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第21話 未熟な精霊術師(8)

 クリスと蓮也と共に聖桜女学院へとやって来た私たち。一応念には念をということで、術者による結界と警察官隊による交通規制をお願いした。


「それにしてもどうして学校なんですの?」

 結界と交通規制を待つ間、隣に立つクリスが尋ねてくる。

「そうね。考えらるのが、未夢にとってそれだけ印象に残っている場所、ってことなんじゃないかしら」

 両親を傷つけるなんて、普段の未夢さんを知る者としてはまずあり得ない行動。

 恐らく昼間に私たちから術者の事を否定され、一番の親友でもあるクリスとも喧嘩をしてしまい、更には両親から隠していた子猫姿の精霊を捨てろと言われたことで、一時的に精霊の感情と同調してしまったのだろう。

 それでも残っていた良心から、深手を負わす前に家を飛び出したまでは良かったが、意識があやふやな状態が続き、自然と思い出深いこの場所へとやって来てしまったのではないだろうか。


「印象に残る場所!? ねぇ沙姫さん、未夢さんはいま学園の何処にいらっしゃるのですか?」

「ん? ちょっとまってね、……たぶん中庭……辺りかしら?」

「……そういうことですのね」

 クリスに尋ねられ、意識を集中して更に未夢さんの場所を特定する。

 どうやらそれだけで思い当たりがあるのか、クリスが一人納得する。

「その場所は私が初めて未夢さんとお会いした場所ですの」

「あぁ、そういうことね」

 今日あった出来事で、恐らくクリスとの喧嘩が一番彼女の中に残っていたのではないだろうか。

 二人の出会いの経緯は知らないが、未夢さんは高校から聖桜に通いだした試験組。もともと小中高とエスカレーター式の学校なので、高校から通いだした未夢さんとっては、さぞ孤独感を感じていたのではないだろうか。

 クリスは昔の私にも寄り添ってくる優しい子なので、一人寂しそうにしている未夢さんを放っては置けなかった。

 私が知る限りでも、未夢さんはクリスと一緒の時は楽しそうにしているし、クリスも未夢さんを大切にしている事は伝わってくるので、余程今日の喧嘩を気にしていたのだろう。

 それが自然と出会いの場所である学園へと足を向かわせた。


「まったく、その程度で未夢さんを見捨てたりしませんのに」

 性格が歪んでいた頃の私を見捨てなかったクリスのことだ、些細な口喧嘩如きではビクともしないだろう。

 改めてクリスの強さを感じ、彼女と再会出来たことことを心の中で感謝する。

「それで作戦はどうする? 流石に無策で飛び込むのはマズイだろ?」

 確かに……。蓮也の言う通り、これが普通の妖魔退治なら私か蓮也が飛び込んで、問答無用で一刀両断すれば終わってしまう。例え妖魔が人に寄生していたとしても、私達ならば妖魔だけを炙り出す方法は幾つもあるので、それほど苦労する事はほとんどない。

 だが今回は妖魔の対象が精霊であり、その精霊がどこまで妖魔化が進んでいるかもわからないので、無策で飛び込むのは些か危険。最悪精霊の妖魔化している部分だけを切り離せば解決できるのだが、生まれたての精霊となればそうはいかない。


「仮に私の推測通りなら、妖魔化している部分を切り落とすか浄化するかの二択になるんだけれど、どちらも霊力が弱い精霊にはかなり厳しい条件なのよね」

「だな。例え妖魔化を防げたとしても最悪精霊は消滅しまう」

「……どういうことですの?」

 私と蓮也の話を聞き、一人不思議そうに首をかしげるクリス。

「『悪い部分を切る』と言うのは、何となくリスクがある事はわかりますが、浄化の方は精霊にとって問題はないのではないんですの?」

「普通はそうなんだけどね……」

 クリスが不思議がるのは当然のこと。

 浄化とは元々妖魔が残した残滓や、人や精霊が取り憑かれた際に行う術なので、正に今の状況にピッタリな技だと断言してもいい。だけど霊力が弱り切っている状態や生まれたての精霊にとって、強力な術は時として毒となてしまうのだ。


「クリスも一度ぐらい聞いた事がないかしら。病気で弱った患者には、まずは弱い薬とお粥を与え、体力が回復した際には強い薬とお肉を与えるって。精霊もそれと同じなのよ」

 浄化の術は妖魔が嫌う光属性の技。元々浄化自体が非常に難しい術うえ、その力加減も熟練の術者でなければ調整は厳しいとすら言われている。

 一応私も浄化の術は使えるが、とてもじゃないが弱っている精霊に使えるほどの技術はない。ましてや生まれたての精霊ともなれば、赤ん坊に強い薬を与えるようなものなので、その危険性は何となく想像はつくのではないだろうか。


