第三章 名探偵が多すぎる、怪しいやつも多すぎる 6
ゴジラはうろうろ歩き回りながら、画面と人質たちの様子をちらちらと見くらべ、ガメラは画面を無視し、無言のまま外の様子をうかがっていた。しかし、それ以外のもの全員は、食い入るように再生されたモニターを眺めた。
画面のカウンターは十二時十二分を示している。トイレに近づくものがいた。それはスーパーお嬢様の彼氏、川口勝だった。
彼はドアを開け、中に入る。カメラがそれを映し出した。
「おおおお」
口々に叫び声が上がる。
「おめえか、おめえが犯人だったのか?」
コングが叫んだ。
「じょ、冗談じゃないぜ。俺が入ったのはもうひとつの方の個室だ。俺は断じて犯人じゃない」
「け、それこそ冗談じゃねえぜ。そんな都合のいい話があってたまるか」
「決めつけるのは早いですわ。最後まで見てから議論するべきです」
美由紀お嬢様が必死の形相でかばった。
「まあ、そうだな」
コングもしぶしぶ納得する。
しかし画面を見続けると、二、三分ほど経ったときに、勝がトイレのドアから外に出てくるのが映った。そしてそのあと誰も近づかない。そして煙幕騒動が起こった。煙幕は一、二分ほどで晴れ、その後、誰も近づくことなく人質として拘束された。
「見ろ。こいつが出たあと、誰もトイレに入っていない。つまりこの陰気な色男が犯人ってわけだ」
コングがいい切った。今度は誰も反論しない。さくらもそう思った。
「そうだ。男のおまえならあいつの肩を外すことも可能だろう。動機はさっぱりわからんが、そんなものはどうでもいい。おまえが犯人なんだ」
「もっと前の画像を出してみるべきですわ。きっと勝くんの前にトイレから出てきた人がいるはずですわ」
そう主張したのは美由紀お嬢様だ。
たしかにそれは理にかなった弁護だ。勝が入ったときはすでに木更津は死んでいたのかもしれない。もう少し巻き戻せば、犯人が出てくるところが見えるかもしれない。
「その必要はないよ」
意外なことに、勝はそれをさえぎった。
「だって、俺が入ったときには木更津さんとやらは生きていたからな」
一瞬沈黙が訪れた。つまり罪を認めたということか?
「勘違いしないでくれ。俺は犯人じゃない。ただ俺は最初に木更津さんが死んでいた方の個室をノックしたんだ。そのとき、ノックが返ってきたんだ。だから反対側の個室に入った。それが真実だ」
「おまえが犯人じゃないなら、どうしてそんな大事なことを黙っていたんだ」
コングはとうぜんのことを追求する。
「だってそんな不利な証言をできるわけないじゃないか。そんなことをいったら、誰も俺が犯人だと決めつけるに決まってる」
「け、信じられるかそんなこと。そもそもおまえが犯人じゃないなら、犯人はいつ殺した。そしていつ出ていったんだ。カメラに映っていないのはどうしてだ?」
「わからないよ、そんなこと。だけど俺は犯人じゃない。それだけは事実だ」
「おい、お嬢様探偵よ。なにかこいつを弁護する材料はあるか? こいつ以外のやつが犯人である可能性は少しでも残ってるのか?」
「犯行は煙幕のどさくさに行われたのかもしれませんわ」
「け、一分足らずだぞ。その間になにができる。不可能だ」
沈黙が訪れた。たしかに彼が犯人としか思えない。もし彼のいうことが本当だとしたら、犯人は透明人間ということになる。
「犯人捜しはこれで終わりだ。おう、テレビをつけてみろ。事件のことをやっているかもしれねえ」
コングは三宅に命じて、待ち合いコーナーのテレビをつけさせた。案の定、この事件のことを放送していた。
「だけどさあ、ほんとにこの人が犯人なのかな?」
収まりかけた場を蒸し返そうとするのは、つばめだった。
「だって、煙幕の間の一分で殺すのが不可能だっていうなら、この人だって使える時間は二、三分くらいしかなかったのよ。三分で、どうやって肩を外して、溺れさせて、鍵を閉めて出てきたっていうの? そもそもどうやって鍵を外から閉めたの? 謎はなにも解明されてないわ」
「ぐっ、そ、それは……」
コングも詰まった。
たしかにそうだった。謎はなにも解明されていない。動機はもとより、どうやったかもまるでわかっていないのだ。常識で考えれば、彼が殺人を犯すのは不可能だ。
「そうですわ。この子のいう通りよ」
お嬢様ははじめてつばめと意気投合した。
そんな中、テレビの画面から、レポーターはとんでもないことをいい出した。
『みなさん、大変なことがわかりました。銀行強盗はなんと二組いたんです。神の悪戯のようなダブルブッキング。そして最初の強盗は人質の中にいるはずです。なんと奇妙な偶然。一見平凡な強盗事件はじつは前代未聞の大事件だったのです』
「な、なにぃ?」
コングは絶叫した。よほど驚いたらしい。たしかに彼らだけが知らないことだ。コングは殺人に気を取られて、そもそも煙幕がなぜ充満していたかを疑問に思う余地がなかったらしい。そしておそらく人質たちも最初の強盗が自分たちの中に紛れているとは思ってなかったはずだ。
「ほんとうか、そりゃあ?」
「あ、あの子は、コングさんの、お仲間じゃ……なかったんですか?」
「どおりで変だと思ったわ」
三宅と大島が続けざまにいう。
まずい。まずい。まずい。まずすぎる。さくらは思った。
今度は最初の強盗狩りがおこなわれるに違いない。画像をチェックすれば、自分の姿が映っていないのがまるわかりだ。つまりそれこそ、さくらが犯人である証拠。
『それにしても強盗をして逃げようとしたら他の強盗が入って来て人質になるなんて、あまりにも間抜けでちょっとだけ同情したくなっちゃいます。そして中ではすでにひとり犠牲者が出たもよう。犯人はどちらの強盗なのでしょうか? あるいは人質の中に殺人者が? そう、もしかしたら、銀行の中は二組の強盗犯と殺人者の三つ巴の戦いがおこなわれているかもしれないのです。ああ、なんという事件、あたし早川亜紀子はこんな事件を担当できて幸せですぅ』
まさしくその通りだった。今、この中には二組の強盗犯と密室殺人犯がいる。このレポーターのいうように、三つ巴の戦いがはじまろうとしているのだ。
さくらは目眩がした。




