第四章 スーパーお嬢様女子大生対スーパーおたく女子高生 4
誰もがしばし絶句した。
「馬鹿な、そんな馬鹿なことがあってたまるか。もしおまえのいう通りなら、犯人は学生だろう? それ以外に考えられん。ビデオ映像が証拠だ」
数秒の沈黙を破り、コングが叫ぶ。つばめはコングを無視して、ガメラに詰め寄った。
「いいえ、違うとはいわせないわ。あなたが犯人よ、ガメラさん。もし違うというなら、なんとかいってみなさいよ」
みなの視線がガメラに集まる。今までこの中の騒ぎをただひとり無視し、一言もしゃべらず、氷のように冷静に、ただひたすら外を警戒していたガメラが、はじめて動揺を見せた。
ガメラは、なにを馬鹿なことをいうのと居直ったか? いや、彼女は悲しいほどに動揺していた。声を上げないし、マスクのせいで表情はわからないが、体が小刻みに震え、立っているのがやっとといったほどだ。
つばめが目で合図する。
さくらははじめ、なんのことかわからなかった。だがつばめがちらっと窓を見ることで、さくらはようやく思い出した。
ブラインドだ。
つばめはガメラの気をそらし、ブラインドを開ける隙を作ったのだ。
そのことにようやく気がついたさくらは、こっそりブラインドを開ける。しかし誰もそんなことに気を止めなかった。
コング、ゴジラ、ガメラの三人は激しく動揺し、人質たちもつばめとガメラに意識が集中していたのだ。
「馬鹿をいえ。どうしてこいつにそんなことが可能なんだ? 俺たちといっしょに入ってきたんだぞ。無理だ。そうだろうが」
コングは否定しつつも、ガメラの様子をおかしいと感じているようだ。それを必死に否定したがっているように見える。
「そうですわ。まったくわけがわかりません。きちんと説明してもらわないと誰ひとり納得しませんわ」
お嬢様もパニック状態だ。
「なぜ犯人がガメラなのか? 常識で考えれば犯人は川口さんだわ。煙幕で覆われる前にトイレに入ったのは川口さんなのだから。しかも彼はノックしたらノックが返ってきたとまで証言してる。常識で考えてそんなことはあり得ない。つまり、嘘をついていると考えるのがあたりまえだからよ。にもかかわらず、なぜ犯人はガメラなのか?」
みんなつばめに釘付けだ。
しかしさくらは思った。この推理は本物なのかと。
違う。この推理はダミーだ。ガメラの注意を惹くために作り上げたダミーのはずだ。だってどう考えてもガメラが犯人のはずがない。
つばめは思わせぶりな態度でみんなの注目を引き、警官隊の突入する隙を作っているだけだ。
だけど変だ。それならなぜ、ガメラは動揺している? 常に冷静沈着、まるで感情のないサイボーグのようにふるまっていたガメラが、なぜでたらめの推理にこうまで脅えるんだ?
「みんな良く考えて。カメラに映っていたのはもうひとりいたはず。そう、正体不明の女がいたでしょう? 仮にその女をXとすると、まずトイレにはXが入る。そして木更津さんが入る。そしてXが出てくる。それから川口さんが入って、出てくる。これが一連の流れだわ。では殺人を犯したのはXかそれとも川口さんか?」
「でも川口さんはノックの返事を聞いているのよ。もしそれが嘘なら、彼が犯人だからだろうし、もしほんとうなら、Xが出たあと木更津さんはまだ生きていたってことでしょう? だからいずれにしろ、Xは犯人ではあり得ないんじゃないの?」
答えたのは大島だ。
その通りだ。そもそもXとは涼子に他ならない。つまりその論理でいけば犯人は川口勝ということになる。さくらにはそうとしか思えない。
「そうとは限らないわ。そんなものはリモコンで操作できる小型のボイスレコーダーかなにかがあればどうにでもなる。あらかじめ、ノックの音を吹き込んでおいて、犯人がリモコンで操作したのかもしれない」
「ボイスレコーダーだって?」
ゴジラが叫ぶ。
「そしてゴジラは死体を見つけたときに、どこかにそれを隠すことができた。そんなことはものの数秒でできることだし、なにしろ発見時はひとりだったのだから」
「嘘だ、俺はそんなことをしていない」
必死で弁明するゴジラ。
