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第31話 厄災再び(7)

 固てぇ。まるで鉄の塊をぶっ叩いている感じだ。

 最初の一撃は意識を俺に向けさせるために小細工を要したが、流石に二度も同じ手を食らうような間抜けではないのだろう。

 今は妖気の鎧を全身に纏われ、全く刃が本人にまで届かなくなってしまった。しかも初撃で付けた傷まで完治しちまっている。

 まるで『纏』を使った沙姫のように。

 ……いや、沙姫は自分で自分の傷を治せないんだったな。

 まったく嫌になるぜ、同じ歳で同じ未熟な術者同士だと言うのに、あいつは俺には出来ない『纏』を息をするかの如く使えてしまう。『纏』に必要なのは技量ではなく、精霊との絆だと言うことぐらいは知っているが、やはり近しい存在が扱えてしまうことが悔しくもある。

「秘剣、焔八連!」

 敵の態勢を崩し、一瞬できた隙に八連の剣閃を叩きこむ。

 くそっ、これでもダメか。

 一点集中の攻撃で突破口を作ろうとするも、付けられたのはほんの僅かなかすり傷。その傷も黒い妖気が集まって来たかと思うと、次の瞬間にはきれいさっぱり完治している。

 だがこの回復手段は正しいものなのか? 沙姫が見れば何かを気づくかもしれないが、治癒術の構造がサッパリの俺じゃ何も思いつきもしない。

 せめて今の状況に気づいてくれればいいが、沙姫は術者の退避をさせようと風の術を操っている最中。

 やれやれ、結局俺がもう少し頑張るしかないか。

 再び刀身に炎を纏わせながら茂に向き合う。


「あぶねぇあぶねぇ、妖魔を纏っていなけりゃ死んでいたぜ」

「遠慮せずにそのまま死んでくれてりゃ、助かったんだけどな」

「相変わらずクソみてぇな減らず口を。だがその余裕が一体いつまで続くか見物だぜ」

 こちらもまだ余力を残しているとはいえ、突破口が見いだせない状態というのは正直精神的にもキツイ。せめて最初の一撃の時の様に防御を一点に集中させられればいいのだが、あれ以降警戒されて全身防御を徹底されてしまっている。

 まいったな。敵は攻撃をただ受けるに対して、こちらは反撃を避けながらの高速移動。このまま続けはそう遠くない未来で体力が尽きてしまうことだろう。

 はぁ、仕方ねぇ。出来れば切り札に取っておきたかったんだがアレをやるか。


「行くぞ!」

 気を練りながら刀を鞘へと戻し、そのまま一気に間合いを詰める。だがその時……

「蓮也、逃げて!」

「!?」

 突如響く沙姫の声に、技の発動を緊急停止して回避行動へと移る。

 ドドドォォォー!!!

 なんだ、水……、いや氷か!?

「この私を忘れるな!!」

 なにやら偉そうな声がする方へ顔を向ければ、そこに立っていたのは沙姫の兄でもある北条将樹。水の術以外に氷の術も使えたのかと感心したいが、今の攻撃は明らかに俺を巻き込むつもりで放たれたいた。

(おいおい、流石に今のはやりすぎだろうが)

 攻撃としては相手の意識が他に向いている時がチャンスだが、味方を巻き込んでいいわけでは決してない。しかもこっちはそちらの術者達を救出するための時間を稼いでいるのだ。それを無視して攻撃を仕掛けるとか、恩義知らずもいいところだろう。


