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第25話 厄災再び(1)

「沙姫ちゃん、お塩どこかしら?」

「お姉さま、それ卵じゃなくてゴルフボールです」

「もうシロさんったら、つまみ食いは『め!』ですよ」

「凪咲ちゃん、火の術じゃなくてオーブン使って」

 わいのわいの。


 私たちはたまのオフを利用して、現在我が家でおかし作りの真っ最中。

 日頃のお礼を兼ね、胡桃にはソファーで休んでもらい、私と梢さん、凪咲ちゃんと風華の4人でキッチンを占領している。

 たまに私たちの会話を聞き、恐る恐る様子を伺いに来る胡桃だが、そこは今日ばかりは任せてほしいと、何度も何度もお引取りを願っている。


「なぁ、俺たちは一体何を食べさせられるんだ?」

 暇そうにしているところ、無理やり凪咲ちゃんに連れてこられた蓮也が、愚痴るように隣に座る胡桃に話しかける。

「い、一応予定ではクッキーだとは聞いているんですが……」

「クッキーって……、普通ゴルフボールは出てこないだろ? あと塩ってなんだよ」

 なんだか不満そうな蓮也の声と、不安そうな胡桃の声が聞こえてくるが、ほぼ戦場と化したキッチン組はそれどころではない。

 なんといっても3人が3人とも由緒ある術者一族のご令嬢なのだ。今まで料理らしい料理など作った事もなければ、キッチンに立った事すら一度もない。

 そんな私たちがなぜクッキー作りなんてしているのかと言えば、そこには深くもない、狭い理由が存在している。


 事の始まりは二日前、たまたま仕事も修行も空いてしまった私は、日頃の感謝を返そうと、一人でおかし作りを考えた。

 そこに偶々遊びに来ていた梢さんと凪咲ちゃん加わり、どうせなら素人三人でやってみようという事となり、今日と言う日を迎えたのだが、これが中々難しくて、普段から胡桃のお手伝いをしている風華をヘルプに加え、なんとか形になりつつある状態というわけ。

 少々素人3人組は風華の足を引っ張っているだけに見えなくもないが、初めてのおかし作りともあって、中々楽しい時間を過ごしている。


「できたわ!」

「やりましたね、お姉さま」

「私たちでもやれば出来るものね」

「おめでとうございます」

 流石胡桃の手ほどきを受けた風華と言うべきだろう、形も見た目も手本となる料理本の見たまんま。近くにあるゴミ箱には、真っ黒で炭状態の物体が見え隠れしているが、そこはまぁ戦場に犠牲は付き物という事で、多少は目を瞑ってもらいたい。