「そもそもあたしがなぜこんな主張をするか? それはさっきビデオを見たとき、Xがソファになにかを仕掛けるのを見たからよ。つまりXこそが煙幕を仕掛けた張本人であって、この事件と無関係とは思えないわ。それにXとゴジラが共犯関係にあるなら、今現在共犯関係にあるガメラほど怪しい女はいない。しかも見たところガメラとXは体型が酷似しているわ。それにもし川口さんが犯人だとすれば、わざわざ自分に不利な証言をするのも変よ。物証はないけど、これがガメラこそが犯人だと思う理由よ」
「おおおおお」
口々に歓声が上がった。
「俺はそんなボイスレコーダーなんか知らない。調べてみろ」
ゴジラはそういって、上着を脱ぎ出した。
コングはコングでそんなゴジラを無視して、拳銃をガメラに向けた。
「貴様。よくも俺を嵌めやがったな。舐めやがって!」
ガメラも反射的に銃をコングに向けた。
同時に銃声がうなる。
その直後、窓ガラスが割れた。わずかに遅れてライフル音が数発鳴り響く。
コングが崩れ落ち、膝をつく。ゴジラはぶざまに尻餅をついた。ガメラも前のめりに倒れていく。
さくらの目にはまるでスローモーションのように映った。
「きゃああああああ」
叫び声が上がる。
続いて入口から警官隊が突入した。そして倒れている三人に銃口を向ける。
「く、くそ……」
コングが微かにうなった。他のふたりも動いている。死んではいないらしい。しかし反撃する力はないようだった。
警官隊は負傷した三人の強盗に手錠を掛けた。
誰もが呆気に取られている。あまりに劇的な終焉だ。あまりにも意外な犯人。そしていきなりの突入。
いや、違う。
さくらは一瞬納得しかけたが、あり得ない。つばめの推理はやはりダミーのでたらめにすぎない。なぜならXはガメラではあり得ないからだ。Xは涼子だ。
「真栄田つばめくんというのは君か?」
プロレスラーのような体と、熊のような顔をし、ぴちぴちのポロシャツを着た髭面男が入ってきて、つばめに声を掛けた。
「警視庁の熊野警部だ。君が飛原涼子くんに密かに電話してくれて助かった。ブラインドを開けてくれたことも大助かりだ。よくこっちの願いがわかったな」
さくらにはこの似合わない格好をしたマッチョな警部が妙に頼もしく見えた。自分を窮地から救い出したからかもしれない。
かっこいい。
軟弱な男にはないかっこ良さだ。鋼のような筋肉と、男らしさがいい。さくらは不本意ながら見とれてしまった。
だ、だめだ、こいつは敵だよ。あたしは強盗なんだから。
そう、相手は単純に自分を救い出した男ではない。自分の犯行を暴こうとする男でもあるのだ。
そんなことを考えていると、三体の担架が運ばれて来た。
「よし、こいつらを乗せてやれ」
警部の命令で三人の強盗は担架に乗せられた。
「おっと、病院に連れてく前に、そのマスクを剥いでやれ」
「まって、スクープ、スクープ」
さっきテレビに出ていたレポーターがカメラマンを従えて飛びこんできた。制止しようとする警官隊の隙間からカメラでねらう。警部は無理に排除しようとはしなかった。
武装警官がコングのマスクを剥ぐ。
マスクと大して変わらない、ごつい顔が苦痛に歪んでいた。
続いてゴジラ。金髪に染めた二枚目ふうの優男。
あれ? この男の顔……なんか見覚えがある気がする。
さくらはとっさにそう思ったが、誰なのか思い出せない。
そしてガメラ。マスクの下にまとめた長い黒髪がこぼれ落ちる。
さくらは心臓が止まるかと思った。
「涼子?」
そんな馬鹿な? 涼子は外で銀行を見張っていたはずだ。
そういえば、ゴジラの顔は、涼子の部屋にあった写真に……。涼子といっしょに写っていた男、シンジだ。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ」
さくらがいくら否定しようとしても、弾丸を胸に受け、革ジャンを血に染め、蒼白になって脂汗を流している女の顔は涼子のものだった。
「ご、ごめん、……さくら」
涼子は震える声でそういった。
なんで? なんで? なんで? ……なんで?
なんで謝るんだよ、涼子?
なにかの間違いだよ、これ。こんなことはありえないよ。
さくらは心の中で叫んだ。