「相変わらず自分以外はどうなってもいいってか。威張り散らしていたわりに不意打しか出来ないとはご立派だなぁ」

「抜かせ! 妖魔に取りつかれたような者が、人間扱いされると思うな!」

 息を整えながら静かに将樹と茂のやり取りを見守る。

 くそっ。今の攻撃で俺にだけ向けられていた意識が、完全に無くなってしまった。

 沙姫はまだ風を操っている最中だし、気づけば妹とその付き人らしき少女が、救出のために茂の近くまで接近してしまっている。

 今其方に気づかれるとマズイぞ。


「おいおいさっきの話を聞いていなかったのか? 俺は妖魔に取り憑かれているんじゃなくて、利用してるんだ」

「同じことだ。妖魔に操られようが、妖魔を利用しようが、貴様はもはや人間ではない」

 その意見には些か同意しかねるが、今は迂闊に刺激を加え、意識を彼方側に向けさせるわけにはいかない。

 俺は気を蓄えながら、いつでも攻撃に転じるよう体内で霊気を蓄える。


「もはや手加減は無用。次の一撃仕留める!」

 直後、沙姫の兄のも元に強大な霊気が収束しだす。




「!?」

 突如兄の元に集まる巨大な霊力。

 先ほどの蓮也を巻き込む攻撃もそうだったが、いまそんな巨大な霊力を放てば、間違いなく救出出来ていない術者達を巻き込む。しかも茂の近くには沙夜と鈴音もいるのだ。

「正気なの! ここでそんな大技を使うなんて、今すぐ止めなさい!!」

「私に指図するな! 喰らえ!!」

 バカ!

 兄が術を放つと同時に、私と蓮也がそれぞれ別の方向へと素早く動く。

 

大海嘯だいかいしょう!!」

 大海嘯、北条家に伝わる最強の精霊術で、その名の通り術者が照準した位置を中心に、地上に5mは超えるかの大津波を発生させるという、大変迷惑極まりのない大術。

 ただ術に安全装置がが組み込まれているのか、ある一定の範囲を越えると見えない壁に遮られ、洪水の被害が抑えられるようになっているんだとか。


「どうだ、思い知ったか! ふははははは! ……っ」

 足元をフラつかせながら、水没してしまった中庭で高らかに勝利を宣言する兄。

 私と蓮也は術が発動する前にそれぞれ近くの負傷者を抱え、屋敷の屋根へと退避できたが、術の発動地点にいた茂は確実に大海嘯に飲み込まれた。

 如何に妖気の障壁を全身に纏っていたとしても、一度に何トンもの水圧が四方より押し寄せれば、例え『纏』の状態であったとしてもタダではすまない。おまけに水という壁が酸素を奪い、水圧に耐えられたとしても息が出来ないまま水死してしまう。それで妖魔は倒せなくとも、本体である茂は耐えられないことだろう。

 人は酸素が無ければ生きては行けず、上空に逃げようとも人の背には翼はないのだから。


「二人とも無事ね」

「は、はい」

「あ、ありがとうございます」

 しかし我ながらよく沙夜と鈴音を抱え、屋敷の屋根へと退避出来たものだと感心してしまう。

 反対側の屋根を見れば、蓮也と白銀がそれぞれ別の負傷者を退避させており、こちらに向かって無事である事を知らせている。

 あのバカ兄、本気で後先を考えていないのね。

 元が霊気で生成した術ということで、見えない壁で中庭だけが水没した状態だが、その被害は屋敷の一部まで及んでしまっている。

 北条家のお屋敷は歴史ある家屋なので、その修理費は決してバカに出来るものではない筈だ。

 まぁ私には関係ないのだけれどね。


「これで終わったんでしょうか?」

「終わった……、と思いたいんだけれどどうかしらね?」

 気配を探るにも大海嘯の霊気が邪魔で絞り切れず、地上を目視するにも依然中庭が水没した状態。。おまけに瓦礫やなんやと視界が非常に悪く、茂の姿があるかどうもか判断出来ない。

 流石に無事というわけはないわよね? しかしそんな希望も虚しく、蓮也の声が中にはに響き渡る。


「上だ、よけろ!」

「!?」

 突如上空から無差別に降りそそぐ黒い風の刃。私一人なら回避することは容易いが、沙夜と鈴音の二人を連れてまでは流石に無理だ。せめてどちらか一人ならば何とかなるかもしれないが、その場合残されたもう一人は確実に風の刃に切り裂かれる。

 どうする? 防ぐか、無茶を承知で二人を抱えて回避するか。

 だがそのホンの僅かな迷いが、すべての選択肢を無くしてしまう。

 ダメ、避けれない。

 ささやかな抵抗で、沙夜と鈴音を庇うように抱きかかえるも、次にやってくるはずの刃が襲ってこない。

 私は恐る恐る辺りを確認すると。

「ご無事ですか? 主人様」

「た、助かったわ風華」

 どうやら風の刃が届く瞬間、風華が風の障壁を作って防いでくれたようで、私たちを守るように風が球体のように包んでいる。

「えっ、誰? せい……れい?」 

 風華の姿を見て戸惑う様子を見せる沙夜。

 本音を言えば最後まで知られたくはなかったが、今の攻撃は風華が居なければどうすることも出来なかった。

 流石に風華の正体までは見抜けない筈なので、ここは二人目の精霊ということで誤魔化しておこう。


「うそ……精霊が二体?」

 私に白銀がいることは既に知られており、蓮也の手には転身の術で姿を変えた烈火がいる。おまけに私の事を主人様と呼んでいるのだから、自ずと誰の精霊かは察しがつくだろう。

