第四章 スーパーお嬢様女子大生対スーパーおたく女子高生 1
「そうなるとだな、犯人は最初の強盗に違いない」
コングがとうぜんのように、いい切った。
まずい、最悪の展開だ。
さくらは焦る。このまま強盗捜しがはじまれば、自分が強盗だったのがばれるどころか、殺人犯にされてしまう。
「なんでそういいきれるの?」
つばめがいう。そう、最初の強盗犯が殺人犯でないことを知っているのは、さくらの他はつばめだけだ。
「なんでだと? いいか、殺人と煙幕の関係が偶然だと思うか? そんなわけないだろうが。あれは殺人に密接に関係してるはずだ。つまり殺人犯はあの煙を使って不可能殺人をなしとげたんだ。そうに決まってる。となれば、煙を起こしたやつ、つまり強盗が木更津を殺した犯人でもある。あたりまえのことだろうが」
たしかにあれを偶然と考えるのは無理があるだろう。しかしそれでも偶然は偶然だ。偶然というなら、コングたちが入って来たことが偶然の極致だ。
「ついさっきまでは、学生さんが犯人だって決めつけてたくせに」
つばめが挑発する。
「ぐっ、それはだな、もう一組の強盗犯だなんてもんがいるなんて知らなかったからだ。ふつう、そんなこと思いつきもしねえだろうが!」
コングは痛いところをつかれたと思ったのか、声を荒げた。
「つまりこういうことだ。その色男の学生がノックしていたときには、個室の中には木更津の他に犯人がいた。ノックされたときは木更津はナイフかなにかを突き立てられ、下手なことをいえなかったんだ。だからノックを返すしかなかった。その後、犯人は木更津の喉を潰し、肩を外し、溺れさす。そして学生が外に出たあと、なんらかの方法で鍵を閉める。どうやったかはわからんが、それなりに時間はあったから小細工する暇はあったはずだ。そしてあらかじめ仕込んであった煙幕を出す操作をし、その間に煙にまぎれてトイレから出る。どうだ?」
それなりに説得力がある。コングもじつはミステリーマニアに違いない。
「あ、あのう、もしよかったら、もう少し前の映像を出してみませんか? もしかしたら、トイレに入ったまま出てこない人がいるかも……」
三宅がおどおどと提案した。
「なるほど。犯人はあらかじめトイレで待ち伏せしてたってことか。木更津を殺したあともしばらくはトイレに潜伏し、煙にまぎれて逃走する。ありえるな。よし、再生しろ」
さくらは少し安心する。画面を隅からすみまでチェックして、映っていないやつを探せといわれるのが一番きついからだ。その場合、煙幕発生前に画面に映っていないのは、まちがいなくさくらただひとり。殺人はともかく、強盗の方は言い訳しようもない。
三宅の操作によって、画面は十二時ちょっと前まで戻った。そして早送りしながらチェックしていく。するとひとりトイレに近づいてくる女がいた。
「誰だこいつは?」
黒のワンピースに白いジャケットを着た髪の長い女。顔には金縁眼鏡。
涼子?
さくらにとってまったく意外な展開だった。しかし今画面に映っている女が涼子であることは、さくらにとっては否定しようがない。
そして涼子はトイレに入った。
そしてさらに驚くことに、その直後、ひとりの銀行員がやはりトイレに入った。
「木更津さんだわ」
大島がいう。
そして四、五分後、涼子が出てきた。その直後に勝が中に入る。
「この女が犯人か?」
「それは無理ですわ。この女が出たあとに、勝くんがノックの返事を聞いています。つまりこの女が出た時点では木更津さんは生きていたんですわ」
コングの疑問を、美由紀が否定した。
それに関してはさくらもお嬢様と同じ考えだ。涼子が犯人のわけがないし、論理的にも正しいと思う。
「でも入ったきり出てこなかった人はいないね」
つばめがいう。
「もっと前まで戻せ」
コングの命令により、三宅はだいぶ前まで戻したあと、早送りで画像を操作したが、やはり入ったきり出てこない人はいない。
「ううむ。俺の考えは外れたようだな。逃げるのは煙にまぎれるにしろ、待ち伏せするためには事前にトイレに入ってねえと話にならねえ。だがそんなやつはいねえ。くそっ。……ということは、つまり、学生、やっぱりおまえが犯人ってことだ」
コングの考えは、けっきょくそこに戻っていく。
「お~っほっほほほほ。なるほど、そういうことだったのですか? わかりました。わたくし今度こそわかってしまいましたわ、真相が」
「おい、まて美由紀。俺は犯人じゃないぞ。こいつのいうことを真に受けるな」
川口が必死に弁解する。
「わかっていますわ。安心しなさい。わたくしがあなたの無実を証明して差し上げますわ」
「なにぃ、ほんとか? おまえの推理は当てにならんからな」
