第36話 人と精霊の交響曲(3)
「白銀、大聖雷×2!」
『心得た』
白銀との『纏』状態で放てる二条の大聖雷。
闇の風が降りしきる中、天空から二対の閃光が地上へと降りそそぐ。ただし目標は牙ッ鬼本体ではなく、何もない只の地上へ。
ドッゴーーーーン!!!
「ぐっ!」
大聖雷の余波を受けて苦しむ牙ッ鬼。狙いは荒れ狂う闇の風を浄化するために放ったのだが、元が聖属性の霊気ということで、ダメージが通ってしまったのだろう。
だがそれも所詮は熱い熱湯を掛けられた程度のもの。大きなダメージは受けてはいないはず。
「す、すごい……」
一気に闇の風を浄化したことで驚く沙夜。
大体の状況は治療中に把握できている。蓮也は霊力が付きかけており、戦闘の継続は難しい状態。風華は無事だが兄の精霊が食べられた事で距離を取っており、その兄は精霊を失いながらもなんとか生存が確認できる。
恐らく最後の霊力を振り絞り、辛うじて生き延びることが出来たといったといったころか。だがその姿は全身が傷だらけ、致命傷となる傷跡は見当たらないものの、動くことすらできないようだ。
状況は最悪といったところかしら。
このまま戦闘を継続するには蓮也の体力と霊力の回復が必須。その為にはほんの僅かだが時間を稼ぐ必要があるが、現状牙ッ鬼とまともに張り合えるのは私だけだ。
せめて兄を治療して協力してもらえれば、また違った道もあるのだろうが、先ほどから散々邪魔をされている関係、正直このまま戦いが終わるまで、中庭の片隅で転がっていて貰うほうが助かるというもの。
「白銀、『纏』解除」
白銀との纏は霊力の消耗が激しい。一旦『纏』を解除し、私一人で牙ッ鬼に対峙する。
うーん、やっぱ私一人じゃ厳しいわね。
どうにか牙ッ鬼の隙をついて蓮也の回復を図らないと。
「姉さん、鈴音はどうなんですか?」
ん、姉さん?
そういえばさっきも私の事を姉さんとか呼んでいたわね。
流石にアレだけ暴れていれば気づかれても仕方が無いか。これでも沙夜が生まれてから16年間一緒に暮して来たのだ。姿は変えられても、声色や雰囲気といったものは変えられない。
おまけに私が扱う薙刀術は、多少のアレンジは加えているものの、北条家に受け継がれてきた薙刀術。どうやら兄には気づかれていなかったようだが、アレは私の事など元々意識外の存在だった為、気にもしていないのだろう。
やれやれ、折角恥ずかしい姿をしてまで隠していたというのに、これじゃ意味がなかったわね。
「無事よ、もう心配いらないわ」
「そう……ですか。ありがとうございます」
未だ背後で横になっている状態だが、その口から吐き出される呼吸は正常な鼓動を刻み続けている。
「沙夜、貴女が私の事をどう呼ぼうが構わないけれど、私は貴女の知る姉ではないわ」
「それはどう言う……」
「知りたければこの戦いに生き残りさい」
「……分かりました」
それでいい、今は私情に流される時ではない。
再び頭を切り替え、現状を打開する糸口を探し出す。
牙ッ鬼と睨み合う私。蓮也も隙あらば攻撃に転じる構えを取り、牙ッ鬼はその両方を警戒する。
蓮也には傷つけられるほどの霊力が残っていないとは思っているだろうが、前回の事もあるので警戒をしているのだろう。
蓮也もそれが分かっているだけに、ワザと逃げではなく攻撃の構えを取っているのだ。
「くっ……」
げ、意外としぶといわね。
しーんっと静まり返る中、倒れこんだ兄から苦悶の声が漏れる。
「兄さん!」
一瞬駆け寄る素振りを見せる沙夜だったが、張り詰める空気を感じその場にとどまる。
これで兄の生存は確認できた。私が駆けよれば最悪の自体だけは避けられるはず。
蓮也を回復させる時間を稼いでくれるという確約が取れれば、今すぐ治療してあげるのだが、期待するだけ無駄であろう。
「姉さん、兄さんの傷を。その間の時間は私が」
「バカなことを言うんじゃないわよ。今の貴女じゃ時間を稼ぐどころか、餌になるだけよ」
「……っ」
意気込む沙夜だが、私から現状を叩きつけられて唇を噛む。
沙夜は決して弱くはないのだが、決定的に戦闘経験が足りていないのだ。
……いや待って、餌ね。
「ふふ、ふふふふ」
「ね、姉さん?」
我ながらいい作戦を思いついたわ。
若干私の不気味な笑いに沙夜が引いているが、いまここで作戦内容を話すわけにはいかない。
私はワザと慌てるような素振りを見せながら、大きな声でこう叫ぶ。
「蓮也、北条家最強の彼がまだ生きているわ。いま彼を取り込まれてしまえば、私達に勝機は無くなる。だから彼を守って!」
多少……、いや、物凄い胡散臭そうな視線を向けて来る蓮也。
沙夜は慌てて「なぜ敵を煽るような事を言っているんですか!」と抗議の声を上げ、地面に這いつくばる事しか出来ない兄は、初めて動揺する素振りを見せて来る。
「ケケケ、お前ら二人を喰うことしか眼中になかったが、確かにそれもアリだな。望み通りそいつも食らってやるぜ」
「や、やめろ。く、来るな!! 紬、紬はどこだ!!」
あ、やっぱりあの兄でも鬼に食べられることには抵抗があるのね。
無様に地面で藻掻く兄と、悲惨な未来を創造し悲鳴を上げる妹。
