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第28話 厄災再び(4)

「お待ちください!」

 突如大広間に乱入するなり、北条家の術者と白銀との間に割り込む一人の少女。

 その近くには同じ年頃の女の子が、少女の動向を不安そうな視線で見守っている。


(おい、あれってもしかして……)

(えぇ、妹の沙夜よ)

 妹の方が3割り増しに可愛いとはいえ、私と沙夜は間違いなく血の繋がった本当の姉妹。

 流石の蓮也でも、本人を前にして赤の他人などとは言わないだろう。


 少女こと北条沙夜は、一瞬私の方を見つめるも、すぐさまその場で片膝をつき、私と蓮也に向かって頭を下げる。

「私は北条 将樹の妹、沙夜といいます。この度は兄が無礼な物言いをしてしまい、大変失礼いたしました」

 へぇ、こういう社交的な事も出来るのね。

 私の一つ下とはいえ、やはり北条家の厳しい仕来たりで教育されてきた身。バカな兄を目の当たりにした分、立派に振る舞う妹が頼もしくも思えてしまう。


 それにしても沙夜のこの発言、まるで大広間で起こった事を理解している様子。流石に隣の部屋で盗み聞きしていたとは思えないので、状況を案じた誰かが事情を説明しに行ったのだろう。

 すると先ほど逃げ出したようにみえた女術師は彼女だったのだろう。私に胡桃がいるように、沙夜にも同じような付き人が一人存在する。

 正直沙夜とすら殆ど話したことがなかったので、彼女のことはそれ程詳しくはないが、私に胡桃が必要なように、妹ににも彼女の存在は決して小さくはないはずだ。


 私は気づかれないよう、この場に沙夜が駆けつけてくれたことに感謝し、あたらめて話の続きを再開する。

「どうやら少しは話ができる子がいるようね」

 なぜ彼女が父ではなく、妹の沙夜を呼びに行ったかまでは知らないが、こちらも落とし所が見つからなかったところなので、正直沙夜の登場は願ってもない。

 私は白銀に合図を送り、溢れ出る霊力を抑えさせる。

「それで、私たちはどうしたらいいのかしら?」

 やや語尾を高め、返答次第によってはこのまま帰るわよと脅しをかけながら、妹の沙夜へと向き合う。

「北条家としましては、結城家の皆様には出来うる限りのもてなしをするよう、当主から仰せつかっております」

「もてなしなんて要らないわよ。私たちはここへ遊びに来たのではないの、単刀直入に聞くど、助けが要るの? 要らないの?」

 礼儀正しい妹に対し、我ながらなんとも捻くれた対応なのだと感じるも、私はもう実家の人間に対し一歩たりとも引くつもりはないし、同情してあげるつもりも一切ない。

 そんな私の心情を知ってか、隣に立つ蓮也は黙って私と沙夜との話を聞いている。


「度重なる失言、大変申し訳御座いません。現在北条家が遭遇した妖魔が非常に強く、残された術者たちでは対応が困難な状況。つきましては結城家の皆様には、どうかご助力を願いたくお願い申し上げた次第でございます」

 これは中々どうして、立派に振る舞う妹に、ほんの僅かだが感動すらも覚えてしまう。

 そういえば白銀の霊圧にもおくせず、よく前に立って止めに入ったわね。

 もしかして兄より妹の方が次期当主に相応しいのではないかと、本気でそう感じてしまう。

「そう言う理由ならば結城家としても尽力を惜しまないわ」

「まぁな。元々其のつもりで人員を連れてきたんだしな」

「恐れ入ります」

 私と蓮也から良い返事をもらい、今一度私たちに向かって頭を下げる沙夜。

 その様子を後方から見守っていた術者たちから、ようやく緊張感が四散する。


「それで、状況を説明してもらえないかしら? 一応頂いた報告書は目にしているのだけれど、肝心の妖魔の詳細がよくわからなくてね」

「だな。今回は合同での討伐だと聞いているから、前衛は俺とシスティーナの二人だけだ。後方支援の術者は多めに連れてきてはいるが、そっちは戦力として余り期待しないでくれ」