「うーん、見た目はその……普通だな」

「そ、そうですね。ですがこの普通が返って恐怖に……」

 出来上がったクッキーを目の前にし、なんとも失礼な発言をする蓮也と胡桃。

 そこへ風華が素晴らしいフォローを入れる。

「大丈夫ですよ、たぶん死にませんから」

 うんうん。流石の私たちも食べられないものは作らないからね。

 この出来上がりは三人とも満足しているのだ。


「ささ、食べてみて!」

「うぐっ」

 三人が目をキラキラさせる中、蓮也と胡桃が恐る恐るクッキーに手を伸ばす。

「なぁ、流石に死ぬ事はないよな?」

「え、えぇ。最悪沙姫さまの治癒術があるので、死ぬ事はないと思いますけど」

「いや、それフォローになってないだろう」

 尚も抵抗をする二人だが、初のおかし作りを完遂した私たちは興奮状態。多少の嫌味も今の私たちには届かない。

 やがて何かを決意したかのように、二人が同時にクッキーを口に運ぶ。

「!? うまい!」

「美味しい!」

「「「やったー!」」」

 不思議そうにする二人を横目にますます興奮する私たち。

 初のおかし作りでこの評価は、喜ぶなという方がおかしいだろう。


「一体どういう事だ?」

「不思議な事もあるものですね」

「ふふふ、どうよ! 私たちだってやれば出来るのよ!」

 えっへん。

 少々頑張った私たちに対して失礼な言葉とは思うが、それを翻すほど嬉しさが上回る。

 手伝ってくれた風華も嬉しそうにしているし、梢さんも凪咲ちゃんもハイタッチをしているしで、気分はもう立派なパティシエ状態。

 これでもう沙姫さまはキッチンに立たないでくださいとは言わせないわよ。


「因みにですが、沙姫さまは何を担当されたので」

「お湯を沸かしたわ!」

「私はお皿を用意しました!」

「私は風華に教えてもらいながら、型をとったわ」

「「……」」

 3人で『えっへん』と自慢するものの、何故か冷ややかな視線を向けてくる蓮也と胡桃。そらぁ、途中で風華からあれよこれよと指示を受けたが、お湯を適温にするのだって立派な仕事だ。梢さんなんて、クッキーの型取りまでやっていたのよ。これはもう3人の力作だと言ってもいいんじゃないかしら。

「えっと、まぁ。取り敢えずお茶でも淹れますね」

「あぁ、そうだな」

 平和的に解決したところで、改めて出来上がったクッキーを囲んでの試食会。その傍らには、柊也様と紫乃さんへのお土産用に包まれたものが用意されている。


「そういえばお姉さま。私お姉さまのご兄妹の話を聞いた事がないんですが、どのような方なんですか?」

「ん? 兄さんと沙夜のこと?」

 クッキーを食べながら会話を楽しんでいると、思い出したかのように凪咲ちゃんが尋ねてくる。

 そういえば皆んなとの付き合いも随分経つが、私の兄妹の話をした事は余りなかったわね。

 たぶん凪咲ちゃんは、この前クリスに言われた沙夜《妹》の話が気になっているのだろう。

 私としては出来れば思い出したくもない事だが、この先まえのように北条家と関わる仕事もあるかもしれないし、現場では姿を誤魔化している関係、事前に情報を伝えておくのも術者の役目。流石に弱点や苦手なものまでの情報はないのだが、二人が契約している精霊の話ぐらいは伝えておくべきだろう。


「そうね、丁度いいから少し話しておくのも良いかもしれないわね」

 特に蓮也は正木 茂との一件もあるので、知識を共有しておくのは悪い事ではない。

「まず沙夜の事だけど、歳は私の一つ下で、容姿は私を3割り増しに可愛くした感じと言えば少しわかるかしら?」

「お姉さまを可愛く?」

「別に妹自慢をしたいって言うわけじゃないのよ。実際学校ではファンクラブもあったぐらいなんだから」

 不出来な姉に、才色兼備の優秀な妹。

 あの頃の私は心を押し殺していた事もあり、お世辞にも明るい性格ではなく、また実家の北条家も地元じゃ有名な名家であった事から、自然と妹の方へと人が集まってしまたっというのも頷ける。