蓮也は助けに入るどころかその場で待機し、私は密かに霊力を練り始める。
そして牙ッ鬼が飛びつき、いま正に兄を闇の触手で絡みとろうとした時。
「た、たすけてぇぇぇ!!!」
「超、爆風撃!!」
私から放たれる風の竜巻が、兄ごと牙ッ鬼まとめて一気に吹き飛ばす。
ちな頭に『超』がつく術など存在しない。
「よし!」
「よし、じゃありません。何してるんですか! しかも超って!!」
あ、そこもツッコンでくるのね。
「気分よ気分。それに加減はしたから死んでないはずよ」
一応今まで邪魔をされた鬱憤が多少混ざって入るが、死なないように加減をしたのはホント。
これでも一応血のつながった兄だからね、どれだけバカで人を無能無能と罵って来た挙句、真っ先に戦線離脱をした役立たずだが、このさき兄が居なければこの北条家は……いや待てよ。沙夜がいるから別にいいのか。
そんな事を密かに考えていると、蓮也と風華がこちらへとやってくる。
「もう、そんな変なかっこをしておいて、一体姉さんは何を考えているんですか!」
そんな事を言われたってねぇ。
この変装は胡桃が用意したものだし、役立たずの兄を餌として役立たせ、尚且つ安全な場所まで吹き飛ばしてあげたのだ。
まぁちょっぴり壁にぶち当たって完全に伸びちゃってはいるが、そこは不可抗力ということで大目に見てもらいたい。
「そんな事より、体力と霊力の方はどう?」
「誤魔化さないでください。霊力はさっき全部……、あれ、回復してる?」
「俺の方もバッチリだ」
「うそ、なんで? 傷も治ってる……」
別にバカ話をしたくてこんな真似をしたわけではない。
蓮也もそれが分かっていたからこそ、牙ッ鬼の行動を妨げず私の方へとやって来たのだ。
「一体何を……」
いまだ自分の状態に戸惑う沙夜。
風華にはその間鈴音を安全な場所へと運ぶよう指示をし、後の合流を言い渡す。
「心配しなくてもただの治療よ。鈴音のように瀕死の状態でなければ、こんなものよ」
実際高速起動の術である電光石火に乗せてやれば、簡単な傷や霊力の回復など私にとってはお手の物。
ただ長時間の戦闘によるストレスや、ギリギリでの戦いですり減らす神経だけはどうすることも出来ず、兄の様に一度心が折れてしまうとどうする事も出来ない。
まぁ、その心をポキッと折ってしまった私が言うのもおかしな事ではあるのだが。
「こんなものって……、これはもう人が扱える域を越えてますよ」
「知らないわよ。出来ちゃうんだから仕方がないでしょ」
私だって無能から一気にいろんな術が扱えるようになってしまったのだ。
特に治療に関しては全くの素人だったのに、白銀から伝わってくる感覚が、私に術の扱い方を教えてくれる。
「お前ら仲が悪かったんじゃねぇのか? 正体もバレちまってるようだし」
「どこがよ」
別に正体をバラしたつもりはないし、先ほどから言い争いをしていることから仲がいいとも思えない。
ただ以前のような苦しみや妬みといった感覚は、キレイさっぱり無くなっているのは事実である。
「とにかくこれで振り出しよ。沙夜、このまま残る気があるのなら全力でサポートしなさい」
「覚悟は出来ています。もちろん死なない覚悟です」
「それで十分よ」
ここで命を懸けて、なんて言葉を吐けば、問答無用で叩き出してやったのだが、自分の役目と力量を理解しているならば、私がとやかく言う立場ではない。
やがて鈴音を安全な場所へと避難させた風華が合流し、全員で再び牙ッ鬼と対峙する。
ドガァーーッ!
「クソがぁ! 何しやがる、てめぇの兄貴だろうが!!」
瓦礫が爆発するよう四散し、その下から牙ッ鬼が叫びながらの姿を現す。
あら、あの怒り方からして思っていた以上にダメージが通ってしまったようね。
それはそうか、あのとき牙ッ鬼は粗食するため防御が疎かになっていた。彼奴もまさか兄ごと攻撃を放つとは思っておらず、完全に不意を突いた状態で、私の聖属性込みの風を受けたのだ。
白銀の雷撃ほどではないが、それなりのダメージを受けてしまったのだろう。
「私に兄なんて居ないわよ。それよりよくも彼を痛めつけてくれたわね、仇は取ってあげるから観念しなさい!」
ビシッ! っと兄の方へと指を指し、胸を張ってかたき討ちを宣言する。
「なっ、バカか、半分はてめぇがやったんだろうが!!」
「姉さん、まだ死んでませんから!」
「気分よ気分」
沙夜はともかく、まさか牙ッ鬼からもツッコミが入るとは思ってもみなかったわね。
ただ私がかたき討ちを宣言したのは、別に笑いを取るためでは決してない。
ワザと兄が転がる姿を牙ッ鬼に教え、更なる罠を張っているように疑いをかけたのだ。
実際今の兄は、私が放った聖属性の風に当てられており、このまま取り込めば内側に聖属性の霊力を抱え込んでしまうことになってしまう。
牙ッ鬼にとっては汚染してしまえばいいだけのものだが、そこにはほんの僅かだが隙が出来てしまい、その一瞬の隙を見逃してやるほど私も蓮也も甘くはない。
牙ッ鬼もそこまでのリスクを冒してまで、霊力が枯渇してしまっている兄を取り込もうとはしないだろう。
「さてと、笑いも取れたとこで第二ラウンドと行きましょうか」