 流石の紫乃さんも、敵が本当に鬼かどうかもわからない状況では、過剰な戦力導入は返って北条家の警戒心を煽るだけ。それに今回は救援という依頼を受けての出動なので、主戦力となる術者は北条家側ということになる。

「そう……でしたか……」

 ん? 若干気を落とした様子の沙夜だったが、ほかの術者の手前、すぐに気を取り直して現状の報告を教えてくれる。

 その内容はほぼ紫乃さんから聞かされた内容に大きな違いは無かったのが、次に出てきた名前に私と蓮也は思わず互いの顔を見合わす。


「正木茂? それじゃ妖魔に取り憑かれたというのは彼だというの?」

「おいおい、マジかよ」

 思い出されるの今年の春頃、多摩川の河川敷で私と蓮也が対峙した彼の姿。

 妖魔を取り逃がした失態から、結城家が管理するエリアまで追って来た彼だったが、結局私と蓮也に負けて、北条家へ逃げ帰ったという出来事があった。

 私はてっきり罰でも受けているのかと思っていたが、まさか妖魔に取り憑かれていたとは考えもしなかった。

「やはり春先に茂様を出し抜いたというのはお二人でしたか」

 あの場には北条家に属する術者も大勢いた。その内の誰かから、当時の様子が報告されているのだろう。

「まぁな。こっちも仕事なもんでな」

 元々連絡もなしに結城家が管理するエリアに土足で乗り込んで来たのだ。

 せめて事前に連絡を受けていれば、結城家としても其れなりの考慮は出来たというのに、彼は北条家側にも連絡を入れずに単独行動に出てしまった。

 そのあと彼がどのように処罰されたかは知らないが、北条家側から結城家に対し、謝罪の連絡が入ったとは聞いている。


「いえ、別に苦情を言いたいというわけではございません。あの件は明らかにこちら側に非がある案件、寧ろお詫びをしなければいけないと思っておりました。ですが……」

「当の本人はそう思っていなかった、ということでしょ?」

「……はい」

 過去、精霊術師が妖魔に取り憑かれたという事例は、僅かながらも報告されている。そしてその殆どが、本人の心の弱さからつけ込まれたとされているのだ。

 恐らく私と蓮也に敗れ、当主である父から失態の責任を負わされたのだろう。

 父も兄も無能な人間へは非常に厳しく、たった一度の失敗で降格させられたという事例すら残っているぐらいだ。

 そんな心の隙間を、妖魔に取り込まれたのではないだろうか。


「事情は了解したわ。それで其方の戦力はどれ程なのかしら?」

 今回結城家側に依頼された内容は戦力の不足分を補うもの。流石の紫乃さんも鬼相手にこの戦力でとは考えてはおられず、状況によっては撤退するようにとも指示を受けている。

 その為まずは私たちが相手の正体が何者なのかを暴き、討伐できるようなら北条家をサポートし、無理そうならば改めて戦力の編成をするおつもりなのだろう。

 そう、気軽に聞いたつもりだったのだが。

「それがその……、ここにいる術者が全てでして……」

「…………はぁ?」

 沙夜から飛び出た言葉に、思わず変な声で返してしまう。

 ここにいるのが全てって、どう見ても20名程しかいないわよ。

 通常妖魔の退治には、前衛を担う精霊術と、結界や治療を行う後衛組で編成されており、C級妖魔で約20名、B級妖魔に関しては周りの被害を考慮して、およそ50名ほどで当たると言われている。

 そのため私が聞きたかった答えは、前衛たる精霊術師が何名で、その補助たる後衛術者が何名いるのかを聞きたかったのだ。それがここにる術者が全てとは、ハッキリ言って呆れを通り越して大丈夫なのかと問いかけたい。

「一応確認するけど、予備戦力も含めてってことよね?」

「……はい」

 その言葉に私と蓮也は自然とお互いの顔を向き合う。

 

 沙夜の言葉を信じるなら、残った術師を掻き集めて来たということなのだろう。

 よく見れば包帯が巻かれている術者がいたり、明らかに見習いの域を出ない若い術者もいるようで、この集まった約20名のうち、一体どれだけの術者が役に立つのかと尋ねたいところ。

