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第33話 厄災再び(9)

「生憎と、私も蓮也も二度と会いたくななかったんだけどね」

 若干額から流れ落ちる汗を悟られぬ様、無理に皮肉を言いながら対峙する。

「ケケケ、そう連れない事を言うなよ。俺だってこんな醜い姿を晒す気なんて更々無かったんだぜ?」

「だったら何故再びこの世に戻ってきたのよ。牙ッ鬼(がっき)

「!?」

 私の口から鬼という言葉を聞き、隣に立つ沙夜が驚きの顔を向けてくる。


「うそ……、これが鬼?」

「正確には鬼の成れの果て、ってところかしら」

「成れの……果て」

 そう、目の前で茂にまとわりついている妖魔は、嘗て私と蓮也が倒したはずの鬼の一体。

 あの時はどちらも精魂尽きた状態だったため、止めを刺す前に逃げられてはしまったのだが、鬼の力の源でもある角を完全に破壊できており、再びこの世に戻れるとしても、それは数百年もの先だと言われていたのだ。

「ケケケ、成れの果てとは酷い言われようだな」

「そうかしら? あながち間違ってはいないと思うのだけれど」

 私と蓮也は間違いなく奴から力を奪った。本来倒せるはずのない鬼が、未熟な私達にあそこまで追い詰められた理由も知っている。

 現に奴の体は既に失われており、鬼の象徴とも言える角も見当たらない。

 すると茂を利用して失ってしまった妖気を集め、あわよくば彼の体を乗っ取ろうとしていたのではないだろうか? それが証拠に牙ッ鬼から感じられる妖気は、茂が纏っていたものとは桁が違う。


「どど、どうなっているんだよ」

 まるで状況が読めていない茂が、全身を震わせながら声を上げる。

「はぁ……」

 私はため息を一つ吐くと、一連の真相を聞かせてあげる

「貴方、騙されていたのよ」

「だま、騙されていた?」

「えぇ、どうせ力をあげるとか言われて、そいつの言いなりで契約を結んだんでしょ?」

 恐らく最初は純粋に力を望んだのだろう。

 だがうまい話には裏があるように、牙ッ鬼の狙いは茂を利用して霊気を集めることだった。

 最初は茂が契約している精霊を差し出し、次に霊力有する術者を襲い、少しづつ確実に己の力とするために霊力を集め続けた。

 恐らく襲われた術者の体が一部欠けていたというのは、牙ッ鬼が粗食した後だったのではないだろうか?

 鬼の姿を保てていれば、人間を丸呑みなんて芸当も出来ただろうに、体の一部に止めていたのは、完全に粗食出来る状態ではなかったと考えれば辻褄も合う。

 人が食べられる量が決まっているように、牙ッ鬼もまた完全には元に戻れていなかったと考えるべきだろう。


「貴方のことだから術者を襲えば霊力を集められ、その分強くなるとでも言われたんじゃない?」

「!?」

「だけどね、貴方も知っているように人は霊力回復させることは出来ても、他者から奪うことも自分の力に転換することもできないのよ」

 たぶん牙ッ鬼が霊気を奪い、その一部だけをを茂が纏う妖気へと注いでいたのではないだろうか?

 それが証拠に、いま牙ッ鬼から感じる妖気は、茂が纏っていた妖気とは桁が違う。

「ケケケ、概ね正解だとだけ言ってやる」

 やはり本当の狙いは私と蓮也への復讐。そしてもう一つは……


「たた、助けてくれ!」

「ケケ、助けるも何も、お前の体はもう俺のものなんだよ」

「ど、どういう意味だ」

 可哀想だが、こうなればもはや誰であろうとも彼を助けることはできない。

 せめて妖魔となる前に滅してあげたかったが、相手が鬼となれば話は変わる。

 彼奴の体は一度私と蓮也が滅しており、力の源でもある鬼の角もすでにこの世には存在していない。

 そして鬼は妖気の状態よりも、物理攻撃が効く器に入っている方が、私達人間には戦いやすいのだ。


「答えなさい。ここへ茂を誘導したのはただの偶然? それとも私達が居ると分かって来たの?」

「ケケケ、当然後者だ。まったく助かったぜ、こいつの体を乗っ取るにしても、体内へ直接妖気を流し込まないとダメだからな。それなのにどいつもこいつも弱ちぃ奴しかいなくてな、そんな時に懐かしい霊気を感じたんで、こいつを誑かして出向いて来たってわけだ」

「……」

 えーーと、それってつまり。引き寄せた原因は私ってこと?

