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第23話 未熟な精霊術師(10)

「なんですって!?」

 私が発した言葉に、隣のクリスが真っ先に反応する。


 本来精霊が妖魔に寄生されることはほとんどない。

 だけど稀に、妖魔が精霊の体内へと棲みつく事例が僅かながらに存在しているのだ。

 そしてその経緯は大きく分けて3つある。一つは精霊が弱っている状態、もう一つは精霊が生まれて自我が確立するまえの状態。そして三つ目が第三者の手による作為的な場合。

 恐らくミーちゃんが精霊として生まれたばかりの頃に、妖魔に寄生されたのではないだろうか?


「それでは未夢さんは知らずに、寄生された精霊を拾ってしまったとおっしゃるんで?」

「たぶん逆でしょ。寄生されて弱っていたからこそ拾ってしまったのよ」

 心優しい未夢さんのことだ、弱っていたミーちゃんを助けずにはいられなかったのだろう。

「そんな……」

「私の完全なミスよ」

 こんな事になるのなら、最初に妖気を感じた時に動いていればよかったのだ。

 今のこの状況は3ヶ月もの間、放置していた私のミス。対処が早ければここまで未夢さんとミーちゃんとの絆は生まれなかっただろうし、精霊もここまで力を失う事もなかったはず。

 そして精霊の中に妖魔が隠れ棲んでいたというのなら、今まで妖気が一切感じられなかった事にも説明がつく。


「くそっ、ヤバいぞ」

 未夢さんから溢れ出ている霊力が徐々に黒く染まり、ハッキリと妖気が感じられるようになってしまう。

 つまりはそれだけミーちゃんの霊力が弱くなり、体内に潜んでいた妖魔が強くなってしまったという事だ。

「多分ミーちゃんを奪われると思った事で未夢さんの心がグラつき、精霊が守ろうと残り少ない霊力を消費してしまったんでしょ」

 既にミーちゃん本体からも妖気が漏れ始めてしまっている。

 このままではミーちゃんが完全に妖魔に取り込まれてしまい、その支配下にある未夢さん自身にも影響は免れない。


 未夢さんを助ける為に、ミーちゃんごと殺るしか……ないの?


 この状況から未夢さんを救う方法はいくつかある。

 だけどそれは同時に彼女が大切にしているミーちゃんが、消滅する事を意味するのだ。

 不安そうに未夢さんを見つめるクリス。最初は助けると大きな口を叩いた割に、ミーちゃんを救う手立てを完全に見失ってしまった。

 恐らく私はクリスにも、そして未夢さんにも嫌われてしまう事だろう、ならばせめてクリスと未夢さんの仲だけは壊さないようにするのが、私の役目だ。

 そう決意した時。

「おい、なんとか彼女の心の隙間を作れないか?」

「心の隙間?」

「今の彼女は精霊と心が繋がっているようなものだ。ならばそこに隙間を作り、霊力で楔を打ち込めば、妖魔だけをひっぺがす事だってできるはずだ」

 それはつまり未夢さんの心を揺さぶり、ミーちゃんと結ばれつつある契約の隙間から、妖魔だけを切り取るという意味なのだろう。だけどそんな事が本当にできる?

 蓮也の力を信じないわけではないが、妖魔をひっぺがすという表現にイマイチ想像がつかない。


「そんな事ができるの?」

「説明は後だ、俺を信じろ!」

 正直不安でいっぱい。私じゃ手の打ちようがないのも間違いない。そして状況は非常に最悪。だけど何故だろう、蓮也の言葉にはそれを信じてしまう力強さが感じられる。

 うん、迷っていても仕方ないわよね。私はただ相棒と認めた彼の言葉を信じるのみ。


「クリス、もう一度未夢さんの心を揺さぶって。ほんの僅かでいい、彼女の迷いさえ作ってくれれば、あとは私達が何とかするわ」

「分かりましたわ」

 蓮也は未夢さんの心に隙間を作って楔を打ちつけろと言った。彼女を説得するわけでもなく、ミーちゃんを取り上げるでもなく、ほんの少しだけ彼女を動揺させることができれば、後は蓮也に任された私の役目だ。