 仮に今回の事件が解決できたとしても、この先の通常業務すら難しいのではないだろうか。


「まさかとは思うけれど、他の人たちは全員その妖魔に殺された、というわけではないわよね?」

 私が知る範囲ではこの10倍ほどの術者を抱えていたと記憶している。もしその全員が一体の妖魔に殺られていたとすれば、それはもう災害級と呼んでもいいレベルだろう。

「それはその……そういう訳ではないのですが、普段から怪我人が多発する現場でして……」

 なんとも言いにくそうに話す沙夜だったが、その言葉だけで大体の事情が把握できる。

 つまり指揮をとる術師が無能なのだ。それで怪我人が続出してしまい、通常業務に支障が見え始めた時に、今回の事件が起こったということなのだろう。

 優秀な術者ほど日頃の怪我は絶えないもの。それが無能な指揮官の下で動くとなれば、誰かを庇って怪我をするなんて考えなくとも分かるだろう。


 そらぁ、あの父が恥を忍んで結城家へ救援要請を出すはずだ。


「言っておくが、今回指揮を取るのはこの私だ! 貴様が従える精霊の強さだけは認めてやるが、現場ではこの私の指示に従ってもらうぞ!」

 あ、まだ居たのね。沙夜とばかり話していたから、すっかり兄の存在のことを忘れていたわ。

 こちらとしては元よりそのつもりで来ているのだから、兄の言葉に異存はない。だけど連れてきた後方術師さん達の事を考えると、やはり心配事が増えてしまったと言わざるを得ないだろう。

 もし兄の下手な采配で、大切な結城家の術者の皆さんを危険な現場に放り込むことにでもなれば、彼らの生還を待ち望む家族に顔向けができない。

 それはどうやら蓮也も同じ考えだったようで。

「構わないぜ、元よりこちらはそのつもりだ。ただ従うのは俺とシスティーナの二人だけだ。連れて来た他の連中は直接この俺が指示を出す」

「なに?」

「そう目くじらを立てるなって、別に作戦に背くと言ってるんじゃねぇんだ。ただこちらとしては北条家側のルールみたいなのがまるでわからねぇ、其方はどうも近代文明を取り入れていないようだから、いきなり機材を渡しても使いこなせねぇだろうって言ってるんだ」

 相変わらずこういった交渉は上手いわね。

 蓮也が言った事には違いないが、連絡の手段が違うとなれば些か問題も出てしまう。北条家側は呪術による通信を使うに対し、結城家側は近代文明に呪術を組み込んだ最新機器。ぶっちゃけ素人の私でも使えたりするのだが、熟練の術師ほど仕様が変わる事を毛嫌いする。

 北条家の人間としては、やはり近代文明を使用する事を良しとはしないだろう。


「歴代の術師達が築いたものを犯すとは愚かなことだ。だがまぁいい、その代わり貴様と、そのおかしな格好をした女はこの俺の指示に従ってもらう。反論は許さん、精々手柄を立てられるよう励むのだな」

 やれやれ、一々人を罵る言い方しか出来ないとは、北条家の未来もそう長くはないのかもしれないわね。

 私と蓮也が呆れた表情を浮かべ、その様子を苦虫を噛み潰したよう様子で見つめる沙夜。

 このあと兄が現場に出向き、直接指揮を取られるのかと考えると頭が痛くなるのだが、現場ではどの様な事態に遭遇するかは分からないので、場合によっては単独行動も辞さないつもり。

 場合によっては北条家の術者を守りながらの戦いになるかもしれないが、そこは指揮官でもある兄に任せておけばいいだろう。敵は北条家の第一陣を軽く退けたほどの相手、戦況によっては私と蓮也とで抑えるつもりで向かわねば、足元をすくわれる事態だって考えられるのだ。


「では作戦の説明をする!」

 今まで術者達の後ろに控えていた兄が、偉そうに作戦の全容を話そうとした正にその時。

 バリバリバリーッ、ドッゴォォーーーーン!!! 

 突如北条家に敷地内に、雷が落ちたごとく爆音が鳴り響く。

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