コングも疑わしそうにいう。お嬢様はプライドを傷つけられたのか、コングをきっと睨むと、きっぱりと断言した。
「ご心配いりません。さっきは少しどうかしていたんですわ。でも今度はだいじょうぶ。鍵をどうやって掛けたかも、どうやってカメラの目を逃れたかも、そして動機すら完全にわかりましたわ」
「いってみろ。試しに聞いてやる」
コングはあまり期待していない様子でいう。
「一見、完全に不可能に見えるこの犯罪。でもわかってしまえば単純ですわ。コロンブスの卵のようなものです。犯人も普通なら逃げ切れたかもしれないのに、相手が悪かったようですわね。このわたくしというものが偶然この場にいた不幸を呪うといいですわ」
スーパーお嬢様の高飛車な態度が完全復活した。
「じつは先ほどの推理はそう的を外していたわけではないのです。ただちょっと詰めが甘かっただけですわ。いいですか? 犯人は木更津さんを殺したあと、ドアから出た。それだけは間違いありません。なぜなら、それ以外に脱出方法がないからです。ではどうやって、ドアの鍵を外から掛けたか? 鍵は硬く、糸で引っ張ったくらいじゃ、動かないはずなのに」
たしかにさっきも同じようなことをいっていた。
「じつは鍵は糸を引っかけただけで簡単に動いたんです」
この発言にざわつきが起こった。
「なんでだ? 鍵が硬いことは銀行員たちが証言しているし、取り替えた形跡もない。そこまで確認しただろうが?」
コングの意見はもっともだった。
「嘘だったんです」
それじゃあ、最初の推理とまったく同じじゃないか?
「だから嘘じゃないって」
大島がむっとしながらいう。
銀行員たちは口々に同じことを口走った。
「おまえはなにがいいたいんだ? さっきと同じじゃねえか?」
コングがいらいらした口調で叫んだ。
「いいえ、違います。先ほどは大島さんが嘘をついていたのだと思いました。だけどそれは他の銀行員の皆様に否定されてしまいました。だけど、もし、嘘をついたのが大島さんひとりじゃないとしたら?」
「なんだって?」
「そう、全員が嘘をついていたんですわ。そう考えないと謎は解けないんです。どうして犯人がトイレに出入りするのがカメラに映らなかったのか? 映らなかったんじゃありませんわ。録画されなかっただけ。つまりその間、十秒くらいの間、録画を止めたからにすぎません。さいわい録画は長時間録画できるように、一秒に録画するコマ数を落としていますから、多少ぎくしゃくした動きになります。時間が飛んでも気づきにくいんですわ。そして、機械を操作できるのは銀行員の方だけ。つまり、銀行の方全員がグルだったと考えるしかないです」
場が凍りついた。誰も口を利けないありさまだ。
全員がグル。たしかそんなミステリーの名作があった。このお嬢様はミステリーなど一冊も読んだことがないとむきになっていたが、嘘に決まっている。
「ちょっと待て。今ここにその鍵があるが、現に硬くて動かねえ」
コングは、さっきねじ山を確認するために持ってきた鍵の金具をいじりながらいった。
「それはたまたま弾丸が当たって変形したせいでしょう。なにせゴジラさん、ドアを開けるために、鍵のあたりに拳銃を撃ち込んだのですから」
お嬢様は怯まない。
「監視カメラとは客を監視するためのものです。ですから受付カウンターは映しますが、奥の職員がいるところまでは映しません。だから実行犯がトイレに行くときだけ、カメラを切れば充分です。実行犯は奥にいた職員、おそらくは男の支店長でしょう。動機に関しては、先ほどみなさん自らが告白されましたわ。そう、全員が動機を持っているのです」
「な、なるほど」
コングがうなる。説得力があったようだ。
「あらっ、しゃべってるうちに、さらに思いついてしまいましたわ。最初の強盗犯。それはヤラセですわ」
さらに動揺が広がった。
「考えてみれば、強盗が来たことにすれば、殺人も強盗に罪を着せられる。それどころか盗まれたことにしたお金を山分けにすることもできます。一石二鳥、いえ、三鳥を狙った計画だったんですわ」
おおお、ナイスな思いつきだ。
さくらはこの推理を大歓迎した。
銀行員全員グル説が正しいかどうかは知らないが、ヤラセ説には大賛成だった。もちろんそれが間違いであることは知っているのだが。
「馬鹿馬鹿しい」
「そうよ。いったいなんの証拠があるっていうのよ?」
支店長とお局様が同時にいい放つ。受付のふたりも口々に「そうよ、そうよ」と不満の声を上げた。
「ふふふ、語るに落ちるとはこのことですわ。ミステリーで真相を暴かれた犯人のいう台詞こそ、今あなたのいった台詞、『証拠はあるのか?』ですわ」
だからあんたミステリー読んだことがなかったんじゃないのか?
