第34話 人と精霊の交響曲(1)
「きゃ、何この光!? これが本当の『纏』なの!?」
金色の風に包まれた私の姿を目の当たりにし、驚きの表情を向けて来る沙夜。
流石の兄も私が『纏』を扱えることに驚いたのか、目を見開いたままで固まっている。
「蓮也!」
「任せろ、いくぜ烈火!」
私の合図と共に牙ッ鬼に向かって蓮也が駆ける。
私はその背後から追従するよう走りながら術を発動。
「電光石火!」
対象とした人物の身体能力上昇させる、いわゆる強化の術。
蓮也はそのまま突進しながら牙ッ鬼の手前で大きく上空へとジャンプ。
牙ッ鬼の強さは私と蓮也は十二分に承知している。そして新しいに肉体を得て、完全に馴染んでいない今が最大のチャンス。生半可な攻撃は意味をなさず、肉体的な問題から長期戦になればこちらが不利。
ならば最初っから全力でぶつかるのみよ!
私は『纏』の状態から風華を薙刀に変え、一気に駆ける。
「北条薙刀流 奥義、桜花爛漫!」
光の屈折により私の残影が3つ出現し、それぞれ四方から同時に攻撃を繰り出す。
「バカか、そんな目くらましが通じるかよ!」
4人に分かれたとはいえ、奴の目の前で残影を作ったのだ。どれが本物の私かは見るからに明らか。だけど
「ぐはっ」
バカはそちら。
3つの残影がただの残影だと見逃せば、痛い目を見るのはそちらの方。
私が今作り出したのは、残影に見せかけて風の刃を内側に隠したいわゆるカマイタチの塊。
そして桜花爛漫の真の脅威はこの後に続く連続技。
「舞え、冬月!」
私はそのまま舞を踊るかのように、4人の薙刀が同時に牙ッ鬼の肉体へと斬りかかる。
「クソがぁ! そんなチャチな技が通じるか!」
もちろんこの技で致命傷を与えられるなんて、そんな甘い考えは抱いてはいない。
「斬!」
「ぐふっ」
上空に飛び上がっていた蓮也が、大量の霊気を込めた一撃で牙ッ鬼の体を真っ二つに切り裂く。
蓮也は更に追撃をかけるべく、その場で回転しながら横薙ぎを放つが、これは妖気の盾で防がれ大きく後退。
「くそっ、なんだこの体は。なぜこんなにも脆い!」
蓮也の一撃で体が真っ二つになるも、先ほどと同様に切り口から黒い蛇のようなものが生え、何事もなかったかの様に再び元の姿へと引っ付く。
やはり思った通りだ、乗っ取った茂の体に馴染んではいないと言うのもあるが、最大の原因は先ほど私が事前に放っていた大聖雷の後遺症。
ただせさえ聖属性の霊力は妖魔にとって弱点中の弱点なのだ。その聖属性をたっぷり含んだ雷を茂の時に受けており、霊力が完全に拡散する前に牙ッ鬼は茂の体ごと取り込んだ。
いかに強大な妖気を擁していようが、内側と外側から挟まれれば、硬い妖気の鎧を着込んでいても簡単に切り裂けるというわけ。
「あら、ご自慢の妖気も意外と脆いものね」
「貴様、俺の体に何をした!」
牙ッ鬼も違和感は感じている様だが、その肝心の原因まではわかっていない様子。
以前戦った時もそうだったが、牙ッ鬼はその巨大すぎる妖気に頼りすぎている部分があるようだ。
「このまま一気に畳み掛けるわよ!」
「おぅ!」
蓮也駆ける。私が後方から支援しつつ、隙をついて極大の術を発動。
いける!
相変わらず傷を負わせた直後に修復されるというサイクルだが、牙ッ鬼がまとっている妖気が徐々にだか減少しつつもある。
少々手間と時間は掛かるが、巨大な敵を倒すにはこの方法が一番効率的。
ただこちらも一撃一撃に巨大な霊力を込めているので、消耗が著しく激しいことだが、そこはタイミングを見計らって霊力の回復を計るしかないだろう。
「秘剣 焔一閃!」
「大聖雷!」
紫色の炎をまとった刃が、牙ッ鬼の体を横薙ぎで真っ二つに切り裂き、追従するかの様に天空から巨大な一条の雷が降り注ぐ。
「これで決めるわよ!」
「おぅ!」
牙ッ鬼を挟み、左右から仕掛ける私と蓮也。
目標は上下真っ二つになっている茂の体を、それぞれ修復不可能に至るまで徹底的に切り裂くこと。
これで倒せないまでも、茂の体に溜め込んでいる妖気だけは確実に削れる。
「北条薙刀流……」
「秘剣……」
しかし私と蓮也が技を繰り出すその瞬間。
「止めは私が仕留める! 水神翔!!」
突如湧き上がる霊力に、私と蓮也は技の発動を中止させ、そのまま飛び退くように回避行動。
もう、またなの!