 蓮也のじとぉーっとした視線が妙に肌身に突き刺さる。

「ふ、ふふ。私の霊気にまんまと引き寄せられたってわけね、計算通りよ!」

「嘘つけ!」

 ビシッ! っとかっこよく決めたつもりなのに、蓮也の容赦ないツッコミが私の純粋な心を引き裂く。

 ぐすん。


「と、とにかくここであったが100年目! 今度こそこの世から消滅させてあげるわよ!」

「100年目って、それじゃ100歳を越えたババァってことになるぞ」

 人がせっかく責任の有無を有耶無耶にしようとしているのに、揚げ足をとるんじゃないわよ!

「た、たすけて……」

 徐々に自我を失いつつある茂。悔しいが今仕掛けるのは例え私であったとしても自殺行為に等しい。

 既に彼の体は牙ッ鬼が支配してしまっており、その気になれば直ぐにでも完全融合を果たせるはず。

 それなのにワザと融合を見せつけ、苦しむ茂を見せつけているのは、単純に楽しんでいるという思考と、私達人間へ見せつけであろう。


「か、勝てるんですか?」

 徐々に、そして確実に強くなっていく妖気を見て、声を震わせながら沙夜が尋ねてくる。

「勝てるわ」

 幾ら妖気が強くなったとはいえ、それはあくまでも茂が纏っていた妖気をベースにしたもの。ましてや肝心の角もない状況では、嘗ての牙ッ鬼の力には遠く及ばない。

 やがて完全融合を果たし、その復活した姿が再び地上へと降臨した。


「ケケケ、久々の肉体だ。これでたらふく人間を喰えるってものだ」

 すごい妖気ね。先ほどまで拡散されていた妖気が今は一点に集中してしまっている。恐らく力を蓄えるまで茂の体内へ隠れ潜んでいたのではないだろうか。

 だが私と蓮也も半年前と同じ思われていると心外というもの。

「くっ、馬鹿な。鬼だと……」

 ここに来てようやく立ち上がれるようになったのか、フラつきながらも兄が再び戦場へと戻る。

(げっ、まだ動けたのね)

(おい、アレどうするんだ?)

(どうするもこうするも、本人はやる気みたいよ)

 ハッキリ言って迷惑以外の何者でもないのだが、本人がやる気なのだから止めるわけにもいかないだろう。

(でもなぁ、既にもうフラフラじゃねぇか。流石に牙ッ鬼相手にフォローはできないぞ)