語るに落ちるとはこのことだ。やはり美由紀はつばめ並みのミステリーオタクだが、それを隠しているだけなのだ。
「ふざけないで。つまり証拠がないからそんなことをいうんでしょう?」
お局OL、小笠原は粘る。
「やかましい。俺はこのお嬢様の推理を支持するぜ。俺は証拠なんていらねえ。証拠は警察が集めるだろうぜ。とにかくこれで俺はすっきりした。あんた口だけかと思ったら、いうだけのことはあるじゃねえか」
コングは手の平を返したように美由紀お嬢様の推理をほめたたえた。
さくらはつばめの方をちらりと見る。露骨に不満げな顔だ。
いいから黙っててよ。そうすれば強盗の疑いから逃げられるんだから。
そんなさくらの思いと裏腹に、つばめはいい放った。
「だけど、ほんとにそうなのかな?」
だあああ。いいから反論するなぁ。もし誰かが、「じゃあ、もう一回モニターをチェックして、いない人を確かめよう」とかいい出したらどうするんだぁ?
「お~ほっほほほ。負け惜しみかしら? わたくしの勝ちですわ。それとも今の推理の欠点が指摘できて、なおかつもっと完璧な推理があるとでもいうのかしら?」
お嬢様の勝ち誇った笑いに、つばめはぶち切れたらしい。
「もっと完璧な推理があるかどうかはともかく、あなたの推理は穴だらけだわ」
負けずにいい返した。
「穴ですって?」
美由紀はほんとうに驚いたようにいう。
「このわたくしの完璧な推理のどこに穴があるというのです?」
「そんなの画像を再生してみれば一発でわかるわ」
つばめはそんなこともわからないのとでもいいたげだ。
「どういうことですの?」
「いい? 画面下に表示されるカウンターに時間が秒単位で記録されてるんだから、時間が飛べばすぐにわかるはずよ。そんなあとで調べればすぐにわかるようなことをトリックに使うはずがないわ」
「そうよ、そうよ。そうすれば私たちの無実が証明されるわ」
小笠原も勢い込む。
「そ、そこまでいうのなら、もう一度、再生してみようじゃありませんか」
そういうお嬢様に、先ほどまでの自信は感じられない。
「私たちにも異存はない」
斎藤支店長は受けて立った。
「よし、じゃあ、もう一度再生しろ。俺がカウンターの時間をチェックしてやる」
コングもつばめの意見を受け入れたようだ。三宅に機械の操作を命令する。
そして画像は再生された。
みな食い入るように画面を見る。時間が飛んだところがないかチェックするためだ。自然とみながモニターのある受付カウンターに集まってくる。
え?
そのとき、さくらは偶然つばめの奇怪な行動を目にした。みなが画面に気を取られている隙に、カウンターの上に集められたスマホを盗み取った。そして後ろ手のままダイヤルしたのだ。
メールを打ったわけではないらしい。さすがに見ずに文字を打つことはできないのだろう。
さらにつばめはその後、なにごともなかったかのようにスマホをカウンターの上に戻した。
そうか? 中の様子を涼子に知らせるつもりなんだ。
さくらはようやくつばめの意図がわかった。涼子のスマホに掛けて、中でどんな会話がなされているか教える。警察に情報を売って、コングたちを捕まえる隙を教えるつもりなんだ。
つばめはこっそり耳打ちしてきた。
「あたしが隙を作るから、窓のブラインドを開けて」
だけどそれは無理だ。コングは推理合戦に没頭しているし、ゴジラもけっこうそっちが気になってる様子だが、ガメラだけはそんなものに気を取られず、ずう~っと窓際に立っている。まったくなにを考えているのかわからないやつだけど、さくらがブラインドを開けるのを黙って見逃すとは思えない。
下手なことをしようとしたら、このなにを考えてるかわからないサイボーグのような女に撃ち殺されちゃうじゃないか。
そんなことを考えているうちに、モニターの画面は煙幕の部分に掛かっていた。
「あいつのいった通りだ。カウンターの時間は飛んでない。それに不審な動きもなかったな。つまり録画する際に操作されていないってことだ」
コングがいう。
「つまり残念ながら、銀行員全員共謀説は却下だ」
「おおおおお」
銀行員たちが歓声を上げる。
「そ、そんな馬鹿な?」
第二の推理も見事に外し、死にそうな顔のお嬢様。よろけて床に崩れ落ちた。
「きゃ~はっはははは。また外した。馬鹿、馬鹿、ば~か」
つばめが容赦なく笑う。
「あ、あなたはわたくしの推理にけちをつけることしかできませんの? 馬鹿にしたいのなら、まずは自分の考えを話してごらんなさいよ」
お嬢様は怒りに紅潮した顔で、唇を震わせていう。
「もちろんよ。あたしには今度こそ真犯人がわかったわ。とうぜん密室の謎も、カメラに犯人が映らなかった謎も解けるわよ」
つばめは自信満々な態度でいい切った。