突如現れた幾つもの鋭い水の錐が、牙ッ鬼の体を無数に貫く。
「爆!」
「くふっ」
兄の声の元、突き刺さった錐から別の錐が湧き出し、牙ッ鬼の体内で爆散。
元が水という事もあり、突き刺さった箇所から体内で別の刃が襲うという水術最強の術の一つ。
だけど……
「なめるな人間!!」
胴切りをされてもなお膨れ上がる妖気に、兄が放った水神翔が無差別に跳ね返る。
「いけない、防御を!」
複数の水の錐が、爆散された状態で無差別に飛び散る。
幸いその一発一発の威力自体は弱いのだが、小さな錐の破片が鋭い弾丸のように飛び交い、当たれば人体への損傷は免れない。さらに余りの数の多さに全ての回避は困難と判断し、仕方なくその場で立ち止まって防御に専念。
「ケケケ、なるほどそういう事だったのか。危うく手に入れた体で自滅するところだったぜ」
そう言いながら牙ッ鬼が更に妖気を高め、茂の体に残っていた私の霊力を汚染するかように黒く染め上げる。
……気づかれた。
私が再度放った大聖雷、その直後に兄の術が襲い、妖気の変化に違和感でも感じたのだろう。
もしかすると兄の術を拡散してしまったのは狙ったわけではなく、大聖雷の後遺症でうまく妖気の収束が出来なかったとすれば、気づかれてしまうのも仕方がないことなのだろう。
できればこのまま細切れにして、妖気の大半を削り切りたかったというのに、バカ兄のせいで大きな誤算に見舞われる。
「くっ…」
術の発動直後で完全に防ぎきれなかったのか、兄が右肩と左足から血を流しながらその場で膝をつく。
「バカ…な……」
だから言ったのよ。
私たちが今対峙している敵はただの妖魔ではなく、角を失っただけの生粋の鬼。如何に強大な術を放とうとも、相手の妖気を上回らなければダメージは通らず、生半可な術ならば吸収されるか、今のように跳ね返されて無効化されてしまう。
唯一貫ける術があるとすれば、私のように聖属性の術を放つ事だが、水の精霊と契約している兄にとっては難しい事だろう。
「これでわかったでしょ。これ以上怪我をしたくなければ、さがり……」
「鈴音! しっかりして鈴音!!」
私が兄に戦力外通告をしようとしたその時、悲壮感漂う沙夜の声が北条家の中庭に響き渡る。
「舞え、冬月!」
目の前で繰り広げられる薙刀の演舞。
桜花爛漫、もともと奥義と言われている技だが、真の威力を発揮できるのはその後に続く4つの舞だとも言われてる。
「沙夜様、あれは……あの技は……」
隣に立つ鈴音も同じ考えに至ったのだろう。
北条家に伝わる薙刀術は、一族に連なる家系ならば比較的誰にでも扱えるのだが、こと奥義ともなれば話は違ってくる。
どうやら姉さんは知らないようだが、奥義が継承されているのは本家筋の人間と、当主である父が認めた術者のみ。
もともとこの奥義自体が複雑な術の操作が要求され、常に幻惑を維持させる術を発動させておかなければいけないので、生半可な集中力では扱えない。
そして分家の人間にはその操作方法が極意とされており、切り札となる術を持たない姉さんにとって、もっとも修行に打ち込んでいたのがこの技なのだ。
やっぱり姉さん……なの?