 私は視線だけでクリスに合図を送り、楔を打つための霊力を生成する。弱り切った精霊を傷つけないよう弱く、そして妖魔だけを切り離せるような鋭く薄い霊気を。


「未夢さん、辺りをご覧ください、ここは私と貴女が始めて出会った場所。未夢さんはお忘れなのかもしれませんが、私は当時の事を今も鮮明に覚えておりますわ」

 それはクリスが語る私の知らない物語。

 当時友達も出来ず、学園で孤独感に苛まれているとき、彼女の前に綺麗なブロンド髪のクリスが現れた。

 その見た目も口調も、彼女が大好きな小説に出てくるような悪役令嬢そのものだったが、話せば話すほど、近づけば近づくほど、二人の仲は深まっていった。

「当時未夢さんは、殆どご自身の事を話しては下さらなかったですわよね。ですがある日いきものが好きだ、可愛らしい物が好きだと教えてくださった。私、今でも鮮明に思い出せるんですのよ」

 私は当時の二人のことは殆どしらない。だけどクリスが語る内容が、まるで見ていたかのように鮮明に瞼の裏に浮かんでくる。

「もし、私のことが嫌いになられたというのなら仕方ありません。私は未夢さんに酷い事をしたのだから当然ですわよね。ですが最後に一つだけ、私の言葉に耳を傾けてくださいませ」

 それだけ言うとクリスは大きく深呼吸をし……。

「私、龍造寺クリスティーナは、太田未夢さんの一番の友人である事を誇りに思います」

 そうか、そうよね。クリスの言う通り、未夢さんは決して弱い心の持ち主ではなかった。

 私も蓮也も彼女の様子から心が弱いものだと決めつけたが、ミーちゃんからは負の感情が一切感じられなかった。それはつまり未夢さんの心が強く、ミーちゃんはその影響を一切受けていなかった事を意味する。

 だからクリスはこう言ったのだ、貴女は強く、そして友人として誇りに思うと。


「クリ…す……さん、クリス……さん。私……も…覚えて…る」

 揺らいだ!

 私はその瞬間、両手を胸の前に合わせ、丁寧に霊力を練りこんだ術を高速で発動させる。

疾風迅雷しっぷうじんらい森羅万象しんらばんしょう!!」

 自分ではない草木や花々たちの霊気を集め、傷付いた精霊へと注ぐ霊力回復の上級術。それを高速起動の疾風迅雷に乗せて発動する。

 ただし弱りきったミーちゃんに負担を与えないよう威力は弱く、そして侵食された部分を切り落とす鋭さを兼ね備えた特別版。

 今の私には中々ハードな操作だが、ここで泣き言を言うつもりは一切ない。


 ミーちゃん耐えて。もう少し……

 クリスが作ってくれた心の隙間に、私が霊力で練りこんだ楔を打ち込む。

 後は打ち込んだ楔が大きくなるまで、ミーちゃんの霊力が耐えられるかが勝負の決め手。

 やがて私の術が未夢さんとミーちゃんを繋ぐ霊力の狭間を大きくし……

「蓮也!」

「任せろ!」

 力強い言葉とともに蓮也が一瞬で未夢さんとの距離を縮め、事もあろうかミーちゃんから漏れ出ている妖気を素手で鷲掴み。更には力任せに妖気ごと、本体でもある妖魔をひっぺがす。