 ただ妹の笑顔が私に向けられた事はほとんどなかったのだけれど。


「自分で言うのもなんだけど、実家にいた当時の私って、ホントに性格が最悪だったの」

 あれを根暗と言っていいのかわからないが、目の前に起こる全てを諦め、成績は平々凡々、運動もそれほど目立つような活躍もなく、いつも優秀な妹と比べ続けていた。

 もし私の近くに胡桃が居なければ、私は今も孤独で父親の良いなりになっていたのではないだろうか。


「でもお姉さまは力に目覚められたんですよね?」

「15の時ね。流石に今更って感じもあったから、そのまま力を隠して無能を演じ続けていたわ。実家を出るためにね」

 もっとも、常に近くにいた胡桃だけは私の変化に気付き、早々にバレてしまったんだけどね。

「それじゃ妹も沙姫の力を知らないのか?」

「知らないわよ。そもそも私の力なんて興味すらなかったはずよ」

 結城家が火の精霊に好かれるように、北条家もまた水の精霊に好かれる傾向があり、兄も沙夜も共に水属性の精霊を従えている。

 そんな中で私だけが別属性の精霊を呼び出してしまったのだ。しかも生まれたての霊力がほとんど感じられない子猫姿のシロをだ。

 本人が聞けば自分は虎だと怒るだろうが、鳴き声もその愛らしい姿からも、子猫そのものなのだから仕方がない。

「なるほどな。すると妹の精霊も水に纏わる生き物なのか?」

「えぇ、竜宮の使いの姿を模しているわ」

 精霊は霊力強ければ強いほど大きく、その姿は属性にイメージが連なる生き物になる場合が多い。中には全く関係のない姿に生まれる場合もあるのだが、大半が属性と何らかのイメーシが重なる生き物になると言われているのだ。


「竜宮の使いって、あの海の中にいる蛇のようなお魚なですか?」

「そうよ。別に魚の形をしているからといって、中身は精霊だからね。空中を泳ぐように飛んでいるのよ」

「へぇ、なんだが可愛いですね」

 実際沙夜本人も、契約している精霊も非常に強い霊力を宿している。そしてその期待は今世紀最強とも囁かれている兄と共に、北条家の明るい未来を一族から寄せられている。


「まったくバカバカしいわよね。術者同士が啀み合う時代はとっくに終わっているというのに、未だ日本の首都への帰還を夢見ているなんて」

 別に神奈川では妖魔退治のお仕事が少ないという訳でもないし、街並みだって東京都内と引けを取らないといっても過言ではない。

 それにここ東京だって、結城家とは別に幾つもの術者一族が存在しているのだ。それを一番でなければいけないという理由だけで、東京から離れて拠点を移したのだから、今更嘗ての故郷へ帰還を夢見るとかありえないだろう。

「だな。そもそも沙姫を手放した時点で終わってるだろ」

 私の言葉に補足するよう、蓮也が呆れ気味に付け加える。

 ぶっちゃけ兄がどれ程強かろうが、今の私は負ける気がしないし、今更北条家のためにこの力を振るおうとも思わない。

 そんな私が目の敵としている結城家側にいるのだから皮肉なものだ。


「それで兄の話なんだけど……」

 沙夜の説明がひと段落し、いよいよ北条家最強と言われる兄の話に差し掛かったとき、 プルルゥ、プルルゥ……と、誰かのスマホに着信の音が鳴り響く。

「沙姫さま、電話が鳴っているようです」

「あ、私か」

 悲しいかな、私のスマホに登録してあるメンバーの大半がここにいるため、てっきり私以外の誰かだと思ったのだが、残念な事にその発信元は仕事の依頼主でもある結城紫乃さまからの連絡であった。


『もしもし沙姫ちゃん? お休みのところ悪いんだけれど仕事の依頼なの』

 まぁそうよね。スマホの画面に紫乃さんの名前が見えた辺りから薄々覚悟はしていたのよね。

 私はワザと苦笑いをしながら、電話の内容が仕事である事をみんなに知らせる。

「わかりました。それで今日は何処へいけばいいんですか?」

 お仕事はお仕事。せっかくのお休みは残念だが、これも私が理想とする術者への一歩となるので、気持ちを切り替えて依頼内容を尋ねる。

『その事なんだけど、一度蓮也と一緒にこちらに来て欲しいの。あと出来れば胡桃ちゃんも一緒に』

「え、胡桃もですか?」

 今までも仕事の説明を受けるために、紫乃さんのところへ伺った事は何度もあるが、胡桃がその場に呼ばれるような事は1度たりともなかった。

 それはどうやら胡桃も同じようで、私から自分の名前が飛び出した事を不思議そうに見つめてくる。

 だけど次の瞬間、私の顔から一気に緊張感が溢れ出す。

『実は今回の依頼が北条家からのものなの』


 それは私にとって、避けては通れぬ過去との対決を示すものだった。

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