 蓮也の言う通り、目立った傷は負ってはいないものの、既に体力も霊力も底を尽きかけてしまっている。

 正直に言えば兄の力は多少心強くもあるのだが、それは私たちに協力してもらった場合のこと。

 先ほどの戦いのこともあるし、ギリギリでの接近戦の最中に術を使われると、今度こそこちら側にも被害が及ぶだろう。


「邪魔よ、私たちできっちり始末してあげるから下がってなさい」

「なんだと、この私を邪魔だと言うのか!」

 やはりと言うか、私の忠告に反論する兄。だけど今回ばかりは沙夜も同じ気持ちだったようで、自ら前へと出て一緒に兄の説得当たってくれる。

「兄さん、この方たちの言う通りです。そんな状態で戦うのは無謀です」

「お前まで私に引けと言うのか! この北条家最強の術者であるこの私に!!」

 体の状態を心配した沙夜だったが、やはり自分が最強と錯覚している兄には届かない。

 最後まで敵に背を向けぬ心意気だけは立派だとは思うが、今のこの状況では明らかに沙夜の判断のほうが正しいだろう。

「ケケケ、俺は何人相手だろう構わないぜ」

「抜かせ! 鬼と言えども、人の体を乗っ取ることしか出来ぬ低級ではないか。北条家の人間として、鬼と契約した者をこのまま野放しには出来ぬ!」

 ……耳が痛いわね。

 別に茂の肩を持つつもりはないが、今の兄の言葉は私の心に深く突き刺さる。

 精霊と妖魔が相容れぬ関係ならば、人と鬼も決して交わえる存在ではないというのが普通の認識。だけど全ての鬼が人間の敵かと言われるとそうではないのだ。


「ケケケケケケ、鬼と人間が相容れぬ存在だってか? これはお笑い種だな」

「何が可笑しい」

「ケケケ、これが笑わずにいられるってか」

「どういうことだ?」

「居るじゃねぇか、そこに。鬼と契約を結んだ人間がもう一人な」

「なんだと?」

 牙ッ鬼が指差す方向に、兄と沙夜の視線が私と風華へと向けられる。

「なんだ、気付いてなかったのか?」

「うるさいわよ」

 風華の正体をバラされ、込み上げて来る怒りが抑えきれない。

 風華の正体、それは嘗て私と蓮也対峙した二体の鬼のうちの一体。

 元々は一つの鬼だった二人だが、とある理由から分離せざるをえなくなり、その片割れが風華となって私の元へとやってきた。

 つまり牙ッ鬼と風華は元は一つの存在であり、再び一つになることで失ってしまった力を取り戻すことが出来てしまう。

 先ほどから風華が怯えている理由がこれなのだ。


「どう言う……ことなんですか?」

 隣に立つ沙夜が声を震わせながら尋ねてくる。

「彼奴が言っている通りよ」

「……うそ」

 私に肯定されたことで、沙夜が口元を両手で覆いながらほんの僅かだが後ずさる。

 だから知られたくなかったのだ。

 風華がこの世に誕生した真の理由を知れば、また違った反応を示すのだろうが、私はただ滅びを待つだけの風華が見ていられず、鬼と知りながらもこの手を差し出してしまった。

 そのこと自体に後悔も反省もしていないが、やはり鬼を悪と定めている精霊術師にとって、私は異質な存在にでも見えるのだろう。


「き、貴様……。貴様も鬼の力に魅入られた人間だったか!」

 牙ッ鬼の話を聞き、私にも敵対心を向けてくる兄。いっその事、このまま北条家ごと風華の秘密を知る者を、根絶やしにしてやろうかという気持ちすら湧いてくるが、それは風華が望む未来では決してない。

 私は込み上げてくる怒りを抑えながら、優しい風華のために簡単に経緯のみを説明する。


「言っておくけど、風華は貴方達が思っているような存在ではないわよ」

「どれはどう言う……」

「今の風華から妖気は感じられるかしら?」

「えっ? あっ、そういえば……」

 今の風華が操っているのは間違いなく霊気。一応妖気も操れるらしいのだが、霊気ほど強くないんだと本人は言っている。

「風華の中にはね、5年前に亡くなった術者達の霊気《心》が眠っているのよ」

 そう、風華と牙ッ鬼の正体。それは5年前に東京近海の島に出現した、史上最悪と言われたの鬼の本体。

 記憶では突如噴火した火山に、鬼と参加していた術者達が巻き込まれたとなっているが、真相は勝てぬと判断した術者達が、鬼の力を少しでも削ぐために、自らの命を霊力へと変えて鬼の体内へと送り込んだ。

