第26話 厄災再び(2)
「大丈夫か沙姫?」
「えぇ、大丈夫……と言いたいところだけど、正直軽く手が震えているわね」
車で移動中、私の様子を心配した蓮也が尋ねてくる。
昨日、我が家でクッキーパーティーをしていると、突如紫乃さんから舞い込んだ仕事の依頼。当初こそ、また何処ぞのバカが妖魔を取り逃がしたのかと思ったが、その依頼内容は北条家を知る私と胡桃を驚愕させるものだった。
「えっ、救援依頼? あの北条家《父》がですか?」
紫乃さんから聞かされた第一声に、我が耳を疑うかのように驚きの声を上げる。
「えぇ、これは政府を通しての正式な救援依頼。そして結城家として、この依頼を受諾したわ」
ありえない。紫乃さんからの言葉を聞いた今でも、父から結城家に救援依頼を出すなど、全くもって信じられない。
地方の一族で、たまに戦力不足から他家へ救援を要求する場合もあるが、北条家は事実上神奈川県のトップを張るような存在なのだ。それにあの父が、目の敵としている結城家へ泣きつくとも思えないので、これは裏に何かあるんじゃないと疑ってしまうのは、ある意味仕方がない事ではないだろうか?
「なぁ、これって何かの罠なんじゃねぇのか?」
隣で話を聞いていた蓮也も、どうやら私がたどり着いた結論と同じようで、母親でもある紫乃さんへ率直な疑問をぶつける。
「そうね、私も最初は疑ったわよ」
何と言っても私が現在進行形でここにいるのだ。今までもバレないよう仮面のシスティーナとして動いていたが、いつ何処で正体がバレていたとしても不思議ではないのだ。
もし私の力に気づかれていれば、もし結城家に身を寄せている事で反感を買っていたとすれば、あの傲慢で血も涙も無い父の事だ、何がなんでも私を連れ戻そうとするだろう。
だけど……。
「違うのかよ?」
「残念ながらね。いえ、むしろ状況は最悪と言ってもいいでしょうね」
「えっ?」
紫乃さんの雰囲気から、それは私云々程度の問題では無いと、そう語っているようにすら見えてしまう。
「状況が最悪って、どういう事なんですか?」
「まずいちから説明するわね。今回ばかりは行き当たりばったりでは、貴女達でもタダでは済まないわ」
紫乃さんが今まで見た事も無いような神妙な様子で教えてくれる。
それは遡る事約2ヶ月半前、北条家所属の一人の術者が死亡した事から始まった。
当初こそ一人で居るところを妖魔に出くわし、奮闘空しく倒されたと思われていたのだが、その数が次第に膨れ上がり、3人目の被害が出ると同時に、北条家は本格的にその原因となる妖魔の捜索を行われたらしい。
だがその捜索に当たっていた術者にも被害が広がり、多大な犠牲を出しつつもやがて原因とも言える一人の人物へとへたどり着く。
「北条家としてはここは何としてでも一族で解決したいと思ったのでしょうね。だけど大人数で組まれた討伐隊はほぼ壊滅、何人かは命からがら逃げだせたそうだけど、北条家としては相当酷いダメージを負ったそうなの」
「討伐隊が壊滅って、そんな……」
別に実家の肩を持つつもりはないが、北条家は当主である父を筆頭に、多大な戦力を有する妖魔退治の一族だ。今でこそ落ちぶれたとはいえ、嘗ては日本最大とすら言われた有名な家系。その北条家がたかが妖魔ごときに遅れをとった事が信じられない。
「現在北条家では戦力の再編成が行われていて、そこへ結城家の戦力を加えて欲しいと言うのが今回の依頼」
なるほど、あくまで指揮を取るのは北条家側であり、結城家はその補助に当たる事で、世間からの目を欺きたいとでも考えているのだろう。
だけどまだ見習い扱いの沙夜はともかく、あの北条家最強の兄がいるのだから、たとえ相手がB級クラスの妖魔だったとしても、十分に対処は可能なはずだ。それなのに何故、日本最強と言われる結城家に救援を出した?
「これはあくまで現場での状況だけれど、亡くなった術者には体の破損部分があったそうよ」
「「!?」」
体の破損。それはつまり妖魔に体を食べられたという意味を表す。
そして妖魔が人を食べる事はもっとも危険な状態だとされており、私たち術者の中ではその恐怖の対象としてこう呼んでいる。鬼と……。
まさか、また鬼がこの日本に出現したとでもいうの?