聞きたいことはいっぱいある。ぶつけたい恨み言もいっぱいある。だけど、なんて綺麗な舞なんだろう。
洗練された動き、命を奪うはずの刃が金色に輝く『纏』の光が反射して、桜が舞い散るかの様に輝いている。
鈴音も何処か見惚れている節もあり、この後に続く言葉が出てこない様子。
やがて蓮也さんとの連携で、驚異の敵とも思えぬまま、一歩一歩と牙ッ鬼を追い込んでいく。
「これで決めるわよ!」
姉さんの心強い声が響く。それに応える様に蓮也様が共に駆け、その直後に鈴音の身に悲劇が起こった。
「いけない、防御を!」
焦る様な姉さんの声に私は自らの精霊、水姫を召喚して防御に徹する。だけど余りに急な出来事だったため、未熟な私は自身の身を守るので精一杯。
幸い一撃一撃の威力は弱いのか、私が張った水の障壁で全てが凌げたのだが、精霊を持たない鈴音はそうはいかず……
「あ……あぁ……」
「鈴音? 鈴音!!」
全身に貫いたような複数の傷跡。出血こそ少ない様に見えるが、明らかに致命傷とも思える傷跡が、彼女が助からないことを瞬時に理解できてしまう。
「早く、早く手当を!」
崩れ落ちる鈴音を抱きかかえる様に地面へ寝かせ、不慣れな治癒術で治療を施す。
「なんで……、なんで傷が塞がらないのよ。早く…早く傷跡を塞がないと鈴音が……」
わかっている、わかっているいるのよ。
本来治癒術で治せるのは、致死率が一定以上に保てている状態のみ。致命傷と思われる傷跡がこうも多ければ、すでに手遅れだということも。
それでも鈴音だけは!
「お願い、死なないで! 私を置いていかないでよ、鈴音!!」
「どきなさい! まだ助かる。いえ、今度こそ助けてみせるわ」
背後から聞こえる懐かしい声。
絶望しかないこの瞬間に、希望とも思える優しい囁き。
どうしてだろう、この人の言葉にはどこか人を信じさせる勇気が込められている。そんな気が、この時の私にはそう感じられたのだ。
沙夜の叫ぶ様な声を聞き、急ぎ鈴音の元へと駆け寄る。
容態は全身に無数の傷跡。致命傷と思われる箇所は全部で5つ、そのうちの二つが臓器の一部を傷つけてしまっている。
「風華、『纏』解除、そのまま蓮也のフォローをお願い。ただし接近戦はダメよ。吸収される恐れがあるから離れて術の砲撃で」
「わかりました」
「白銀は戻って私のサポートを」
『心得た』
状況を判断し、それぞれ出来る精一杯の行動へと移る。
幸いと言っていいのか、兄は自分の攻撃を跳ね返されて行動不可能。その傍らには自身の精霊が控えており、これ以上の傷が増えることも、こちらに被害が及ぶことも極めて低い。
蓮也には私が抜けた分、負担は大きくなるが、ここで鈴音を見捨てては術者になろうと決めた意味がない。
私はもう、未夢さんとみーちゃんのような悲しい想いは、誰にも味わってほしくないのだ。
「白銀、力を借りるわよ。聖天星光」
私の力ある言葉により、鈴音を中心に地面に光輝く術紋が刻まれる。
そのまま光輝く術紋はフワフワと浮かぶ上がると、鈴音を包み込むかのように、全身に光り輝く星が降り注ぐ。
聖天星光、白銀が成長したことで扱えるようになった聖属性の治癒術。
本来の治癒術は施す相手の体力次第という条件が付いてくるのだが、この術は大気中に漂う下級精霊たちの力を借り、そのまま私の霊力を通して対象者へと注ぐため、不可能とされる傷さえも治せてしまう驚異の治癒術。
ただその強力さゆえに治療に時間を要してしまうことと、私自身も大量の霊力を消費してしまうため、1日に扱えるとしても精々数回程度が限界だろう。
牙ッ鬼との戦闘中に私の行動は間違っているのかもしれないが、沙夜と鈴音との関係は私にとっては胡桃のような存在。そんな子を見捨てるなんて、今の私には絶対にできない。
「沙夜、鈴音を失いたくなければ、何がなんでも私を守りなさい!」
「わかりました姉さん」
……ん? 姉さん?
あれ、いま私のことを姉さんって呼んだ?
「うくっ…」
鈴音から苦しそうな声が漏れる。
ダメダメ、ただの聞き間違いか言い間違いどちらかに違いない。それよりも今は治療に専念しなければ。
私は治療に意識を集中するべく、霊力の渦へと深く、より深くへと潜っていく。