 そうする事でいつか鬼を倒せる者が現れるまで、封印しつつ鬼の内部より力を削ぐ事で未来を託そうと考えたのだ。


「でもね、それを良しとしない鬼が、異物を排出するために自分を二つに切り裂いたの」

 少し前に未夢さんが大切にしていたミーちゃんに、妖魔が寄生していたのは記憶に新しいと思う。

 あの時のミーちゃんはまだ生まれて間もない未熟な精霊だったが、多くの術者の命を体内に取り込んでしまった鬼は、己の自我を捨ててまで異物を排出しようと考えた。

 一つは純粋な妖魔としての牙ッ鬼、もう一つは術者達の霊力が詰まった風華へと。こうしてこの世に生まれてしまったのが二人と言うわけ。


「こう見えても風華は生まれてまもない子供なのよ」

 精霊は蓄えた霊力に比例するように、その見た目に大きな変化を及ぼす。

 だけど元から強大な存在から産み落とされた二人は、生後0歳とい状態で今の姿を成形してしまった。

 未熟な私と蓮也で牙ッ鬼を倒せたのは、ひとえに牙ッ鬼が未熟な知識しか持っていなかった事が非常に大きい。

「そう……だったんですね。それなのに私……助けて貰ったのに怖がっちゃって」

「構わないわ、風華もそれはわかっている筈よ」

 風華だってバカではない。

 自分がどのような存在なのかも理解しているし、正体がバレたら沙夜のようなな反応を示されることも分かっている。

 彼女はそれらすべてを受け入れて、私の元へと来てくれたのだ。


「騙されるな沙夜、どれだけ言い繕おうが鬼は鬼だ! この私がまとめて退治してやる!」

 やれやれ、牙ッ鬼もそうだが、兄が今の私達に敵う筈もないだろうに。

「やめて兄さん!」

「えぇい、どけ沙夜。退かぬならお前ごと薙ぎはらうぞ!」

 私に向けて術を放とうとする兄に対し、両手を広げて防ごうとする妹。

 当事者だというのに、下手なドラマのシーンを見せられているようで、どっと疲れが押し寄せてくる。


「バカは引っ込んでいなさい!」

「なっ、この私がバカだと!?」

「そうよ、確かに風華は鬼だけれど、彼女のどこに鬼の角が生えていると言うのよ」

「なっ……に?」

「そういえば角が……ない?」

 私の言葉に、再び紗夜と兄が風華の方へと視線を向ける。

 牙ッ鬼に角が無いように、風華にもまた鬼の象徴でもある角が消滅している。

「貴方も鬼の角がどういう役割を果たしているかぐらい知っているでしょ」

 鬼の角は力の源であるとともに、物理的な体を構築している核でもある。

 風華の場合は私の霊力でその姿を保てているのだが、力の大半は既に失っており、その強さは嘗て鬼だった時の半分にも満たしてはいない。


「だが、角が無ければいいと言う話ではない!」

 それはごもっとも。

 角を失い、二度と本物の鬼へとはもどれないが、風華を構築してる元が鬼であるという事実には変わらない。

 だが、風華に角がないのに驚いたのは、兄達だけではなく……

「角がないだと!? き、貴様、角はどうした!」

 おや、先ほどまでケケケと笑い飛ばしていた牙ッ鬼だったが、ここにきて初めて動揺する素振りを見せて来る。

 どうやら今の今まで風華に角が無いことに気づいていなかったようだ。


「今頃気づいたの? 案外呑気なのね」

「そんな事はどうでもいい! 角を何処へ隠した!!」

 なるほど、本当の目的は風華に生えていた角だったというわけね。

 嘗ての半身であった風華を再び取り込み、あわよくば風華の角を己の物にしようとでも企んでいたのだろう。

 だがおあいにく様。風華の額に生えていた角は、既に何者にも利用されないようこの世から消滅させてしまっている。

「答えろ! 角を何処へ隠した!」

「やれやれ、まるで子供ね。風華、教えてあげなさい」

 もともと風華も牙ッ鬼も生まれて半年ほどしかたたない子供のような存在。

 そして私は風華の母親でもあり、大切な相棒でもある。

 風華は私に背を押されるように精一杯牙ッ鬼に対峙し、自らの口でこう話す。


「わ……お……した」

「なに?」

「わたし……おり……した」

「なんだって、聞こえねぇ!」

「私が……、自ら折りました!!」

 徐々に大きくなった風華の声が屋敷中へと響き渡る。

「……えっ?」

「はぁ?」

「な、なんだと!?」

 まぁそういう反応になるわね。

 前者から沙夜、兄、牙ッ鬼の順で驚きの声を上げる。

 角は鬼にとって命同然の存在。角を折るイコール自殺を図るのと同じぐらいありえないのだ。


「お、折っただと!?」

「嫌なんです。私は人を傷つけるのも、人に怖がられるのも、そして人を食べる事も嫌なんです。だって私は……」

 風華は一旦言葉を止め、大きく息を吸うようなしぐさをしながらハッキリとこう口にする。

「私は、草食派なんですぅぅ!!!!!」

「「「…………………………はぁぁぁ?????」」」

 この場にいる私と蓮也を除く全員がものの見事にハモってしまう。

 他人にとっては驚く事実かもしれない。大馬鹿ものだと嘲笑する者もいるかもしれない。だけど私にとってはその言葉だけで十分!


「よく言ったわ風華! 私達の力を見せてあげなさい。行くわよ、『纏』!」

「はい!」

 私の意思に従い、風華が霊体へと姿を戻し、私の体を覆うように纏わりつく。

 今こそお見せしましょう、これが私と風華の本当の力。

「「『纏』 風華雪月ふうかせつげつ!!」」


 そして嘗ての決着を付けるべく、私たちの最後の戦いがいま始まる。

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