「う、うそーん」

 嘗て私がここまで素っ頓狂な言葉を発した事があっただろうか。しかも命と命とのやり取りをしている現場でだ。

 それ程蓮也が行った行動は常識外れなのだ。


「最初に言っただろ? ひっぺがすって」

「普通素手で妖魔をひっぺがすなんてやらないわよ」

 いや、確かにそう言ったけれど、誰だって言葉の綾だと思うじゃない。

 半ばやや呆れ気味に、蓮也に対して返事を返す。

「それでこいつは滅していいんだよな?」

「えぇ、そのまま葬って!」

 ミーちゃんから妖魔が離れた時点で私の術は停止させている。

 どのみち奪われてしまった霊力はミーちゃんへは戻せないし、霊力を奪い続けて成長してしまった妖魔を放置する事もできないので、即座に滅してもらうよう蓮也に頼む。


「了解だ」

 私の了解を得ると、蓮也は軽く空中へと放り投げたかと思うと、その場で腰を低くし、両手で何かを抜くような構えを取る。

「秘剣、ほむら!」

 居合抜き。本来何も握られていないはずの左手には、燃えるような真っ赤に染まった鞘を持ち、大きく振り抜いた右手には赤く燃え上がる炎の刀が握られている。

 蓮也はそのまま返す刀でもう一閃、更に燃え上がる炎に剣閃を乗せて加速させ、合計8つの剣閃を妖魔に叩き込む。

 蓮也が得意とする居合術、焔八連ほむらはちれん。彼の契約精霊でもある烈火も慣れたもので、一瞬で蓮也の意図をくみ取り、驚くほどの速さで転身の術を展開させている。

 恐らく妖魔も、何が起こって倒されたのかも分かっていないのではないだろうか。


「未夢さん!」

 蓮也が妖魔を葬むったころ、膝から崩れ落ちるようにその場で倒れる未夢さんを、クリスが慌てて抱きかかえるように支える。

「クリス……さん?」

「正気に戻りましたのね」

「私、私は……」

 ミーちゃんから妖魔が取り除かれた事により、完全に正気へと戻った未夢さん。

 だけど大切に両腕で抱きかかえる精霊は、次第にその姿が崩れていく。


「ミーちゃん、ミーちゃんが……」

「これは……どういう事ですの!?」

 間に合わなかった。いや、既に最初から手遅れだったのだ。

 今まで精霊がその姿を保てていたのは、体内に隠れ潜んでいた妖魔のお蔭。例えそれが蝕まれていた状態であったとしても、ミーちゃんがミーちゃんでいられた事には違いない。

 だがあのまま放置していれば数日中には完全に妖魔に取り込まれ、近くにいた未夢さんは確実に妖魔に操られていたことだろう。

「助けて、お願いミーちゃんを助けて!」

 涙を流しながら必死に救いを求める未夢さん。だけど既に崩壊が始まっている今となっては、例え私の力を持ってしても救うことは出来ない。

「嫌、いやぁーーーー!!」

 この場にいる全員の沈黙が無理だと語っている。大切な家族を亡くす辛さは誰もが同じ。嘗て私が母を亡くした時の様に、残された者はその悲しみを受け入れなければいけない。だけどまだだ、この二人にはまだやり残している事が残っている。


「現実から目を背けるな、精霊術師の太田未夢!」

「!?」

「貴女はまだやり残したことが残っているでしょ!!」

「やり…残した……こと?」

「精霊はね、大好きな人の役に立てる事に至福を感じるの。貴女はまだミーちゃんに対して言わなければいけない言葉が残っているでしょ」

 それは精霊にとって、もっとも大切だと言われている素敵な言葉。

 これは私の勝手な思い込みなのだが、ミーちゃんはワザと未夢さんとの絆を深め、その反動を利用して妖魔から未夢さんを救おうとしていたのではないだろうか。

 そうでなければ、こうも簡単に未夢さんから妖気と霊気の両方を取り除けなかったはずだ。


「もし貴女が本当にミーちゃんを大切に思っていたのなら、一言笑顔でこう言って欲しいの。『ありがとう』と」

 悲しみの中にある彼女にとって、笑顔を作ることはとても辛いことだとは思う。だけどこの言葉を告げられなければ、彼女は一生後悔することになるだろう。

「未夢さん、これはミーちゃんの精霊術師である貴女にしか出来ない最後の仕事よ」

「私の……精霊術師の最後の役目。ミーちゃんの友達でもある私しか出来ない役目……」

 呪文のように……、だが一言一言しっかりと心に刻むよう呟くと、未夢さんは溢れ出る涙を振り払い、涙でくしゃくしゃになりながらも、今出来る精いっぱいの笑顔でミーちゃんと向き合う。

「ミーちゃん、今まで一緒にいてくれてありがとう。私を助けてくれてありがとう。いっぱい幸せを与えてくれてありがとう。だからもう頑張らないで、私は大丈夫だから」

「……みゃー」

 ひと鳴き……。体の大半が崩れ、小さく弱々しい鳴き声だったが、確かにミーちゃんは幸せそうに微笑んだ。

 やがてその鳴き声が最後の力だったのか、次の瞬間には風に溶けるようにミーちゃんは消えていった。

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