「だから俺たちが呼ばれたってわけか」
「えっ?」
「よく考えても見ろ、沙姫がいるのに北条家へ行けとは言わないだろう?」
「あっ」
蓮也の言う通りだ。
私が紫乃さんから大事にしていただいている事は理解している。それなのに私が最も嫌う実家に行けとは、普通言わないだろう。
結城家にはまだ柊也様や七柱の庄吾様がいらっしゃるのだ。そのお二人を差し置いて、私と蓮也に行けとは言わないはずだ。
「正直私としてはこの依頼は受けたくなかったの。でも相手が鬼となれば放置しておけないわ」
発生現場がお隣の神奈川とはいえ、その被害は間違いなく東京都内にまで広がる事だろう。そして対:鬼戦となれば、私と蓮也の強さは柊也様と庄吾様をも上回る。
正直細かな技量や実践経験はお二人には遠く及ばないが、その一撃の破壊力だけとれば、私と蓮也は恐らく日本最強。現に一度、たった二人で二体もの鬼を退けているのだ。
まぁ、あれは色々不測の事態が重なった上での勝利だったが、鬼を退けたのも隠しようのない事実。
そういえばあの時逃した鬼ってどこに消えたのかしら。庄吾様の話では一度破れた鬼は、その力を取り戻すまで何百年もの眠りにつくとは聞かされているが、弱っている今の状況ならば、とどめを刺す事だって出来るのではないだろうか。
「分かりました。この依頼、お受けします」
隣で見守る胡桃が不安そうに見つめているが、このまま見過ごすいう事は今更できない。
それに実家との対決は私にとっては避けられないもの。仕事と過去への払拭を、同時に解決させるなどど甘い事を言うつもりはないが、いつまでも逃げていては私は一生前を向いては行けないだろう。
もっともこれは私の心の問題であり、ワザワザこちらから秘密を暴露するつもはないので、バッチリ変装はさせてもらうつもりだ。
「出発は明朝7時、相手が鬼となれば力が勝る夜を避けての事らしいわ」
私たち人間が昼間を主とするように、妖魔や鬼は闇に紛れる夜を主とする。
これが普通のの妖魔ならば、探索しやすいという理由と、一般人への目隠し効果から夜に動くのだが、相手が鬼となれば話は変わる。
どうやら鬼の潜伏地も分かっているようだし、彼方も警察との連携もしているはずなので、不発弾が見つかったとかで辺り一帯が交通規制されているはずだ。
「結城家からも後方術者を派遣するつもりだけれど、基本的に前衛は貴女達二人しかいないと思って頂戴」
「まぁ、妥当だろうな」
「えぇ、もし相手が鬼ならば、正直誰かを守りながら戦うって事は出来ないものね」
贅沢をいえば柊也様か庄吾様をヘルプに付けてもらいたいが、こちら側を手薄には出来ないし、こと私と蓮也との連携ともなれば、返って三人目がいる方が足手まといにもなってしまう。
ただ北条家の術者がどう動くかがわからないので、正直不安はいっぱいなのだが、彼方にも北条家最強と言われる兄もいるので、まぁ自分たちの身を守るぐらいは何とかしてくれるだろう。
若干の不安と恐怖を抱きながら、私たちは作戦当日を迎える。
胡桃には念入りに変装メイクをしてもらい、最後まで私に付いてくると言い続けていたが、今回ばかりは周りを気にする余裕がないため、渋々諦めてもらった。
「ねぇ胡桃、この服パワーアップしてない?」
今回用意されていた衣装を身につけ、鏡の前でクルッと一周。
今まで着ていた衣装も可愛かったが、今日用意されていた服はフリルやレースが多く施されており、なんというかゴス感が更にパワーアップされているのだ。
「お気づきになられました?」
「いや、普通気づくでしょ」
別に私はそっち方面の趣味はないので、動き回る際に支障が出なければ特に拘るつもりはないのだが、さすがにフリルやリボンはそろそろ卒業したい歳でもある。
「ねぇ、せめてこの頭につけている飾りだけでも取っちゃダメかなぁ」
いままでは小さな髪飾りだったのが、今日付けているのは大きな花があしらわれたヘッドドレス。
そらぁウィッグを被っているから、そこまで違和感があるわけじゃないけれど、これ一つで見た目の雰囲気が一気に変わってしまうため、多少照れくささすら感じてしまう。
そう思い、髪飾りだけでも取ってほしいとお願いするが。
「ダメですよ。そのヘッドドレスにいったい幾らかかっていると思っているんですか」
「へ? そんなに高いものなの?」
「使っている素材だけで軽く数十万円するんですよ」
ブフッ。
胡桃曰く、どうやら防御の呪術がかけられた特殊な素材らしく、このヘッドドレス一つでナマクラ刀の一撃ぐらいは耐えられるのだとか。
そう考えると可愛すぎる装飾一つ一つが、高価な品に見えてしまうから不思議なものだ。実際高いんだけれど。
「ま、まぁそういう理由なら仕方なわね」
こちらも命の危険がある現場仕事だ。こんな所でケチって大怪我を負うぐらいなら、この程度の出費は致し方がないこと。
少々この服一式でどれだけかかっているのか気になるところではあるのだが、知ってしまうと怖くて戦えなくなりそうなので、あえて聞かないようにしておく。
因みにデザインと製作は胡桃のお手製なんだとか。
「待たせたわね」
マンションの一階フロアで蓮也と合流し、用意されていた車に乗り込む。
なんだか蓮也の視線を肌身に感じるが、実家に私だと知られるわけにはいかないので、ここは羞恥心を我慢するしかないだろう。
そして現在に至る。
「これが沙姫の実家か?」
「えぇ、ここが神奈川最大と言われる対妖魔の要、北条家の本家よ」
そここそ、神奈川の術師を代表とする北条家の本邸であった。