「驚いているところ申し訳ないんだけれど、貴方達一つお願いしたい事があるの」

「な、なんでしょうか?」

「蓮也の近くにいる負傷者がいるでしょ? 彼らを安全な場所へと運んで欲しいの」

 上空で透明な板にでも立つような茂を警戒しつつ、沙夜と鈴音に話しかける。

 空中に浮かんで居られる事にも驚いたが、今の術で仕留めきれなかった事にも驚愕を受ける。

 流石に無傷とは行かなかったのか、左側の手足が力なきようブランと垂れ下がっているが、その傷も見ている間に回復しているようだ。


「言っとくけど今回ばかりは嫌だとは言わせないわよ」

「わ、わかっています。先ほどの攻撃で、足を引っ張ったという事も……」

「そう、理解しているのならそれでいいの」

 もともと沙夜は、冷静に周りと自分の力量を図れる優秀な子。先ほどの反感は恐らく私の言い方に頭に来たからであろう。

 そんな彼女も私に守られた事で理解してしまった。自分が残っても足を引っ張ってしまったという事を、自分を慕って付いてきてくれた鈴音が死んでいたかもということを。

 今はただ、それだけ分かってくれればいいのだ。


「私が仕掛けるから、その隙にお願い」

 風華を綺麗な装飾が施された真っ赤な薙刀へと変え、空中にいる茂に対して構えを取る。

「はい。でもどうやって戦うのですか? 相手は空を飛んでいるんですよ」

「ん? そんの簡単でしょ、地上に叩き落とすのよ!」

 その場で腰を落とし、その反動を利用して一気に茂の方へと飛び掛る。

 幸い先ほどの攻撃で、風の刃を防ぎきれなかった兄が大海嘯の術を解除してしまっている。今なら私と蓮也との連携で、一気に押し切る事も出切る筈。

 まぁ、唯一地上で動けない兄がいるようだが、そこは北条家最強の名にふさわしく、自分の身は自分で守ってもらうしかないだろう。


「くそっ、まだ傷が治りきってねぇってのに!」

 破れかぶれのつもりなのか、茂が突進する私にめがけて複数の風の刃を放ってくる。

「危ない!」

 背後から沙夜の声が聞こえる。

「バカが、空中で向きが変えられるかよ!」

 バカはそちらでしょ。

 本来なら人は空中にいるときほど無防備になる。人の背には翼はなく、蓮也の様に飛翔型の精霊を持たない者からすれば、私の行動は自殺行為にも見えるだろう。

 ……だが。

「白銀!」

 風の刃が襲う瞬間、突如現れた白き獣が私を背に乗せ空中を駆け回る。

「バカな、天を駆ける精霊だと!?」

 精霊が地上にいる生き物に姿を似せる理由は、天界にある神様の領域を侵さないためだと言われている。

「空中戦が自分の専売特許だとおもった? 全くおめでたいわね」

 白銀の背に乗りながら、四方八方から攻撃を仕掛ける。

 蓮也と烈火ほどの高速移動はできないが、何もない空中を足場にできる分、その機動性は地上を駆ける時とは比べものにならない。

「くそっ、くそっ、くそっ」

 上下左右、上空を駆けたかと思うと次の瞬間には下から襲われ、足元を警戒すれば背後から襲われる。

 どうやら彼方はただ空中で浮いているのがやっとのようで、完全に白銀の動きには対応しきれていない。

「神雷!」

「ぐはっ!!」

 天空から一条の閃光が茂を襲う。

 私は白銀の背から飛び降り、上空から茂目かげて一気に下降。

「北条薙刀流 天の型、下り飛竜(くだりひりゅう)!!」

 全身に風を纏った一撃が、空中に佇む茂ごと一気に地上へと叩き落す。


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