「では危険ですが、妖魔化している部分を切り離すしかないと?」

「そうね。正直それもリスクは大きいのよね」

 中級精霊にはそれぞれ人格を保つ『核』というものが存在する。例え妖魔化が進んでいたとしても、その核の部分が無事ならば助けられる事もできるのだが、体を構成できるだけの霊力が残らなければ、例え核が無事であったとしても消滅は免れない。

 早い話が核を維持できるだけの霊力が残らないと、どのみち助けられないのだ。


「そんな……」

 残酷だがこれが現実。

 今までだって、精霊が妖魔化してしまった事例は多く存在する。そしてその殆どが、精霊の消滅か妖魔として祓われるのどちらかだと言われているのだ。

 ただ唯一の救いは霊力を主としない未夢さんだけは救い出せるという事だが、大切にしている精霊を失う事で、彼女が負うであろう心の傷だけは治せる事は出来ないだろう。


「落ち込まないでクリス、私は諦めたなんて一言も言っていないわよ」

 厳しい状況だというのは最初からわかっていた事。それでも私は未夢さんが一番いいと思える結果にするのだと決めたのだ。

「……そう……ですわね、親友である私が真っ先に諦めるなんていけませんわね。ありがとう、沙姫さん」

 クリスに希望の炎が灯るのを確認し、私は再び思考を張り巡らす。

 正直口ではかっこいい事を言ったものの、絶望な状況に変わりない。

 先ほどの話では、未夢さんは子猫を連れ出したという事だったので、恐らく生まれて1年未満の精霊ではないだろうか? せめて少しでも成長した精霊だったら助けられる可能性は上がるのだが、霊力が弱い状態で妖魔化してしまえば、助けられる可能性はゼロに近い。

 何か、何か精霊を妖魔化から救う手は……


「なぁ、前みたいに聖属性の霊力を当てるってのはどうなんだ?」

「……それ、本気で言ってる?」

 蓮也の口から聖属性という言葉を聞き、一瞬クリスに驚きの表情が浮かぶが、今は説明できる自信ないのでこの際無視し。むしろバカな策を提案をしてきた蓮也をジト目で返す。

「言ったでしょ、強すぎる力は逆効果なんだって。光属性でも強すぎるのに、その上位版である聖属性を当ててみなさい、それこそ……」

 あれ、ちょっとまって。いま私の中で何かが引っかかった。


 聖属性の力は間違いなく強力、弱っている精霊にとっては当然猛毒の類になるだろうが、それはあくまでも浄化の術を行使しての話。だけどもしこれが治癒術だった場合はどうなる?

 私の治癒術は、例え手足が千切れようが、瀕死の状態であろうが、命が尽きていない状況ならば助ける事が出来てしまう。でもそれって普通の治癒術から考えればおかしいのだ。

 本来治癒術とは、人間が持つ『治す』という力を促進させ傷を治すため、対象者の体力次第という部分が付きまとう。

 一方白銀から得た知識によれば、私の術は大気中に存在する精霊たちの力を借りて発動するため、対象者の状態が瀕死でも助ける事が出来てしまう。例え回復不可能と思える傷や怪我であったとしても、外部から治すという力を加えるのだから、医師や治術師が匙をなげた状況ですら治療できてしまうのだ。

 ならばその治癒術を精霊に応用出来ればあるいは?


「精霊の傷を……いえ、妖魔化している部分を回復させる事は出来ないかしら?」

「妖魔化を回復? そんな事が出来るのか?」

 私たち精霊術師は、外部から霊力を与える事で、精霊の傷を治したり元気を取り戻せたりできる術が扱える。だけどそれは同時に霊力を糧とする妖魔も強くさせてしまうのだ。

 ならば外部から霊力を与えるのではなく、治すという力を応用して妖魔化してしまった部分を元に戻せないだろうか? 仮に妖魔化を直せなかったとしても、外部から下級精霊の霊力は送れるので、精霊の霊力が尽きて消滅という最悪の事態だけは避けられる。


「なるほどな。試してみる価値はありそうだな」

 蓮也は私の常識はずれな治癒術を身をもって体験してる数少ない人間。

 正直白銀の力は未知数な部分が多く、私自身全てを把握しているわけではないが、ただ事態を拱いているよりかは遥かにいい。

 プルルゥ、プルルゥ……、ピロリン♪

「了解だ。沙姫、包囲が完了したらしい」

 別に作戦が決まるのを待っていた訳ではないのだろうが、あらかたの方向性が決まったタイミングで蓮也のスマホに連絡が入る。

「わかったわ、それじゃ行きましょ」

 改めて気合を入れ直し、蓮也とクリスと共に未夢さんがいるであろう中庭へと向かう。

 クリスの手前、あまり目立つような術はなるべく控えたいが、余力を残して取り返しのつかない状況になっては意味がない。

 最悪私はクリスに恐れられるかもしれないが、必ず未夢さんを助けるのだと決意する。

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