は大仕事の前にコキコキと首を回しながら、軽く背伸びなんかをしてみる。
「そんじゃ行くわよ、準備はいいわね白銀」
『無論だ』
「じゃ行ってみましょう」
『「『纏』、雷神白虎!!」』




